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小さな文学少女が友達を欲しがっていたので友達になって、ついでに自己肯定感やら友人関係を整えたら想像以上の勇者になった  作者: 夜月紅輝


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クエスト52 雲は暗くのしかかり、消えない傷を呼び起こす#2

 血の気が一気に引いていく。全身に通う熱が冷たくなる。

 信号が変わったことに気付かず、友達に指摘されることなど普通にあるだろう。

 敬とて、小さい頃には一度あった。


 しかし、今はあの時と状況が違う。

 過ごしてきた中で背負ってきた経験と記憶が、体を恐怖で縛り上げる。

 もはや今の自分に冗談めかした言葉を言う余裕もない。


「敬さん、その......大丈夫ですか?」


「え? あ、あぁ.....大丈夫......」


「ですが、顔が真っ青ですよ?

 すみません、私が不注意な行動をしたせいでご迷惑を......」


「いや、本当に違うんだ。これは僕の問題で.......。

 だけど、すまないが今日はもう帰らせてもらうよ。

 このまま行っても天子に迷惑かけるだけだろうしね。

 ごめん、この埋め合わせは必ずするよ」


「......わかりました。ご自愛なさってください」


 目の前の歩道の信号が赤から青に変わる。

 本来であれば、このまま天子と一緒におすすめの店に行っていた。

 しかし、一緒に進むのも歩道まで。


 そこからは互いに別々の方向に移動し、背を向けて歩き始める。

 その時、天子は一度振り返って敬の背中を見つめるが、そのことに敬が気付くことは無かった。


―――帰宅


「ただいま」


 自宅に帰って来た敬は、靴棚に手を預けながら、靴を脱ぎ始める。

 その姿は会社帰りのサラリーマンのような悲愴感があった。

 実際、敬の足取りはいつもより重い。

 まるで足首に鉛付きの鎖がついているようだ。


 熱があったり、寒気を感じるわけではない。

 重いのは体より精神部分的な方が大きい。

 それが結果として、心身相関の関係から体に影響しているのだ。


 敬が一声かけると、すぐ近くのリビングから「おかえり~」と妹の幸の声が聞こえた。

 ゆったりとしたそのボイスは、絶賛リラックスタイムといったところだろう。


 ソファを我が物顔で横になって、日課のSNS巡回をしているのが目に浮かぶ。

 いや、ここ最近はお気に入りのVtuberが出来たとか言っていたか?

 ともかく、いつ通りの幸に今の無様な姿を晒すわけにはいかない。


 リビングに通ずる扉を見つつ、すぐ近くの階段を上っていく。

 階段を上がって手前にある自室の扉を開け、部屋に入れば、肩にかけていたバッグをおざなりに床に置いた。


 そして、そのままベッドに倒れこむ。

 その姿はもはや度重なる残業でようやく家に辿り着いたサラリーマンだ。

 特に制服姿のままベッドにダイブしてる辺りが雰囲気を強めている。


 敬は無言のままゴロンと転がる。

 眩しいほどに光を浴びせてくる蛍光灯を睨むように目を細め、腕を傘に光を遮った。


 するとその時、一気に疲れが溢れ出たように、瞼が途端に重くなる。

 精神的疲労がよほど大きかったのか、体は休息を求めているらしい。

 その体の要求に、敬は抗うことも出来ず目を閉じた。


****


―――いつかの過去


 中学一年生の冬。

 当時13歳だった敬は変わらぬ日常を過ごしていた。

 一度は負った大きな心の傷も時間経過とともに癒え、今は笑える日々を過ごせている。


「お兄ちゃん、今日コンビニ行かなくていいの?

