クエスト9 遊び人の友情イベント#1
「こ、こんにちわ.....」
「うん、こんにちわ。今日も温かそうだね」
天子からの挨拶に答えると、敬は左手につけている腕時計を見た。
デジタルとアナログが一緒になったその時計から、デジタル部分の時刻を読み取る。
(11時55分......まさかの午前中か)
友達作りプロジェクトが始まり、現在二日目の金曜日の休み時間。
そう、たった二日で天子が午前中に挨拶をしかけてきた。
これは敬にとって予想外の事態であった。
もちろん、結果から見れば嬉しい誤算だ。
それでもまさかこんなに早く来るとは思っていなかった。
そもそもの話、しばらくは放課後での挨拶が続くと敬は予想していた。
なので、天子が挨拶に慣れ、頃合いを見て”午前中のみ受け付ける”という指定を課すつもりだった。
しかし、その予想を大きく裏切っての天子の行動。
加えて、天子が見せた予想外はそれだけじゃない。
(周りにまだ人がいる......)
敬が周囲を見渡せば、今いる廊下には多くの生徒が往来している。
当然、時刻が午前中なので、多くの生徒が学校に在籍している時間だ。
そんな時間帯に、しかも人目の中で挨拶をする姿勢。
(僕は完全に大撫さんという人物を見誤っていた......)
敬は自分の天子に対する印象を反省するとともに、評価を改めた。
敬からして天子は内気な性格故に、周囲の視線を気にするタイプだと思っていた。
加えて、時刻が中途半端であるため、本来挨拶する時間とは別の時間に挨拶するというある種の違った行動は人目を引く。
そんな中、天子は自分の意思を貫いて敬を挨拶してみせた。
これを凄いと言わずに何と言うべきか。
やはり天子というのは、内在的に行動力のあるタイプであるようだ。
「あ、あの、どうしました?
用があるのでしたら、その、引き留めてしまってごめんなさい......」
「いや、驚いただけさ。まさか午前中に来るとは思ってなくてね。
今の気分は、偉大なる賢者がたまたま拾った子を気まぐれに育ててみたら、自分の予想を超える才能に気付いて歓喜と驚きが混じってる感じだね」
「そ、そうなんですか......?」
敬の言葉に天子が首を傾げる。
どうやら敬の表情からそういう風には読み取れないらしい。
ここに来て無表情であるが故の弊害が出てしまったようだ。
スムーズに感情に対する認識の共有ができない。
とはいえ、そんなのは今更だ。気にしても仕方ない。
敬は脳内からそんな悩みをスパッと斬り払うと、天子に声をかけた。
「それじゃ、ついでに――」
―――キーンコーンカーンコーン
敬が言葉を言いかけた時、授業の開始3分前を知らせる予鈴が鳴った。
二人はその音を聞き届けると、天子が言いかけた言葉について尋ねる。
「あ、あの......何か言いかけてませんでしたか?」
「あぁ、言いかけてたね。大撫でさん、もしよかったら一緒にお昼ご飯食べない?」
敬が本当に言いかけたのは、「デイリーミッションの続きをしない?」であった。
天子が挨拶というミッションを容易くクリアしてしまった今、残り時間はたっぷりある。
いつもは放課後に図書室へ集まっているが、それが早々に集まるのなら行く必要もない。
加えて、早く終われば終わるほど、学校終わりの時間を自由に使える。
天子であれば本の虫であり、本を読むというプライベートタイムは重要だろう。
というわけで、敬はその言葉を言おうとしたのだが、現在3限目終わりの休み時間。
そして予鈴が鳴ったので、すぐに4限目が始まり、それが終われば待望の昼休み。
となれば、親睦を深めるついでに昼ご飯を誘うのもアリという結論に至ったのだ。
その思考、予鈴が始まってから僅か5秒。
ちなみに、残りの予鈴時間はをボーッと聞いてただけである。
「もちろん、大撫さんが昼休みに本を読んでいることは知っているから、無理にとは言わないけど」
「だ、大丈夫です! ただの暇つぶしなので!」
天子は両手に拳を作り、それを胸の前で掲げると、キラキラした瞳で敬を見る。
その目には「友達と昼休み!」という悲しきボッチの言葉が宿っていた。
あまりにも期待の眼差しを送られる敬は、妙にいたたまれぬ気持になり承諾した。
「OK。なら、場所は後でレイソで伝えるよ」
*****
4限目の数学の時間、天子は黒板で先生が授業を進めている中、ヌボーと話を聞いていた。
もともと、理系科目が苦手ということもあるが、理由はそれだけではない。
(犬甘さんにお昼ご飯を誘われてしまった......!)
