クエスト10 遊び人の友情イベント#2
「そういや、このまま残りのデイリーミッションも終わらせちまうか」
「え?」
引き続き、お昼ご飯中。
天子のとんでも行動でザワついた心が落ち着いてきた頃、敬は本題に移った。
それに対し、天子はご飯を掴む箸を止め、敬を見る。
「ま、まだ午前中ですけど......」
「そうだね。だけど、こういうものはどのタイミングで消化したっていいんだ。
だったら、やれるべきにやっておいた方が、忘れなくていいじゃん?」
敬が放課後に図書室に集まることを予定していたのは、もともと天子の挨拶が時間がかかるということを考慮しての時間設定だった。
しかし、天子はその想定を上回る行動力を見せた。
であれば、残りの二つなど消化クエストのようなものだ。
もっと言えば、あってないようなもの。
「もちろん、これから頑張ることを見つけるってのもアリだよ。
でも、今日に限ってはぶっちゃけ午前中の、それも廊下で挨拶することが一番頑張ったことじゃない?」
「そ、それは......はい」
天子は顔を赤くし、そのまま伏せる。
その様子を横から見ていた敬は、手に持っていたお弁当箱を階段に置き、ポケットに忍ばせていたトランプの箱を取り出した。
そこからトランプの束を半分ほどだし、山札の上から三枚だけ引いていく。
それが一昨日、昨日と使っていた「ジョーカー」「K」「A]の三枚のカードだ。
そして、敬は天子に目を瞑ってもらい、適当にシャッフルする。
「もう目を開けていいよ。さ、引いてごらんなさい」
敬は右手に三枚のカードを扇状に広げる。
それを天子は顎に人差し指を当て、じーっと目線だけを動かして選び始めた。
そして、最終的に天子が選んだのは、真ん中のカード。
「はは、マジか」
そのカードを選んだ瞬間、敬は乾いた笑いをし驚いた。
なぜなら、それが「K」のカードであったから。
「大当たり~! いや~、マジか。これで三連続だよ」
当たりカードである「K」を天子が一昨日、昨日と含め連続で引き続けている。
トランプのゲームで神経衰弱があるが、それで連続で当たりを引くのとは若干質が違う。
あれは一時的にそのタイミングで確率の収束が起こっていると考えられるからだ。
しかし、敬が天子にやってもらってるのは、一日置きに開催しているもの。
それでこうも連続で当てられては、いよいよもって財布の心配をしなきゃいけなくなる。
(顔に出てたか......? いや、宗次から『貴様の顔は鋼鉄の仮面を貼り付けているようなもの』だって言ってたし、それは考えづらいと思うが......)
であれば、天子の引きが単純に強いことになる。
引きが強い......ということは――
(大撫さんのの力を借りてソシャゲのガチャを引けば、お目当てのものが引けるのでは?)
「い、犬甘さん、どうしました?」
「え、あ、はい!?」
天子の声に、物欲に飲まれかけていた敬はハッと我に返る。
そして、一つ咳払いして気を取り直すと、天子の言葉に返答する。
「あ、いや、ここまで引きが強いと、我が宝物庫が空にならないか心配になってきてね」
「な、なら、その......別に奢ってもらうとかそういうのは、無しでいいと思います」
「いんや、これは僕自身が決めたことだ。最後までやりとげるよ。
だから、大撫さんは遠慮しないで受け取ってもらえると、こちらとしても嬉しいかな」
「そ、そういうことなら......わかりました」
天子は目線を逸らしながら頷くと、昼食を再開した。
その横では、天子の食べる姿を鋭い視線で見つめる敬がいた。
いや、もっと詳細に語るなら、敬が見ているのは箸を持つ指だ。
(物欲が無いからむしろ引けるのか?)
