クエスト48 林間学校(ニ日目)#6
「――で、お化け屋敷に入ったはいいものの、俺はもう暗いのが怖くて怖くて。
そしたら後ろから聞こえてくるんですよ。
べちょっべちょっと濡れた何かの音が」
「おぉ、それは怖いね。確かに暗がりだと人間敏感になるからね」
「でも、確かめないとって思って。だから、意を決して振り返ったんだ。
けど、何もいなくて。すると今度は、妙に足が滑るような気がして。
瞬間、あぁもうこれヤバいなって思って、そしたら汗が滝のようにダラッダラで、脇汗が大雨のようにザーザーで、足汗がダムのようにドッバドバになっちゃってさ」
「いや、原因それー!自分の汗で足音勘違いしちゃってんのよ。
つーか、どんだけの汗かいたらそうなんのよ。もはや別の意味で心配よ」
「で、気がつけば足元に謎の水たまりがあって」
「いや、それ自分が作った水たまりね」
「そしたらいたんだよ、水たまりに映る濡れ女ならぬ濡れおっさんが」
「だから、それお前ー! もはや怯えすぎて正常な判断も出来てないじゃん」
とあるクラスのレクリエーション発表。
会場となる舞台の上では、即興の合唱の後に、とある男子二人が漫才を行っていた。
その漫才はプロ芸人に勝るとも劣らずクオリティであり、学生漫才ながらそのレクリエーションを眺めていた多くの生徒の笑いを誘った。
そんな中、次がクラス発表である天子は緊張した面持ちをしていた。
その理由は当然、ダンスがちゃんと踊れるか不安であるからだ。
ぼっちにとって、周囲に浮かないようにするのは至上の命題。
つまり、全力で周りに合わせることが使命と言っても過言ではないのだ。
だからこそ、自分が躍るダンスで失敗は許されない。
もっとも、今の天子はそう考えること自体がプレッシャーになっていることに気付いていないようだが。
「姫、大丈夫だ。姫の運動神経なら練習通りやれば必ず上手くいく」
「そうそう、ワンコちゃんの場合、原因がリズム感だったからね。
むしろ、動き自体は他の人達よりもキレがあったぐらいだよ」
「それに、リズム感もさっきの練習でだいぶ良くなってきた。
あとは音楽に合わせて覚えたことを繰り替えすだけよ」
「京華さん、那智さん、夕妃さん、励ましやアドバイスありがとうございます。
そう言っていただけると、なんだかやる気が湧いてくるような気がします」
「その息だ」
いつメンから鼓舞された天子は、嬉しそうに頬を緩ませた。
そんな彼女達の言葉のおかげか、少しだけ肩の荷が下りたような気がする。
しかし、それは完全じゃないので、念のため手のひらに「人」を書いて飲み込んで心を落ち着かせる。
そのおかげか少しだけ落ち着くと、その余裕の分だけ周囲に視線が向いた。
となれば、今の天子にとって気になるのは当然敬の動向だ。
特に、敬は怪我している。あの状態で一体何をやろうというのか。
「犬甘さんは何をするつもりでしょうか......?」
「やっぱり気になるか、姫」
天子が敬の方に視線を向けていると、それに気づいた京華が話しかけてきた。
すると、天子はずっと見ていたのが恥ずかしく感じ頬を赤くしつつも、コクリと頷いて答えた。
「はい、気になります。レクリエーション前に、犬甘さんは男鹿さんと相沢さんを含めたお三方で何かをするつもりのようなことを言っていたので......」
天子がそう言うと、二人の話を盗み聞きしていた那智と夕妃も会話に参加してきた。
「三人でやること? あの三人でやると言ったら何だろう.......?
漫才はイチヤが無理だろうし、出来ても身内ネタみたいなノリになるだろうし。
う~ん.....あ、もしかしてあれやるんじゃない? 文化祭のアレ」
「あー、アレね。だとすれば、だいぶ激しめだし足に負担かかりそうだけど。
けれど、ノリで生きてそうだもんね彼」
「あの......文化祭のアレってなんですか?」
その時、天子は二人の間で交わされる会話に首を傾げた。
自分がわからない指示語が飛び交い、話について行けない。
すると、そんな天子の様子に、那智も首を傾げる。
「あれ、ワンコちゃんは文化祭の時の有志発表会って見たことない?
