クエスト45 林間学校(ニ日目)#3
カレー対決の勝負の行方......それは全て夏目先生の独断と偏見に委ねられた。
そして現在、彼女はというと天子チームのカレーを実食している真っ最中だ。
「ふ~む、なるほどなぁ」
夏目先生はそう呟くと、再びスプーンですくって口の中に放り込む。
一方で、そんな姿を敬は見ると、天子と金崎の方へ振り返った。
「んじゃ、待ってるだけじゃ暇だろうから、皆も昼ご飯にしましょうか。
というわけで、せっかくだからお互いの作ったカレーを食べ比べしよう。
ささ、皆さんこちらへ」
敬は互いのチームを空いている机に並ばせると、目の前に二つのカレーを並べた。
一皿の量としては半人前ぐらいが二皿。
右側のが天子チーム、左手のが金崎チームのものである。
また、それは夏目先生の横にいる敬の前にも並べられた。
「それでは、全ての食材に感謝を込めて――いただきます」
「「「「「いただきます」」」」」
敬の音頭とともに、天子チームと金崎チームともにカレーに口をつけた。
互いのチームとも最初に食べたカレーは自分達が作ったカレーである。
そして、最初に声を出したのは園江だった。
「うん、美味しい! これなら十分に勝てるよ!
なんだったら、いつも家で食べてるのよりも美味しいかも!」
「林間学校補正があるのかもね。もしくは友達と作った補正。
ただ、ちょっと具材が大きすぎたかなとは思う」
「噛み応えはありますけどね......私もじゃがいものサイズが若干大きかった気がします」
「わ、私はそれほど気にならないですけど......ご飯が一部焦がしてしまってるのが、なんとも」
「そう言われると気になるかも......で、でも! 大丈夫だって!」
天子チームは勝負事だけあって、自分の作った料理にやや悲観的になっている。
そんな気持ちが表れてる佳代、天子、春香の三人の感想に、園江も不安そうな顔をし始めた。
すると、気になるのは金崎チームのカレーである。
「い、いただきます.......あむ、っ!?」
天子は金崎チームのカレーを食べた直後、目を剥いた。
「味が......若干違う」
天子が気付いたのは、カレーの味そのものの違いだ。
林間学校は基本的に行事であるため、全ての具材は統一されている。
故に、煮込む時間によるカレーのとろみや、切った具材の大きさなどの多少の際はあれど、おおよそ誰が作ってもカレーの味は似通っているのだ。
にもかかわらず、カレーの味が違う。
そんな本来ありえないことが起きている。
それに気づき、天子は驚いたような顔をしているのだ。
「ん? 天子ちゃん何言ってんの?」
そんな天子の言葉に、園江、佳代、春香の三人は首を傾げた。
というのも、天子が指摘した”カレーの変化”はほんの些細なものだからだ。
例えば、同じカレーを作ったとしても、そこにはちみつを入れいるか否かで味が変わるように。
そう、天子が気付いたのは、カレーの中に僅かに含まれた”隠し味”のことである。
「これは隠し味ですね......しかも、これはウスターソースですか?」
「え、そんなの含まれてんの!?」
「でも、用意されたカレーの具材にはなかったはずです......」
「ということは、これは家から持ってきたってこと......」
天子の言葉に、園江、春香、佳代が衝撃を受けたような顔をする。
すると、そんな彼女達の感想に答えたのは、なんと敬であった。
「ザッツライト! まさか隠し味に気づくなんて.......さすがだ、ご友人。
というのも、この勝負が決まった後ぐらいに金崎さんから言われたんだよね。
『宿舎の調理室に調味料あったんだけど、借りてもいいかな』って。
なので、僕はそれを事前に夏目先生に言ってOKを貰いました!」
「まぁ、それは単に自分ちで美味しいカレーを作りたいからって理由からだと思ったんだがな。
まさかその後にこんなことが起きるなんて思わなんだ.......はむ、うん、金崎のカレーもうめぇ」
「そ、そんな......」
敬からのまさかの言葉に、天子は愕然とし肩を落とした。
なぜなら、隠し味を使われたのだから。
同じカレーでもそれがあるとなしとでは、美味しさ補正に大きく違いが出る。
それは普段から料理している天子だからこそわかること。
勝負はもはや決まったと同然であった。
そんな天子の気持ちを察してか、園江達も不安そうか顔を浮かべる。
その中で、一人もくもくとカレーを食べていた夏目先生は、無事二人前を食べ終えた。
そして、お腹いっぱいをアピールするようにお腹をさすりながら口を開く。
「いや~、食った食った。やっぱ誰かに作ってもらう料理っていいな。
さてと、んじゃそろそろこの茶番にも終わりにしようかな。
ってことで、今から結果発表を始める。
夏目先生がそう宣言すると、両チーム一斉に緊張が走った。
そして、それぞれのチームの視線は夏目先生に集中していく。