封印した物欲が解けかかっている敬。
この世界には”物欲センサー”なる迷信がある。
それは物欲が高ければ高いほど、大いなる世界の意思がそれを察知して手に入れたい物を遠ざけるという現象だ。
もっと簡単に言うなら、欲しいものが手に入らない、である。
この現象はよくガチャ要素が含まれるものに多いとされる。
ランダム要素が強いガチャで、人々はより少ない資源や労力でもって欲しい物を手に入れたい。
そうすれば、その余ったそれらで次のガチャへの活力になるから。
しかし、大いなる世界の意思はそれを簡単に許さない。
苦しめ、喚け、嘆け、と大いなる世界の意思はそれを遠ざけていく。
そして、それは欲しい物に対する執着が強いほど発揮される。
そう、大いなる世界の意思は意地汚いのだ。サディストなのだ。
それによって、多くのガチャ民が底なし沼へと引きずり込まれる。
敬もその一人だ。一体どれだけのお金が羽ばたいていったことか。
無茶しない課金こと無課金でやっていても、やはりお小遣いがあっという間に溶けるのは泣ける。
特に、敬は社会人ではないのだ。
バイトをしても稼げるお金には限りがある。
だから、出来る限り節約して、それでいて欲しいものを手に入れたいが......悲しいかな、それが叶わない。
もっとも、今では大抵のソシャゲに、天井システムという一定回数引けば確定で欲しい物が手に入るガチャがある。それでだいぶ救済された節はある。
しかし、偉大なるガチャ民が残した「当てたい? ならば、当てるまで引け!」というありがたい御言葉があっても、敬からすればその結果はすでに十分負けなのだ。
つまり、何が言いたいのかというと、敬が欲しいガチャを物欲のない天子に引かせれば当たるのではないかということだ。
特に、天子は引きが強い可能性がある。チャンスは大いにある。
「......なぁ、大撫さん、ちょっとこのボタンをポチッとしてみてくれない?」
敬はソシャゲのガチャ画面をスマホに表示し、それを天子に向けた。
丁度おかずを口に入れたタイミングで振り返った天子は、モグモグごっくんしてから聞き返す。
「こ、これは......ガチャ画面ですか? これを引けばいいんですか?」
「うん。別にこれの結果でどうこうとかじゃないから」
天子は敬の様子を伺いながら、人差し指を差し出し、ガチャボタンをポチッ。
瞬間、スマホにはガチャ演出が表示され、敬はそれを見るやすぐに目を剥いた。
「ハ、ハハ......確定演出......」
天子に押してもらったのは石を溜めた10連ガチャの方じゃない。
単発引きと呼ばれる1回ガチャの方だ。
それでスマホに表示されるは、SSRキャラの排出が約束された映像。
しかし、まだだ。
いくらSSRであろうとも、ピックアップキャラが来なければ意味がない。
いや、どのSSRキャラでも十分に嬉しいが、欲を言えば欲しいのはやはり推しキャラ。
「ホワッ!? 卑弥呼......マジでピックアップ来た! うおおおおぉぉぉぉ!」
喜びのあまり立ち上がる敬。
右手にスマホを持ち、左手でガッツポーズして吠える姿はまさにヲタクそのもの。
敬はすかさず天子を見ると、その場に跪くと、天子の手を両手で包み込んだ。
「ありがとう、大撫さん。これで僕の人生は豊かになった」
「あぇ、あ、その、大げさ.......というか、その、て、てててて手が......」
敬に手を握られ、急速に顔を赤くする天子。
その経験したことのない事態にろれつが回っていない。
されど、そんなことは知ったことかとばかりに、敬の言葉は止まらない。
「大撫さんはこの一瞬、僕の人生を変えたんだ。それも良い方向に。
これは大撫さんだから出来たこと。
誇っていい。やはり大撫さんは勇者だったんだ」
「え、あ、そ、その.......と、とととりあえず手を放してください!」
「あ、ごめん。つい興奮のあまり」
敬はようやく状況に気付き、パッと手を放す。
一方で、天子は握られた右手の甲を左手で優しく擦り、思った。
(て、手を握られてしまいました......!)
天子は顔を伏せ、恥ずかしさにギュッと目を瞑る。
異性に手を握られたことなど一体いつぶりだろうか。
それこそ、小学生の頃のフォークダンスが最後ではなかろうか。
しかし、その時ですらこのような恥ずかしさに悶えそうになることはなかった。
それは久々の異性からのゼロ距離接近だったからか。
それとも体が思春期になった影響か。
はたまた、相手が敬であったからか。
なんにせよ恥ずかしいという気持ちが、今の天子の心を満たしているのは確かだ。
しかし、その満たしている心のほんの僅かな、それこそ1パーセントの部分でこう思っている自分もいる。
(な、なんで犬甘さんは恥ずかしがってないんですか......!)
敬がどんな時にも無表情なのは知っている。
あまりにも変わらないので、時折テンションと表情が合ってなくて怖いと思う時もある。
そうだとしても、こういうのに少しぐらいは反応があってもいいものじゃなかろうか。
いくら出会ってからまだ間もないとしても、もう一週間も濃い時間を過ごしている。
にも拘らず、こうも淡白だと少し凹むし――
(ちょっとだけムッとします......)
1パーセントのモヤモヤした気持ちが僅かに増幅するのを感じる天子。
ちょっとぐらい仕返ししてもいいのでは、と思ってしまう。
しかし、それが出来るほどまだ距離を縮められていないのでは? とも思ってしまう。
「ハァ......」
天子は胸の奥から込み上がってくる鬱憤を、ため息とともに吐き出した。
(今できなくてもいつかは!)