 ジャ〇プの発売日だよね? ほら、買いに行きなよ」


 小学6年生の幸からジャンプを催促されるのもまた日常だ。

 幸は月曜日になると、兄の金で週刊ジャ〇プをタダ読みしようとする。

 加えて、頼み方に全く可愛げがない。完全にパシリに対する言い方だ。


「今行くよ」


 とはいえ、断る理由もないので早速買いに行こうとする敬。

 するとその時、顎にわずかにひげを生やした細マッチョな父親――利典が声をかけた。


「お、なら俺も一緒に行くわ。コンビニに用があんだよ」


「んじゃ、ついでに奢ってくれ。可愛い娘の催促だぞ」


 そう言って敬は話題を幸へとパスする。

 急な話の振りに一瞬キョトンとする幸であったが、すぐに状況を理解し行動し始める。

 具体的には、左手を腰に当て、サムズアップした右手を後方に向ける仕草だ。


「そうだぞ、パパ買ってこい」


「とても人に頼む態度じゃねぇ......けど、くっ、可愛さに勝てない」


「そういうのいいから、はよいけ」


「あ、はい」


 幸から催促され、二人はさっさと玄関に向かい靴を履く。

 そして、後方腕組みする幸に見送られながら、親子は家を出た。


 両側にコンクリートの石垣が並ぶ住宅街。

 黒い屋根や少し明るい赤色の屋根と見慣れた景色が司会を覆う。

 そんな通りを歩き始めて少しして、敬は利典に話しかけた。


「あんたの娘、どうなったらああ育つんだ?」


「ママが元ヤンだからな。もしかしたら、血を色濃く引き継いでるのかも。

 ママも今ではあんな感じで若干おっとりしてるけど、友達の頃は普通にオラオラしてたからなぁ」


「想像つかねぇ......つーか、あんたも元ヤンだろ」


「となると、幸はハイブリットだな。なるべくしてなったというわけか。

 ま、ちょっとおバカなところも見えるけど、それがまたチャームポイントだな」


 利典は腕を組んで「うんうん」と頷く。

 まるで得心がいったみたいか顔つきだ。

 そんな親バカ具合に、敬は少し細めた目線で父親を見る。

 恐らくだがこの人は知らない。幸は思っている以上に頭が良いぞ。


「......そういや、最近はちゃんと笑えてるか?」


「は?」


 すると突然、利典が話題を振って来た。

 しかも、話題が最近の敬の様子について。

 まるで娘との距離感を探っているかのような質問に、敬は顔をしかめる。

 一方で、利典は敬の様子を気にすることなく言葉を続けた。


「いやさ、なんか気になったんだよ。ほら、昔のお前はもっと塞ぎ込んでたし。

 ま、一応ここ最近幸と一緒にゲームして笑ってるとこも見るし、大丈夫とは思うけどさ」


「心の傷が癒えたかどうかを気にしてるなら、気にしなくていいよ。

 っていうか、変に気を遣われる方がこっちとしては迷惑。

 そういう意味じゃ、幸の無遠慮さは凄いな。こっちの感情お構いなしだもの」


「そうだろー! 凄いだろー! あれが俺の娘なんだぜ!?

 んで、たぶあのガツガツさはママ譲りだと思う。

 ママも仲良くなったら距離感が色々バグってたし」


「母さんの要素多すぎだろ。他に何かあんの?」


「あの可愛い造形だろ? あと目や鼻の形。若干眉が短いのもそうかな」


「いや、クローンかよ」


 そんなこんなで会話を続けつつ、二人はコンビニへと到着した。

 コンビニに入るやすぐに利典はATMに移動し、敬は本棚へと直行する。


 そこにはずらりと色々な雑誌が並んでいた。

 漫画は当然のこと書府に向けた雑誌やVtuberを特集した雑誌などもある。

 そして、それらは所々虫食いがあったように本が抜けていた。


 特にジ〇ンプがまとめて置いてあった場所は大きく穴が開いている。

 というか、目に見える範囲には置いてなさそうだ。相変わらず人気である。


 しかし、その本棚の下を覗き込むと、数冊のジャンプが平積みされていた。

 「お、あったあった」と言葉を零しながら、敬は手に取る。


 その時、少し離れた位置にある入り口から入店音とともに子供が入って来た。

 その子ははしゃいだように走っており、その後ろから夫婦らしき二人組男女が入店する。


 メガネをかけた男性は少し慌てた様子で、はしゃぐ子供を抱きかかえた。

 お空く店内で走り回るのを防ぐためだろう。

 そんな二人の様子を、母親は幸せそうに笑って眺めていた。


「......」


 そんなとある家族の日常をじーっと眺める敬。

 思わず見すぎたことに気付き、ハッと息を吸うと同時に首を横に振る。

 父親と話したばっかりに昔のことを思い出してしまった。

 あれは過去だ。どうしようもない過去のことなんだ。


「よっ、お待たせ。どうした?」


 その時、ATMからお金を降ろしてきた利典が声をかけてきた。

 その言葉に、敬は「なんでもない」と答え、本棚から離れて歩き始める。


「なんか飲み物買ってやるよ」


「え、何どうしたの?」


「なんだ? そのどういう風の吹き回し的な言い方。

 別に大したことじゃねぇよ。単純に喉乾かねぇかってこと。

 ほら、お前ってあんまねだらないし、ジ〇ンプと一緒に買ってやるからさ」


「......まぁ、そこまで言うのなら」


 利典の提案で敬は店の奥にあるドリンクコーナーに向かって歩き始める。

 そしてそこの辿り着くと、先ほどの親子が一緒に飲み物を選んでいた。


 子供がねだっているものに対し、父親が首を横に振っている。

 まだ小学生にもなってない子がねだっているのは、キャップ付きのコーヒーだ。

 

