クエスト49 林間学校(ニ日目)#7
クラス全体のレクリエーションが終わった。
となれば、残るは夕食とキャンプファイヤーのみだ。
それまでの残り時間はフリータイム。
天子は自分の自室に戻っていたが、その部屋の雰囲気は少し異質であった。
なぜなら、同室の園江、佳代、春香が天子の様子をチラチラ見ながら怯えていたからだ。
「ねぇ、なんか天子ちゃんの様子おかしくない?」
「うん、さっきからニコニコしてるのに、全然笑ってる感じしないし」
「だ、誰かが地雷を踏んだんでしょうか......」
園江、佳代、春香は口々に感想を零していく。
それだけ普段の天子とギャップが酷いのだ。
一方で、怖い笑顔を浮かべる本人は両手にしおりを持っていた。
しかし、それを読んでいるというわけではなく、ただぼんやり見つめてるだけ。
というのも、彼女の脳内は今もどうやって敬の上を行くか思考中なのだ。
(犬甘さんは普通に罰を与えても、きっとのらりくらりと躱してしまう。
もしくは、与えても全くノーダメージの二択でしょう)
敬は強敵だ。今だって何を考えているかよくわからない節がある。
しかし、これでも関係性を持ってから一か月が経過した。
加えて、その一か月はただの一か月ではない。
自分からすればあまりにも濃密な一か月だった。
敬に与えられたどれもこれもが自分にとっては新鮮だった。
思い出深いもので、忘れようとしても忘れられないものだ。
そして、そんな中でも敬の反応はただ無反応ばかりではなかったはず。
(よく思い出しましょう。
特に、私に言動に対して、犬甘さんがとった言動を。
どんな些細なことでもいい。何か.....何か......)
天子を顎に指を当て、脳の活用してなかった部分もフル活用して思い返した。
最初の頃では、口をつけた箸で「あ~ん」をしようとして困惑していた。
次は、宗次、悠馬、敬の三人で一緒にラウン〇ワンに向かった時のこと。
あの時、敬は唐突に変なことを言ってきた。
それに対し、天子は言葉の意味を純粋に捉え、赤面すれば、敬は僅かに目を剥いた。
あの時の反応はどういうものかはわからない。
しかし、少なくとも何かを与えたことは確かだ。
直近で言えば、バスの座席の時だろう。
あの時、天子は宗次の言葉を受け、座席を代わってもらった。
すると、敬は無表情ながら、戸惑ったような返答を繰り返していた......気がする。
(犬甘さんは無表情ですが、感情がないというわけではないはずです。
単に感情が表情に表れにくいというだけで、むしろ感情の発露は人並み。
となれば、犬甘さんは私とは一定の距離感を保ちたい......?)
そう考えてみれば、それに近いようなことを敬はしていた気がする。
特に、敬は「友達」という言葉をよく多用していた。
まるでその距離感を無意識に印象付けるように。何度も何度も。
どうしてその言葉を繰り返していたかはわからない。
しかし、そこがあの強敵である犬甘に付け入る隙になるだろう。
つまり、こちらが敬に対して一歩踏み出せば一泡吹かせられる。
「よし! 方向性は決まりました。
となると、次はどうやってぎゃふんと言わせるかですね......ん?」
その時、天子は心配そうに様子を見る同居人に気付いた。
その同居人達は三人で身を寄せ合いながら、小声で話しながら天子をチラチラと見る。
「あの......どうしました?」
「なんというか......物騒な話をしてるような感じがして。
いや、それ以上に、話しかけちゃいけないような雰囲気がして......」
「『ぎゃふんと言わせる』とか言ってたけど、何かあったの?」
「その......お役に立てるかどうかはわかりませんが、お話は聞けますよ?」
園江、佳代、春香の三人は天子の様子を伺いながら、口々にそう言う。
どうやら自分の様子が三人に気を遣わせてしまっていたらしい。
その時、天子はふと考える。
一人で考えることは可能だ。しかし、時に友達に頼ることも必要かもしれない、と。
なぜなら、今回の林間学校での目標が、普段関わりない人と関わることなのだから。
「すみません、少し力を貸してくれませんか? とあることで悩んでまして......」
そして、天子はこれまでの事情を三人に話した。
敬が天子を助け、足を滑らせたこと。
敬が足を怪我したことを、自分に気を遣って隠していたこと。
敬が嘘をつき続けたままダンスをしていたこと。
そんな話を聞いた三人はそれぞれ悩みながら言葉にする。
「なるほどな.....まさかあの犬甘君にそんな漢気があったなんて。
それに、犬甘君の気持ちもまぁわからんくもないんだけどなぁ......いや、擁護するつもりはないんだけど」
「あの無表情で何も気づかなかった。
というか、足を怪我しててよくあのダンスを踊れたものね」
「それもそうですが、カレー作り対決の時から怪我を隠してたんですよね?