ほら、色んな部活だったり、友達同士だったりとかでさっきやってたダンスや漫才、ひいてはバンドみいたいなのをさ」
「あー、そんなことやっていたんですね。
すみません、去年は図書室で一人本を読んでました。
その、体育館で何かやってるなーというのは知ってたんですが」
去年の天子は、そんなことを知るはずもないぼっちを極めし者であった。
一応、それとなくクラスの出し物を手伝いつつも、常に一人で行動。
どこかのクラスの模擬店で小腹を満たすわけでもなく、昼には作って来たお弁当。
そして、お腹がいっぱいになれば、図書室や休憩所を転々としながら読書タイム。
もはや学校にいながら学校にいなくていい時間をひたすら一人で過ごしていたのだ。
もちろん、廊下を通るたびに友達同士、彼氏彼女同士で連れ添う姿を見ては羨ましいと感じていた。
しかし、あいにくそういう人物がいないので、もはや感じるだけ無駄であった。
というわけで、天子の文化祭は基本ただの休日でしかなかったのだ。
そのイベントに関して、天子には思い出という思い出が存在しない。
だから当然、有志発表会の内容など知るはずがないのだ。
そんな天子の言葉の端々から漏れるボッチイズムに、那智は「あー」と全てを察したように苦笑いを浮かべた。
「なんかごめん.....」
「おい、那智! お前、なに姫の暗い過去を抉ってんだよ!」
「そんなこと言われたって......ごめんね、ワンコちゃん。気が付かなくって」
「いいえ、別に那智さんは悪くないですよ。
私がそういう風に思わせることを言ってしまったので。
ですが、今年は皆さんがいるおかげで大丈夫ですし、楽しみです」
「姫......」
「それはそうと、文化祭のアレとはなんでしょうか。とても気になります」
「安心していいわよ。大したことじゃないから。
でも、今の天子からすればプッチン案件かもしれませんね」
「?」
夕妃の言っている意味が分からず、天子は首を傾げる。
そして、一抹の不安を抱えながら、天子達は本番を迎えた。
『それでは次のクラスの発表です。どうぞ!』
司会の女子生徒がマイクを通して天子達を紹介する。
すると、天子達は一斉に舞台に上がり、ポジションについた。
それから数秒後、セットした音楽が鳴り始め、その音に合わせ天子は踊り出す。
「......っ!」
練習の時より若干体の動きが硬いような気がする。
励ましやアドバイスを受けたが、やはり緊張による体の強張りは残っていたようだ。
しかし、それはある意味想定内。
普段からこういう動きをしない自分が順調に成功するわけがないのだ。
だからこそ、それを受け止めた上で、夕妃のアドバイスを思い出して踊り続けた。
生徒達の盛り上がりは中々良かった。
思いのほかキレがあるダンスと、選曲が良かったのか主に陽キャ生徒の間で盛り上がる。
加えて、終盤に出てきた夏目先生の登場が、生徒達をさらに盛り上げる大きな要因であった。
もっとも、センターで踊る羽目になった彼女の目は死んでいたが。
「ハァハァ......ん、ハァ」
やがて数分間のダンスが終わる。
ティッ〇トックであれば、長くても1分弱であるはずのダンスが。
なぜそんな長くなったかといえば、それは完全に尺の都合である。
このレクリエーションでクラスに与えらた時間は10分。
もちろん、それは目安の時間であり、キッチリ10分でなくてもいい。
とはいえ、短すぎてもダメであり、最低でも8分は越えなければいけない。
その結果、ダンスがフルとなった。
運動神経は平均以上だが、体力は平均以下の天子にとってはハードモードである。
とはいえ、それもついに終わりを迎えた。
「いいぞー!」
「ヒュ~~~~♪」
「先生、可愛いーーー!!」
「ナイスダンスーーー!!」
音楽が終わり、踊った生徒達がフィニッシュを決めると、観客から一斉に声がかけられる。
その声は概ね好感触であり、そのほとんどが死にかけの夏目先生に向けてのものだった。
しかし、ダンスが終われど、またクラスの発表が終わったわけではない。