同時に、天子の”やりたいことリスト”に「敬にイタズラする」が追加された。
そう簡単にはクリアできない難題だ。しかし、決めた以上やり遂げる。
天子は打倒敬を掲げ、敬をキリッと睨んだ。
その一方で、敬はというと――
(めっちゃ睨まれてる。意図したことではないとはいえ、さすがに手を握るはやりすぎたな)
元の位置に戻った敬は、昼食を再開しながら、横から来る視線にそう思っていた。
先程の行動は明らかに男女の距離感が分かっていないノンデリ行動。
いくら天子と親密になろうと心がけていても、やっていいことと悪いことがある。
そして、今の天子の反応から察するに、それは後者だということがわかった。
となれば、自分に非があると自覚しているなら、やることは一つ。
「あー、その、さっきははしゃいじゃってごめん」
「あ、いえ、別に......」
「お詫びというわけじゃないけどさ、ここ最近帰り道の公園で移動屋台があるんだけど、そこで美味そうなクレープが売ってるんだ。
帰り道的には反対になっちゃうけど、良かったら食べてみない?」
この提案自体は、もともと敬の中では予定してあった。
それこそ一昨日のデイリーミッションの時に、天子がイチゴ味が好きということから、自分が行ってみたいという気持ちも含めて誘おうと考えていたのだ。
もっとも、まさかこんな形での誘いになるとは思っていなかったが。
「あ、あの、それって......」
天子は顔を赤くし、チラッと敬の方を見ては再び逸らす。
やがて恐る恐るといった様子で敬の方を見た。
その反応に、敬は最初こそ首を傾げていたが、途中で理解したようにポンと左手の皿に右拳を乗せると、遊び人らしくおちゃらけて言ってみせる。
「あぁ、放課後デートってやつだぜ。我が王よ。
もちろん、王に恥じない正装で行くつもりだ。といっても、制服が正装だけど」
「で、でででデート!? ですが、それってただ一緒に下校してるだけじゃ......っていうか、この人はまたあっさりとそういうことを言う」
天子は敬の言葉を否定し、その後ブツブツと小声で苦言を吐く。
その最後の部分があまりに聞き取れなかった敬は、一先ず天子の言葉に返答した。
「いいかい、マイフレンド。
当事者がいくら男女二人での行動をごまかそうと、周りから見たら立派なデートになるんだ。
であれば、いっそのことデートと言っても差し支えないはずだ。
それに女子と歩けば、男としても箔がつくってもんだし」
「そ、そうなんですか.....確かに、そうかも」
「ま、本音を言えば、当事者だけが事をわかっていれば、僕はそれでいいと思うね。
ただ当然、他の生徒に見られれば、よからぬ噂が立つこともある。
今だってそれを避けて、こんな場所で昼食を取ってるんだ。無理はしなくていい」
敬の目的は、あくまで天子と仲良くなるであり、また天子を誰とでも接することができる人物にすることだ。
別に誰にでも気兼ねなく話しかけられる人物にさせようとしているわけじゃない。
知らない人に話しかけられたとして、それに対して言葉が詰まったり、声がどもったりすることなく受け答えが出来ればいいという程度の話だ。
しかし、今の天子はそこら辺がまだ出来そうにない。
そのため、まずは天子を色んな場所に連れ出し、周囲の環境に慣れさせようというのが、この放課後デートもとい遊びに出かけることの魂胆。
いきなり他の人と話して、それで慣れていく方法もあるだろう。
が、それは少々ハードルが高く、天子にも負担が大きい。
それに、今は時間に縛られているわけではない。のんびりと行くべきだ。
敬は天子の反応を待ちながら、お弁当の残りに口をつける。
(ま、僕としても早すぎた提案だったかもな。
まだ、デイリーミッションが始まってから3日しか経ってないし......)
のんびりと、とは思いながらも、放課後デートは半分勢いで言ってしまった節はある。
天子がたった3日で午前中挨拶をクリアしてしまったために、少しぐらい無茶を言ってもクリアするのではないかという期待がありで、口をついて出てしまった。
そのことに気付いたのは天子に言った後だ。
吐いた言葉は戻せない。
また、信頼がどこまであるかもわからない。
なので、敬は天子からいい返事が来るとは、あまり期待していなかった。
「い、いいですよ......行きます」
しかし、敬の予想に反して、天子はそう答えた。
思わず無茶してるのでないか、と天子を見る敬だったが、天子の敬を見つめる瞳には自分で決めた意思が宿っていた。
わざわざ言葉で確かめようとしなくてもわかる。そういう類の瞳。
天子が変わろうとしているのは伊達じゃないということだ。
(やっぱ、この子実はハート強くね......?)
敬はそう思いながら、天子に返答する。
「りょーかい。それじゃ、放課後の正門で集まるでいい?
それとも思い切って教室から行っちゃいますかいプリンセス?」
敬は冗談めかして言った。
本来は前者のみを言うつもりだった。
しかし、こうも無茶をクリアしてくるなら、一体どこまで無茶なのかラインは見極めたい所。
故に、敬はハードルを思いっきり上げてみた。
放課後になり、多くの生徒が部活や帰宅へと足を運ぶ中、とある男女は放課後デートをするという。
これはある種の匂わせであり、高校生は多感なお年頃、格好のターゲットになる。
(さすがにこれは厳しいだろう)
天子はそもそも人に注目されることを苦手としている。
でなければ、今の今まで友達のいないボッチとして過ごしてない。
故に、回答は決まり切って――
「き、教室から行きましょう!」
「......やるじゃあねぇか」
(これでも超えてくるのか......)
その度胸は果たしていかようなものなのか。
一先ず言えることは、敬の心は激しくかき乱された。
「すまん、やっぱ正門集合で......」
「あ、はい!」
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
良かったらブックマーク、評価お願いします。




