部屋から始めるEXP
「あ、できてる」
高校の授業が終わって家に帰ってきたら、ベッドの横に青色の霧があった。
この人が入れるくらい大きな霧の柱がダンジョンの入り口だということは、今では誰もが知っていることだ。
道の上、山の中、オフィスのトイレ。まったくのランダムにある日突然現れ、ダンジョンとその場所を接続する。
七年前からこの世界はそういう風になっている。
ダンジョンがどういう場所かというと、おおよそ誰もが想像する通りのところだ。
広大な迷宮の中にモンスターがいて、いろんなアイテムがあり、その中では人間はファンタジーの戦士や魔法使いのような凄い力を得る。ね、想像通りでしょ?
「せっかくだし、入ってみようかな」
なかなかこんなチャンスはない。
行きやすい場所でなおかつ簡単に入れるダンジョンの入り口というのは少ない。
遠方だったり、近いけど私有地にあり法外な入場料を取られたり、公には隠されていたり、一般的な高校生には手出しが難しいのだ。
つまりこれは希有なチャンス。
モンスターはいるけれど、入ってすぐの浅い場所ならさほど危険ではないという話だし、俺は制服のまま早速青色の霧をくぐり抜けた。
【第一層・侵食された遺産】
ブウウーーーン、とスマホが震えたので画面を見ると、そう表示されていた。
さらに画面には【ステータス】【インベントリ】などのアイコンが勝手に追加されている。
ダンジョン内ではスマホがゲームのメニュー画面みたいな機能をするようになる、と聞いたことはあったけど、本当にそうなっているらしい。
勝手にインストールされた機能も気になるけれど、それどころではなく。
「すごい、まさにダンジョンって感じだ」
俺は石造りの大回廊の中にいた。
天井は高く横幅も広い回廊はずっと伸びていて、分岐もいくつもあり、いくつもの回廊が複雑に絡み合っている。
さらにここは遥か古いらしく、中には植物が繁茂している。石の床の隙間から花が咲き、木の根が天井を突き破って上から伸びてきて、あるいは木々が密に絡まって通路を塞いでる場所もあり、まさに大きな古代遺跡の中みたいな迷宮。
見たことのない荘厳な景色に俺は結構感動している。
この景色を見れただけでも、ダンジョンに即入ってよかった。
と、ここで後も振り返ると、部屋にあったのと同じ青色の霧があった。
ここに入れば自分の部屋に戻ることはいつでもできる。そしてその霧の裏はというと回廊の突き当たりになっていて、それ以上後には行けない。まさにスタート地点に相応しいな。
じゃあ早速行こうか。
見える範囲には危険そうなものはないし、こんな景色の中を歩かずに帰るなんて選択肢はない。
俺は一歩踏み出し、ダンジョンを進み始めた。
木々や植物の繁茂する回廊の景色に感動しながら歩き、回廊同士が交差し十字路のようになっているところに差し掛かった時、早速そいつは出現した。
[ワンダーベイン]
植物の蔓が絡まって小人のような姿を形作り、くねくねと歩き回っているそいつの名称がスマホに表示された。
「出たな、モンスター」
ダンジョンの華と言えばモンスターとの戦い、これを抜かしてはダンジョンは語れない。
あんまり強くなさそうだし……やるぞ!
俺はワンダーベインへと向かって地面を蹴った。
「っ! 体が軽い!?」
その瞬間、普段よりも身軽に体が動くことに気付く。
これがダンジョンの中では人間がファンタジーの戦士や魔法使いのような力を得るってことの具体的な効果か。
身体能力が向上した俺はワンダーベインに素早く接近し、その勢いのまま蹴っ飛ばす。
手応えあり、と感じたと同時にワンダーベインも反撃してきた。
起き上がるとすぐに身を翻して俺にツルの絡んだ腕で殴りつけてくる。
足で攻撃を受けるが痛みはほとんどない。
ダメージで足が動かないということもないので、再び、もっと力を込めて蹴ると、絡まった蔓が千切れ、そのままモンスターはわずかな葉っぱの残骸だけを残し、光の粒となって消滅した。
「これでモンスターを倒した……ってことでいいのかな?」
特に倒れたモンスターが第二形態になるってこともないし……うん、あっさりだったな。
一層一階のモンスターはたいしたことないって話は見てたけど、本当にそうだ。もちろん俺がダンジョンの力で強化されているってのもあるだろうけど。
ダンジョンの情報を俺が知っているのは、ダンジョンの先人達のおかげだ。
現代では情報はあっという間に拡散されるっていうのはダンジョンに関しても例外ではなく、ダンジョン第一層の序盤でわかることは広く知れわたっている。興味ある人がちょっとネットで調べれば簡単に情報を得られるくらいに。
俺はもちろん興味がある側の人間なので、一般的にわかるようなことは知ってる。ただ、第一層の中盤以降のことになると話は別だ。
ある時からダンジョンを探索した探索者達はみな情報をオープンにしなくなったから。
まあそれはもっと先の話なので、今のところは安心してダンジョンを探索できる。
だから先に進も――。
「っと、そうだ。モンスターと戦ったってことは……お、これこれ」
モンスターは光となって消えたが、その後には残されたものがあった。葉っぱの切れ端のような残骸と、もう一つ。
蔓を捻ってまとめて作られた棒がそこには落ちていた。
手に取ってスマホのカメラを向けると、画面に[ベインロッド]と表示された。
また画面にはさっき言及した[インベントリ]のアイコンもあるので、[ベインロッド]の表示をアイコンまでドロップすると、手の中の蔓の棒は消えさり、代わりに[インベントリ]の中にベインロッドが収納された。
さらに[インベントリ]のアイコンをタップすると開くアイテム一覧の中に、[ベインロッド]と表示されるようになっている。
つまりこのダンジョンの中の物は手で持ち歩かずとも、スマホに収納して自由に出し入れできるということだ。
この便利な機能も話では知ってたけど、自分の目の前で物が消えるのを見るとやっぱり驚くな。
このダンジョンで起きる現象。本当に人智を超えている。
こんな機能まであるダンジョン、本当には誰が作ったんだか。
いまだにダンジョン内のこういった現象の理由、ダンジョンがなぜできたのか、誰が作ったのか、そういうことは謎に包まれていて論争の的だが、人々の噂では超科学力をもった宇宙人がやった説と超魔法力をもった異世界人がやった説がツートップだ。ちなみに俺は宇宙人派。現代人のスマホ依存にもうまく適応してるし、きっと人類を密かに観察してる宇宙人だな。
まあ結局のところ本当の事情は全然わかってない。
でも宇宙のことがよくわからなくても宇宙の片隅で問題なく生きていけるのだから、俺もダンジョンの中で生きていけるさ。世の中そんなものだろう。
というわけで、次はダンジョンの中で生き延びるのに大事な[ステータス]を確認してみる。これもスマホのアイコンをタップすれば見ることができるし、その他の機能も同様。
さてそのステータスはというと、こう表示された。
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[名前] 灰崎 楓真
[レベル] 1
NextEXP 1 / 10
[所持スキル]
・耐久力E
[クラス]★E
───────────────────
クラスE。