何をどう考えたら足を怪我してる状態であんたことをするんでしょうか......」
「それはアレじゃない? やっぱ天子ちゃんに悟られないようにっていうか。
小さな嘘を大きな嘘で隠すっていうか......そんな感じ?」
「それでさらに天子の地雷を踏んでいたら意味がないと思うけどね」
「それはまぁ、本人は上手く騙せてると思っているわけで......」
天子の話を聞いた三人は、園江、佳代、春香の順で会話を繰り広げていく。
その三人の会話を、天子は終始黙って耳を傾けていた。
しかし、話は脱線するばかりで、天子が求める答えには程遠い。
すると、三人の中で佳代が話を本筋に戻した。
「はいはい、一旦話を戻すよ。
それで、天子が求めているのは、どうやって犬甘君にぎゃふんと言わせるか。
それを相談するために、これまでの経緯を話してくれたんだから」
佳代がそう言った直後、園江は腕を組んで自信のある様子で答えた。
「それなら簡単だよ。相手が距離を取りたがってる、もしくは一定のバリアを作ってるなら、近づいてぶち壊せばいい!」
「脳筋......」
「とはいえ、やっぱりそれが一番ですよね。
ただ、相手が何かしらの理由で距離を保とうとしているなら、悪い印象しか与えないかもしれませんよ」
園江の言葉に春香は同意を示すものの、あり得そうな不安を示した。
しかし、園江はガンガン行こうぜの姿勢で反論する。
「けどさけどさ、結局それを知るためにも近づかなきゃいけないわけじゃん?
となれば、もうやるっきゃないでしょ! それが一番相手をぎゃふんと言わせられるよ」
「という意見だけど、天子はどう思う? 決めるのはあなたよ」
園江の主張を聞いた佳代は、最終判断を天子に投げた。
それは当然、最終的には天子が敬に突撃するのだから。
そして、天子はその佳代の言葉に腕を組み、目を閉じて考え始めた。
「決めました。たぶんですが、この一手は大きいと思います」
****
夕食が終わり、残すはキャンプファイヤーのみ。
実行委員である敬は設営準備でしばらく前から動いていたが、それももう終わる。
開始まで残り30分となったところで、敬のところに宗次と悠馬がやってくる。
「よぉ、調子はどうだ?」
「調子? 見ての通りファインだよ。アンドユー?」
「いや、お前の精神的な話じゃなくて、足のことだよ」
「私達を巻き込んだツケは一応その足で払っているしな。
しかし、そこそこ酷かったような気もするが......悪化はしてないのか?」
「悪化は.....たぶんしてないと思う。一応、足は庇ってたつもりだし。
ただまぁ、もうここしばらくは安静にしとくつもりだよ」
敬は二人を安心させようとそう言った。
しかし、イマイチ信用されてないのか二人から細目で睨まれる。
なぜそこまで信用がないのか。全く持って解せぬ。
「フツー、足怪我した奴はあのダンスをやろうなんざ提案しねぇんだよ」
「加えて、そこまでしても貴様の表情に出ないのは些か恐怖すら感じるがな。
貴様の体はサイボーグかなにかで出来ているのか?」
「ふっ、知らなかったか? 俺はコーラで動いてるんだぜ?」
「「さっきおもくそ夕食食ってただろうが」」
二人から息の合ったツッコみに、敬は満足そうに頷く。
「これを待ってました」と言わんばかりの首の縦振りだ。
一方で、悠馬と宗次の二人は肩を竦めてため息を吐いた。
「ま、せいぜい大撫にはバレないようにしとくことだな」
「大撫さんに? なんで?」
「お前、そりゃバレたら怒るに決まってるからだろうが。
ああいうタイプが実は一番怖いんだぞ?