 父親が首を振るのも納得がいく。

 コーヒーはそれほど小さい子が飲む飲み物じゃない。

 恐らくボトルのデザインが気に入った的は理由だろう。


「何か決まったか?」


「あ、いやまだ」


 父親の言葉により、敬はまたもや見続けていたことに気付いた。

 これ以上ジロジロと他人の日常を見るのは良くない。


 少し息を吸い、大きく息を吐くと、目の前の並ぶ数多の飲み物に目を向ける。

 そして感性頼りにパッと決め、ドアを開けて飲み物を手にした。


「おいおい、麦茶でいいのか? 遠慮しなくていいんだぞ?」


「今は甘いのを飲む気分じゃないからこれでいい」


「.....ま、お前がそれでいいってんならいいけどよ」


 敬は左手にペットボトルを握りしめ、そのまま夫婦の後ろを通っていく。

 その際も思わず目線がその家族に吸い寄せられそうになったが、なんとか我慢。

 惣菜エリアを通り、そのままレジの前に着くと父親に麦茶を渡した。


「はいよ。あと、それも」


 そう言って利典は敬に手のひらを差し出した。

 最初こそその仕草がわからなかった敬であるが、すぐにその意図を理解した。

 目線をそっと外すと、「ありがとう」とボソッと言葉に出し、右手のジャ〇プを差し出した。


 コンビニから出た二人はすぐさま来た道を戻り始める。

 その少しの間、二人の間に会話は無かった。

 その時間が気まずくなかったかといえば、敬にとって嘘になる。

 なぜなら、こうして話しかけられない理由がわかっていたから。


「......なぁ、やっぱ無茶してねぇか?」


 その時、隣から利典が話しかけてきた。

 その方向に敬はそっと顔を向ける。

 しかし、父親の顔を見るとすぐに逸らした。

 その行動は無言の肯定に等しかった。


「お前、よその家族の様子を見すぎ。

 お前は気づいてないようだったが、向こうさん若干気まずそうにしてたぞ。

 まぁ、お前が羨ましがる理由はわかるから、文句ってわけじゃねぇけどよ」


「別に羨ましがってなんかない。そんなこと思ったことない。

 俺はそんな幸が聞いたら悲しむようなことは考えない」


「お前もだいぶシスコンが板についてきたな。

 けど、幸がって理由なら仕方ないかもな。だって、天使だし」


「その天使にウザがられてるのはどこの誰やら」


「お、言ったなー? こんにゃろ」


 利典は敬の首に腕をかけると、もう片方の手拳を作り、こめかみ辺りをグリグリ。

 そんなスキンシップは敬からすれば痛くは無かったが、少しこそばゆかった。

 そして、大いにゴツゴツした筋肉で覆われて嫌だった。


「ともかくさ、もうそんなにこっちに気を遣うこたぁねぇって。

 俺達はとっくにお前のことを家族と思ってるわけだしよ。

 つーか、幸がそう思ってる以上、もはやお前はその事実から逃れようがないんだよ」


「なんだそれ。犬甘家のヒエラルキーは幸が一番上なのか?」


「ったりめぇよ。うちのママと幸の二強よ。

 まぁ、そのママが娘に激甘だから、そういう意味じゃ確かに幸が一番上だけどな」


 そんな言葉を語る利典は随分とニヤけていた。

 親バカ具合がこれでもかってぐらいに顔に表れている。

 隣で口元をだるんだるんにしている父親を見ながら、敬はそっとため息を吐いた。


「あのままワガママ娘になっても僕は知らないからな。

 お嬢様感覚で育った子供はロクな性格しないって聞くし」


「そこら辺は大丈夫だろ。お前がいるし」


「なんで僕が......今日だって普通にパシられてるじゃんか」


「それぐらいなら許されると思ってるんだろうよ。

 父親としちゃ悔しいが、あの子はお前にだけは嫌われるのを避けてるようだしな。

 そう考えると、意外とお前が一番上なのかもな」


「実感はないな」


「それにな、ああ見えてあの子全然おねだりとかしないんだぞ?

 だから、積極的に甘やかしたくなるんだよ。逆なの逆」


「さいですか」


 それから二人は家に着くまで会話をしていく。

 他愛のない時間で、また他愛のない会話であったが、この時間が敬は嫌いじゃなかった。

 しかしその時は思いもしなかった――その二週間後に別れが来ることを。

読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)


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