すると、夏目先生は空になった天子チームの皿を見ながら言った。
「まず、天子チームだが......美味かった。
とてもありふれた具材で作ったとは思えねぇ。
作り手でこうも味って変わるもんなんだな。
それから、具材の大きさを気にしていたようだが、今回の基準は私の独断と偏見だ。
その観点で言えば、私は食いごたえのあるのは好きだし、丁度いい感じだった」
その感想に、天子チームに希望が舞い降りた。
それこそ、沈みかけた顔が上がり、暗い表情に僅かな光が差すほどには。
夏目先生は、次に金崎チームの皿を見て言う。
「で、次は金崎チームの方だが、こっちも同じく美味かった。
具材の大きさも一口サイズで食べやすく、ルゥのとろみも好きな具合だ。
がしかし、あいにく私の下はそこまで肥えてるわけじゃねぇ。
だから、ぶっちゃけ隠し味があろうが違いが全く分からん!」
そんな感想に、金崎は眉をひそめ「マジかよ......」と呟いた。
ここまでの評価は、天子達が気にしていた具材の大きさがプラス評価。
対して、金崎達の隠し味がマイナス評価という結果になった。
つまり、カレーの評価が同じとすれば、現状イーブンということである。
「う~む、正直甲乙丙もつけがたいよなぁ。
どっちも美味かったし。でも、両方勝ちはさすがにか......」
「先生、第三陣営の存在は確認されておりません」
「つまり、カレーの評価が同じとすれば、別の項目で差を見つけるしかないよな。よし、となれば......」
夏目先生はそう言うと、その場から立ち上がった。
歩いて向かった先は、先ほどまで両チームで料理を行った場所だ。
そして、そこでの光景をしばらく眺めると、何事も無かったように戻って来た。
「先生、今何してきたんですか?」
「勝負に決着をつけるための判断材料集め。
お前が言ったんだろ? 私の独断と偏見で決めろって。
だから、これは私目線の見解であって、文句は犬甘に言え」
「それはさすがに理不尽過ぎじゃありません?
それはともかく、ってことはこの勝負の勝者が決まったということですか?」
「そういうことだな」
夏目先生がそう断言すると、敬はすぐに司会モードに意識を切り替え立ち上がった。
「さてさて、どうやら夏目先生が無事答えに辿り着いたようです!
それでは余計な言葉はこの際省いて、早速結果発表と参りましょう!
第一回林間学校カレー対決! その勝者は――ドゥルルルルル......ドゥン!」
敬の口ドラムロールが周囲に響いた。
それが終わると、途端に辺りは静寂に包まれる。
どうやら誰もが夏目先生の発表に注目しているようだ。
すると、夏目先生は大きな声で勝者チームを発表した。
「勝者は――大撫チームだ」
「「「「やったー!!」」」」
夏目先生の答えに、天子達は一斉に歓喜の叫び声をあげた。
さらに、体を寄せ合っては嬉しさにハグまでもしている。
それほどまでにこの勝利が嬉しいのだろう。
その一方で、金崎チームはただ静かに黙っていた。
特に、リーダーの金崎は目を閉じ、腕を組んだ姿をしている。
さながら、その結果をただ真摯に受け止めるように。
「さて、それでは今回大撫さんのチームを勝者としたわけですが、その理由をお聞かせくださいますか?」
「そうだなぁ.......ぶっちゃけ、味に関してはわからなかった。どっちも美味かったしな。
それこそ、大撫が金崎チームのカレーにウスターソースが入ってることを指摘した時はびっくりしたぐらいだからな」
「ってことは、カレーの味が勝利の決め手ではなかったということですね。
となると、食べ終わった後に調理場の方へ足を伸ばしましたが、それが関係あるんですか?」
「まあな。つーか、あの行動こそが勝負を決める要になったわけだ」
「あの調理場が? それはつまり......どういうことですか?」
「一言で言えば、調理場の綺麗さだな。
大撫チームの場合は、カレーを煮込んでいる間、その空いた時間で使った調理器具を洗っていた。
対して、金崎チームはそれがない。それが両チームの大きな差だ」
夏目先生は腕を組み、脳裏に各チームの調理場の光景を思い浮かべた。
そして、その理由を教師という立場から見て答えた。
「林間学校は行事であり、ちゃんとスケジュールがある。
そのスケジュールに沿って行動することが、お前達生徒に課せられた仕事だ。
いくら昼の時間は長めに確保してあるとはいえ、時間が押すようなことはあってはならない。
つまりだ、やれることをさっさとやってる分、大撫チームに軍配が上がったということだ」
「なるほど、このカレー作りは調理場の状況も含めた勝負になっていたというわけですね。
そして、大撫さんチームは隙間時間に一部の使った器具をすでに洗っていた。
この差が勝負の分かれ目になっていたようです」
敬は夏目先生の言葉を要約すると、改めておたまマイクを片手に宣言する。
「さて、これによって勝者が決まりました! その勝者は大撫さんチームです!