天子達がダンスで稼いだ時間はせいぜ4分程度である。
つまり、あと4分を稼がなければいけない。
「犬甘さんはこの後踊るんですよね.....」
天子は舞台脇にはけながら、入れ替わりで舞台に上がる敬達を見た。
相変わらず敬からは何をするかは教えられていない。
言った通り、見てのお楽しみというやつなのだろう。
もっとも、それで楽しめるかどうかは無いようによるが。
「姫、こっちこっち」
するとその時、天子は京華に誘わて、観客側へと回り込んだ。
ここが一番全体を見やすい、との理由で。
そして、見やすいポジションに移動すると、同時に発表後半が始まった。
「見てくれ、俺達の去年の汗と涙の結晶――ポッピン3」
敬がセンターに立ち、そう曲名を告げる。
直後、敬、悠馬、宗次が躍り出したのは、某アイドル系人気漫画がアニメ化した際のダンスだ。
加えて、男性アイドルものではなく、女性アイドルもの。
つまり、可愛い振り付けのダンスが多いということだ。
また、そのダンスは動きとしてはかなり激しいものであった。
同時に、巧みな連携が必要としていて、一朝一夕で覚えられるダンスではない。
だからこそ、そのダンスからは見るだけで並々ならぬ努力が伺えた。
「ほぉ~、さすがに去年踊っただけのことはあるな。
元を知らねぇからあんま言えねぇけど、普通にスゲー」
「確かに、凄いは凄いんだけどな~。う~ん......なんというか、これは......。
可愛い振り付けだけあって、それを男子三人が踊ってるのはクッソ似合わねぇ~」
「ある意味、シュールな絵面よね。
無表情男子と金髪不良とメガネ優等生の異色のトリオダンス。
ただ、さすがにこの盛り上がりは異様ね」
京華、那智、夕妃は男子達のダンスをみながら、それぞれ感想を述べた。
そして、夕妃はというと、観客席の方を見て目を剥く。
なぜなら、観客席が過去一の盛り上がりを見せていたからだ。
去年の文化祭で観客を熱狂させたダンスの復活。
その記憶は多くの生徒達に刻まれており、例の三人がいるクラスとなれば期待度も上がる。
そして、期待通り、求めていた通りのダンスを披露してくれた。
この展開は、例えるなら主人公覚醒イベントのようなもの。
つまり、今の生徒達にとってこのダンスは胸熱展開ということだ。
「この展開はさすがに想定外だな......姫はどう思――ひっ!」
あまりにもの盛り上がりに圧倒される京華が天子を見た瞬間、頬を引きつらせた。
なぜなら、誰もが頬を緩める中、一人だけムスッとした顔で見ていたからだ。
一目で目が怒っているとわかる顔つきだ。
「ひ、姫? 大丈夫か?」
「はい、至って冷静です。冷静に怒ってます。
私自身も不思議です。家族からも全然怒らないと言われてきましたのに。
今は自分でも怒ってるとわかるぐらい、犬甘さんの行動に怒ってます」
「ワンコちゃん、ステイステ~~イ。
どうせバカのやることだし、気にするだけ無駄だって」
「問題ありません。犬甘さんに関しては、先ほどから怒ってました。
それがたった今表面上に表れたに過ぎません」
「けれど、そこまで怒っているならどこかで発散するしかないわよね。
結局、犬甘君には何をするか決まってないけど......どうするの?」
「目下考え中です。ですが、必ず犬甘さんにとって苦手な状況に持ち込みます」
「なぁ、普段温厚な人を怒らすってこんなに怖いんだな」
「うん、わかる。ワンコちゃんは怒らしちゃダメなタイプ。
もちろん、怒らせるつもりは毛頭ないけど」
「犬甘君は何をしたら彼女をこんなにさせるのか」
淡々と怒りを露わにする天子に、京華、那智、夕妃の三人は戦々恐々といった表情を浮かべた。
一方で、天子はただ顔をムスッとさせながら、目の前の舞台を眺めつづける。
あの無表情おバカさんに一言物申すために。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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