苦節1年。いや、小学校と中学校も含めれば苦節10年。
天子に初めてのお昼ご飯を共にする人物が出来た。
義務教育期間の給食の際に、なんとなく机をくっつけていた時とは違う。
高校に進学してから、ただひたすら昼休みの時間を本で潰していた時とは違う。
そう、ついにボッチのお昼ご飯を卒業したのだ。
(な、何か話すことを考えなきゃ......)
天子が取った行動は、俗に言う会話デッキというやつである。
友達同士であれば基本ノリと勢いでそれとなく会話をしてしまうものであるが、あいにく天子にはその経験があまりにも少なかった。
故に、陰キャボッチは考えるのだ。
自分の会話がつまらないと思われたらどうしよう、と。
頑張って何か面白い話をしなければ、と。
結果、陰キャボッチは無駄に会話の要求レベルが高くなる。
(とりあえず、最近見てたドラマは読んでいた本の実写化だけど......あ、でも、犬甘さんが見てなかったら、ただの一人語りになってつまらないと思われてしまう。
だったら、そのドラマの流れで原作本の紹介を......あ、でも、変に比較するとうるさい原作厨と思われてしまうかも)
天子は綺麗に取っていたノートそっちの気で、白紙スペースに会話デッキを列挙する。
その度にあーでもないこーでもないと否定したり、派生させたりしながら、なんとか面白い話を捻出しようとした。
「お、頑張ってるなぁ」
その時、かけられた言葉に、天子の体はビクッと跳ねる。
隣を見れば、机の横に数学担当の夏目先生が立っているではないか。
また、周囲を見れば、いつの間にか問題を解く時間になっていたようで、どうやら夏目先生は巡回中であったようだ。
「確かに、短い高校生活を楽しくやろうと頑張るのは大事だ。
けど、今は授業に集中しような」
「は、はい.......」
天子の顔がカーッと熱くなる。
目はグルグルになり、羞恥心で小刻みに体を震わせた。
まさか会話デッキに集中しすぎて、授業への集中を疎かにしてしまうとは。
今までにない経験に、天子の脳内はプチパニックを起こしていた。
それこそ、ベッドの上で枕を抱えながらひたすらゴロゴロと悶えている感じで。
(こんな光景、犬甘さんが見ていたら一体どう思う.....ハッ!)
天子は自分の言葉に我に返った。そして、同時に思い出す。
ここから斜め後ろの窓側の席に敬がいることを。
敬の反応を確かめるのが怖かったが、天子は恐る恐る振り返ると――
「おい、犬甘。アタシの前で堂々とアメを食うなんていい度胸じゃねぇか」
「もうすぐ昼休みって思うと妙に眠くありません?」
「お前が夜更かしするからだろ」
「くっ、なぜバレた......仕方ない。ここは賄賂で一つ」
「残念だったな、アタシは賄賂に屈しない。
かみ砕け。そうすれば、見逃してやる。
出来ないのであれば、アタシが手を貸してやるのもやぶさかではないが」
「マジすか! オナシャス!」
「よし、アメを前歯で噛んで絶対に放すなよ? そこにアッパー決めてやるから」
「......ふぅー、悠馬、宗次......お前らもアメを食わないか?」
「「(俺・私)を巻き込んで犠牲者を増やそうとするな」」
「クックック、いつかお前のその無表情を歪ませてやりたいと思ってたんだよ。
良い機会だ。覚悟しろよ、犬甘?」
「ま、待ってください。俺はこれでも数学の成績は良い方で、先生の内申に貢献しています!
それに先生が生徒に暴力とか今の時代そりゃないですよ! あ、ちょ――ああああぁぁぁぁ!」
「おい、やった感をだすな。やるわけねぇだろ。はよ食え」
驚くほどどうしようもない茶番を先生と一緒に繰り広げていた。
天子はその光景を見つつ、ホッと息を吐く。
そしてとりあえず、会話デッキのネタを消すと、真面目に授業に取り組んだ。
「......」
真面目に取り組んだ結果、4限目が終わり、無事会話デッキ死亡。
これから初めての昼ご飯で、ある種のボス戦みたいな感じで丸腰に挑むことになった天子。
とはいえ、昼ご飯の相手が敬なので、敬が適当に会話を回してくれるはず......なのだが、そんな他人任せな考えを生真面目な天子が持っているはずもなく。
(お、面白い話のネタが一つもない......!)