そして、大撫さんチームには相手のチームに対して『一つだけお願い』を行使できます。
また、あらかじめその内容は伺っておりましたので、すでに呼んであります」
敬は右側に手を伸ばすと、全員がその方へ目線を向ける。
すると、そこには京華、那智、夕妃の三人の姿があった。
その三人は困惑の表情を浮かべ、呼び出した張本人である敬に目線を向けた。
「おい、敬! これはどういうことだ? つーか、この一角だけなんか異質じゃね?」
「おっと、その説明は後でさせてもらいましょう。
それよりも、京華さん、ささ机の前まで来てもらえますでしょうか?」
「なんでアタシが.......ハァ、わかったよ。行けばいいんだろ、行けば」
京華は大きくため息を吐き、頭をかきながら、言われた通り位置に立った。
すると、それに合わせて金崎も立ち上がり、京華に向かい合うように立つ。
「ん? 誰?」
「そちらは金崎さんです。まぁ、事情を簡単に説明しますと――」
そして、敬はこれまでの経緯を説明した。
その話を聞いた京華はというと、悪口を言われた怒りより、天子が友達のために立ち向かってくれたことに喜んでいた。
「ま、まさか、姫がアタシのためにそこまで......ぐすっ。
あークソ、このままじゃダメだ。シャキッとしろ、シャキッと」
京華は腕で涙を拭うと、目の前にいる金崎を見る。
京華の方が身長があるのか、やや見下ろすような形となった。
そして、金崎を見つめると、少し目を細め言った。
「お前がアタシをどう思っていようとが知らねぇが、いい加減こんな茶番は終わりにしようぜ。
だけど、姫に悪口の一つでも言ってみろ。ただじゃおかねぇからな」
「おー怖っ。わかってるよ。こっちだってもうこれ以上いざこざは嫌だし。
ともかくその......悪口言って悪かったよ。これでいいか?」
「あぁ、それでいい。それよりも今は姫だ!」
京華は金崎の謝罪を素早く受け入れると、風のように俊敏に天子に近づいた。
そして、嬉しさを爆発させるように、膝立ちになって天子に抱き着く。
「姫、アタシは......アタシはよぉ。
こんなにもここに来て良かったと思ったことはねぇぜ!」
「京華さん、大袈裟ですよ......」
そう言いながらも、天子も嬉しそうに京華を抱き寄せた。
そんな光景には、園江、佳代、春香の三人も目を疑ったようだ。
それこそ、あのクラスカーストトップの編ヶ埼さんを従えている、と思うほどには。
そして同時に、天子に対して思うこともある。
すなわち、この子って一体何者!? という気持ちだ。
しかし、不思議と怖い感じはしないようで、そっと笑みを浮かべる三人。
そんな光景を眺めていた敬はというと、そこに生まれた確かな友情に腕を組んで深く頷いていた。
するとその時、敬の両肩にそれぞれ違う人物の手が置かれた。
「おい、ジョーカー。随分お楽しみだったようだな」
「んじゃ、お楽しみついでに俺達のカレーも実食してくれよ。
お前がサボりにサボってる間に一生懸命作ってたんだぜ?」
「......あの、僕すでにそれぞれのカレーで二食分たべてるんだけど......」
「良かったな。私達の分はまだまだあるおかわりし放題だぞ」
「安心しろ、残りをお前が食べ終わるまで眺めてやるから。
あ、言っておくが、お前がこれから食うのはルゥだけだからな」
「こ、コンナハズジャナイノニ~~~~~~!!?」
そして、敬はその場に現れた宗次と悠馬の手に連れていかれたのであった。
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