那智の奴もどっちかって言うと大撫寄りだからな。わかんだよ」
「ハァ~~~、別の女の話ですか。僕という女がいるのに」
「めんどくせぇ彼女感を出してくんじゃねぇ。つーか、お前は男だ」
「だが、悠馬の言葉は一理ある。
とはいえ、貴様の場合は少しぐらい痛い目に遭うべきだがな」
「宗次.....前も同じこと言わなかったか? どんだけ人の不幸すすりたいんだよ」
「貴様からしか摂取できない栄養素があるんでな」
敬はじーっと宗次を眺めるも、「何かあったか?」とすまし顔を見せるばかり。
こうなった宗次には何を言ってものれんに腕押し。
下手に話を広げるよりかは、とっとと話を切った方が早い。
(ま、たぶん大丈夫だろ)
敬はそう思うと、適当に話題を出してキャンプファイヤーまでの時間を潰した。
―――30分後
キャンプファイヤーの時間が始まる。
といっても、その行事で特別何かあるわけではない。
強いて言うならば、大きな焚火をぐるりと囲むように踊るか否かだ。
その踊りは基本的に二人一組であり、テンションの高い連中が積極的に参加していく。
言うなれば、陽キャ達が今まさに青春を刻もうと繰り出しているのだ。
そんな光景を、陰キャ達はぼんやりと見ながら、踊りの音楽をBGMに歓談タイム。
そして当然、陰キャに属する敬達も目の前の楽しそうな生徒達を眺めていた。
「楽しそうだなぁ。なぁ、やっぱ僕達も踊りにいかね?」
「大人しくする気全然ねぇじゃん」
敬がボソッと言った言葉に、悠馬が素早くツッコむ。
そんないつも通りのやり取り。
しかしその時、いつもとは違うことが起きた――それは天子が反応したことだ。
「なら、私と行きますか?」
天子はそう提案すると、敬の前に立った。
地面に座っていた形の敬からすれば、小さな天子が見下ろしている構図だ。
背後から照らすキャンプファイヤーの火も相まって、妙なオーラを放っているみたいだ。
「え、えーっと、大撫さん? 急にどうしたの?」
「私と一緒に踊りませんかと提案しているんです」
天子の語気が少し強く感じる。気のせいだろうか。
心なしか目にも強い意思が宿っている......気がする。
いつもの小動物感溢れる感じでないことは確かだ。
「いや、今のはボケだから。僕はどっちかっていうと陰キャだしね。
それにもう僕は実行委員の作業で疲れて、動けなくてぇ.......」
「そうですか。それは足を怪我したからじゃないんですね?」
「え?」
天子の言葉に、敬は一瞬僅かに目を大きく開いた。
同時に、言い得ぬ恐怖を感じて途端にのどが渇いていく。
見上げる天子の瞳がキャンプファイヤーの光で怪しく灯る。
例えるならば、ヤンデレ妹に別の女の子と仲良くした現場を見られ、問い詰められているかのようだ。
(あの目......間違いなく勘づいてる! 誰だ、チクった奴!)
天子の顔を見ながら、少しずつ冷や汗をかき始めた敬はそう思った。
どうにかして言い逃れしたいが、とてもそれが通じる様子ではない。
今の自分は首元に刃物を突き付けられているも同じ。
下手なことはしゃべれない。確実に言質を取られる。
「沈黙は肯定とみなしますよ?」
「あ、いや、それは.......」
「違うんですか? 違うならそう言ってください。
ただし、嘘をついた場合......私の怒りがどうなるかわかりませんが」
その言葉に、敬はゴクリと生唾を飲み込んだ。
一時まで誰かと話すことすら困っていた女の子が。
これまで「勇者」と言って揶揄ってきた女の子が。
まさに勇者のような貫禄でもって剣を振り上げている。
「私、これまで怒ったことって数少ないんです。
それこそ、家族からも珍しがられるぐらいには。
まぁ、怒る相手もいなかったというのが正直なところですが」
「......僕に何をお求めで?」
「それは『足を怪我している』という事実を認めるのと同じですがよろしいですか?」
天子はニコッと笑ってそう言った。
一見すれば可愛らしい笑みだ。しかし、敬からすれば邪悪な笑み。
もうすでに生殺与奪の権は天子に握られている。言い逃れは無理だ。
すると、敬はゆっくり両手を上げて白旗を掲げた。
「降参だ。確かに、僕は足を怪我している。
その理由は大撫さんに今日というイベントを楽しんでもらうために、余計な負い目を感じて欲しくなかったからだ」
「そうでしょうね。犬甘さんはいつも私のことばかりですから」
「とはいえ、こうしてバレちまった以上、僕も腹を括るとするよ。
それで大撫さんは僕に一体何をお求めで?」
「それです」
敬の問いかけに対し、天子はすぐさま答えた。
しかし、その答えがわからず敬は首を傾げる。
すると、天子は答えをより詳細に答えた。
「私の呼び方です。犬甘さんとはまだ一か月と少しの付き合いですが、それでも私の友達の中では一番長いです。
にもかかわらず、未だに呼び方はお互い苗字.....私はそれが少し不満です」
天子は両手の拳をギュッと握る。
そして、敬の目を真っ直ぐ見ると言った。
「私の名前を『天子』と呼んでください!
そして、私からも犬養さんのことは......け、『敬さん』と呼ばせてもらいます!」
チェックメイト――その言葉が敬の脳裏に過った。
天子の口にした提案が、敬が作ろうとしていた距離感を決定づけた。
自分が行った行動が、全て裏目に出た瞬間でもある。
「.....OK。わかった。なら、よろしくな天子」
敬は顔を伏せ、目元を片手で覆いながらそう言った。
その言葉に、天子は嬉しそうに――
「はい、よろしくお願いします!」
そう言った。
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