天子が自分が置かれている状況に震えた。
授業中に熱中して考えていたようなことが、パッと今思いつかない。
一応、途中まで考えていた会話デッキはなんとなーく覚えているが、それは没にしたはず。
(ど、どうしましょ! どうしましょう~~~~!)
天子は目をグルグルさせ、再びプチパニックになった。
もっとも、こんな状況になっているのは、天子が無駄に会話レベルを高く設定しているせいなのだが。
―――ピロン♪
その時、敬からレイソにて連絡が来た。
すぐさまアプリを起動し、内容を確かめた天子はコテンと首を傾げた。
「下駄箱......?」
天子はすぐに周囲に視線を飛ばし、敬がいないことを確認する。
どうやらもう先に行っているようだ。
天子もお弁当を持って、指定された場所に向かった。
天子が下駄箱に辿り着くと、下駄箱の外側の壁に背を預け、スマホをイジる敬の姿があった。
敬は天子に気付くと、スマホをしまって声をかける。
「悪いね、場所を指定しちゃって。本当は教室だったり、食堂だったりが良かったんだけど、変に注目を集めるのは大撫さんもキツいだろうと思ってさ」
「な、なるほど、そういうことだったんですね......」
どうやら敬は天子のことを気遣って場所を指定してくれたようだ。
そのことに天子の胸はポワポワと暖かくなる。
とはいえ――
「こ、ここら辺に食べられるスペースありましたっけ......?」
現在いる下駄箱に食べるためのスペースはない。
もちろん、その場で食べることもできるが、それはあまりにも行儀が悪い。
天子が周囲を見渡して食べれそうな場所を探していると、敬が質問に答えた。
「ここじゃないからね。少し歩くから、靴に履き替えてもらえる?」
敬の指示通り、天子は靴に履き替える。
すると、敬は「こっち」と言って先導し始めた。
その後ろを天子がついていくと、辿り着いた場所は体育館だった。それも校舎裏の方。
「ここが今の時期、後者裏側にある木が丁度日陰になってて、風も気持ち良くていい感じなんだ。僕のおすすめ」
敬は体育館の外側にある階段に腰掛ける。
どうやら丁度日陰で覆われているその場所で昼ご飯にするようだ。
そんな敬のおすすめに、天子は初めての友達との昼ご飯であり、ついでに外というシチュエーションに心を弾ませ、足早に移動して敬の座った段に腰掛けた。
「おっ、大撫さんもお弁当派か。奇遇だね。実は僕もなんだよ」
「お、お弁当の方が好きな物食べれますからね。それに経済的にもいいかなって」
「確かに、購買の菓子パンとかめちゃくちゃ魅力的だけど、毎日それじゃお金があっという間に財布が天に召されてしまうからね.......ん?」
天子の言葉に、敬は首を傾げた。
そして、文脈を辿り、天子に質問する。
「その言い方的に、もしかしてそのお弁当って大撫さんが作ってる?」
「は、はい......お母さんとお姉ちゃんの分も作ってますね」
「に、三食分!? スゲー! 見ていい?」
「れ、冷凍食品とかも多いですし、そんな大したものではないですよ......」
とか何とか言いつつも、敬の反応に気分を良くした天子は、お弁当風呂敷を解き、お弁当の蓋を開けた。
そこには言葉通りの野菜やハンバーグといった冷凍食品のお惣菜が入っていたが、一部明らかに手作りの卵焼きであったり、タコさんウインナーが入っていた。
そして、極めつけはご飯の上に乗せられた、切り絵のような海苔。
「こ、これはまさか......伝説のキャラ弁!? ピカ〇ュウの再現度高っ!」
「そ、その趣味みたいなものです。昔、何気なく見てたテレビでキャラ弁特集みたいのやってて......それで真似してみたら意外とハマちゃって。
といっても、あんまり時間もないですし、色んなおかずで彩るとかは出来てないですけど」
「いやいやいや、これだけでも十分凄いよ。大撫さんって器用なんだな。
ふっ、どうやらまた大撫さんの魅力に気づいてしまったようだな。推しが捗る」
敬は自分のお弁当を開封しながら、恥ずかしげもなく気持ち悪いことを口走る。
そんな言葉の、特に最後の部分がよくわからなかった天子は、それとなーく笑みを浮かべてスルーした。
天子は箸を取り出し、お気に入りの卵焼きに箸をつける。
その時、ハッと最近読んだ漫画にあったシーンを思い出した。
それは女の子同士の友達が仲良さそうにしながら、お弁当のおかずを交換するシーン。
(あの時は女の子同士でしたが、友達なら相手が犬甘さんでもしてもいいのでは......?)
天子の長きに渡る友達いない歴の反動が、このタイミングで発生した。
天子は昔から友達が出来た時、やってみたいことは色々と考えていた。
が、あいにく友達が作れず、その考え自体が破綻してしまった。
しかし、今は友達がいる。異性ではあるが、敬という友達が。
”やりたいことリスト”を書く時には思いつかなかったが、敬との会話に慣れてきた今なら思いつくことは色々ある。
その一つが、このお弁当のおかず交換イベントだ。
その気持ちが先行し、天子の脳内は”やりたい”に埋め尽くされた。
男女がお弁当のおかずの交換など、あまりにもぶっとんだハードルの高さをしていると知らずに。
無知とは罪という言葉がある。
なぜ罪か、時に知らないことが身を亡ぼすことになるからだ。
「い、犬甘さん」
「はいはい、なんでしょう?」
「卵焼き食べてみませんか?」
「ゑ”?」
敬の口から濁音交じりの汚いはてなマークが出た。
それほどまでに、敬にとって予想外の展開が起きたということだ。
そんな敬の反応に対し、天子はキラキラとした純粋な瞳で敬を見る。
「い、嫌ですか.......?」
「あ、いや、そういうわけじゃないけど......」
天子が眉尻を下げ、悲しそうな声のトーンで敬に尋ねる。
その一方で、敬はひとまず天子の言葉を否定したが――
(え、え!? 大撫サン!? ど、どどどどうしたの!?
こっちは気楽な昼飯にしようと思ってただけなんだけど.......っていうか、初手からそれかまします普通!?)
敬の脳内は絶賛パニック中であった。
天子はせっかく好意で言っているというのに、友達としてそれを拒否するのはどうか。
それも初めての友達にそんなことを言われれば、今後に支障が出るかもしれない。
となれば、受け取るべきだろう。
それに考えてみれば、あーん的なやつではないのだから。
「ぞ......んん、そうだね。それじゃ、いただこうかな」
敬はお弁当の蓋を皿代わりにし、天子に差し出す。
その行動に対し、天子は不思議そうに首を傾げた。
「え、食べないんですか?」
(大撫サン!?!?)
どうやら天子はあーんをご所望のようだ。
もっとも、本人はそのことに気付いてない様子だが。
この状況は、さしもの敬であっても超え難いハードルだった。
もし食べてしまったなら、本人はそのまま気付かずその箸を使い続けることになる。
それを横にいる敬は間接キスを意識しながら昼ご飯を過ごす......なんという羞恥プレイか。
いや、それならまだ最悪の一歩手前だ。
最悪なのは、天子さんが途中でそれに気づくこと。
そうなれば地獄のような居たたまれない空気が始まり、今後の関係性に支障が出かねない。
これにはさすがの遊び人の敬も日寄った。
「......大撫さん、そうなると僕はその箸に口をつけることになるけどいい?」
「え.......あっ」
敬の指摘により、事の大きさに気付いた天子は、箸を見つめたまま固まった。
顔はゆでだこのように真っ赤になり、手先まで赤くなっている。
(久々に羞恥心がキャパオーバーしたか)
敬は横目で天子の様子を見つつ、胸に沸き上がるザワついた気持ちを紛らわすように、おかずを放り込みリスのように頬を膨らませた。
この時ばかりは本当に動かない表情筋に感謝であった。あったが――
(これで、これで良かったんだ......チクショウ)
しかし、煩悩がそう簡単に消えるはずもなく、敬は膝に箸を持つ右手の膝を乗せると、口元を手で覆ってぐったりとうなだれた。
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