保護と大ロボット展覧会と数奇な再会と
「うっ…」
ジーンはハッと目を覚ました。冷たい金属が頬にあたっている。縛られた手が痛い。加えて足に鈍い痛みがして、彼は自分の置かれた状況を思い出した。
「そうだ俺、テロ組織に誘拐されて、ファイドラ社でテロを起こせって言われて……ユシア02は壊されて……この音は車か? くそっ、動けねぇ」
暗くて身動きも取れない彼は、自分の死を想像した。そして後悔した。
(思いつきで、くだらない夢なんか見るんじゃなかった)
何がプロゲーマーだ。と。
ファイドラ社の見学で、芸術家の卵のキャリーと、幼くして夢を叶えたプログラマーのサーフェスと出会ったことが自分の人生を変えてくれると僅かにでも思った。
──無能、
テロ組織の男が言った言葉を思い出す。
(これが、才能が無い奴の末路なのかもな……)
ジーンが諦めかけた時、彼の頬にあたっていた冷たい金属から聴き慣れた音がした。
《遠隔ドローン88424……ユシア02の核に接続完了。ファイドラ社セキュリティ管理課からジーンに直接指示を行います。指示には的確にお従いください》
紛れもなくユシア02の声だった。壊れてしまったと思っていた02は、核を通じてファイドラ社と繋がっているのだと知る。
(た、助かった〜!)
──キキィ!
車の急ブレーキの音がする。と同時に、発砲音がした。何が起こっているのか分からないジーンは、02からの指示を待った。
コツコツ……、
分厚く硬い金属を叩く音がする。おそらくボンネットのドア部分であろう。ジーンは、緊張と冷や汗が止まらなかった。
「起きろ、時間だ」
声と同時にボンネットが僅かに開く。
《目を強く閉じてください》
指示通りにジーンは、目を瞑った。刹那、
「うぉっ!?」
「くっ……」
ジーンを含む、2つの男性の驚く声が聞こえた。爆発したのではないかと思うほどの真っ白な光が彼の目に入り込もうとしてきたからだ。
(ユシア02が、発光してるのか?)
いわゆる目眩ましだ。
何発か銃声が聴こえたあと、静かになった。
《オーケー。ジーン、ゆっくり目を開けてください》
ジーンが目を開けると、2人の男が立っていた。1人は目の下に隈がある不健康そうな色白の中年男性。もう1人は体の厳つい褐色の若い男。
「……鼠か……」
色白の男がため息をつきながらジーンの拘束を解く。自由になった彼が最初に見たのは、
「……!」
脳天を撃ち抜かれたロレンツォの姿だった。初めて見る死体にジーンはどうしていいか分からなかった。
「詳しいことはファイドラ社で話す。君は何もしなくていい」
セキュリティ課の車に乗せられるユシア02。足元に02のものと思われる半導体が落ちていた。
(コイツらが本当にセキュリティ課か分かんねぇし……保険にとっとくか)
ジーンは、咄嗟に半導体をポケットに隠す。足元の簡易ギブスがやけに頑丈だ。しゃがむことができずに、不自然な形で一瞬だけよろめいた。
(本当に死んでんのか?)
もう一度ロレンツォの死体を見ると、手元に何かを持っているのを見つけた。
褐色の男性は、それをいとも容易く分解する。
「起爆スイッチ解除」
冷静だがよく聞くと怖い話を聞き、ジーンは血の気が引いた。本当にテロを行わせるつもりだったのかと。
おそらく、足元のギブスに爆弾が仕込まれていたのだろう。
「我々の側にも負傷者が複数人出ている。これは、図られたかもしれないな」
腕まくりをしたセキュリティ課の男の不健康な肌が顕になる。「やれやれ……」と言うとジーンに、
「テロ計画は始めから囮だったようだ」
そう伝えて溜息をつく。
色白の男は、ユシア02が積まれた車に乗って、セキュリティ課本部へと戻っていく。
こうして、ジーンは、ファイドラ社セキュリティ課に保護された。
◇
表では、ファイドラ社主催の大ロボット展覧会が開催されていた。事情を知らされていない社員たちは、来訪者……主に、子どもたちの案内で手一杯の様子である。
「ここをね、こうすると……ほら、こうなるよ」
「わー! スゲェ動いた! ありがと〜、サーフェス!」
「へへ、どういたしまして。ロボットって面白いよね!」
サーフェスは、得意分野であるプログラミングを始め、ロボットについての知識を幼児に教えていた。彼がしゃがむ度に社員証が地面につく。
「ねー! にいちゃーん!」
突然の男の子の声に驚くサーフェス。
「わ〜ん! お母さんいなぁい〜!」
迷子が来てしまった。彼は腕時計の様な物で、子どもの情報を探した。位置情報から、親は持ち場から大きく離れた場所に居る事が判明する。
(これなら社内アナウンスで呼び出したほうが効率が良いな)
そう思ったサーフェスは、
「よし、保護エリアで呼び出ししてもらおう。あっ、すみません!」
さまざまな人にぶつかりながら、子どもを『保護エリア』へと送り届けた。無事に両親が来て、子どもは社内観覧を続ける。
「はぁ、疲れた〜、ひたすらプログラミングだけ書き込みたいよー……」
雑務のほうが多い。ファイドラ社社員とは言え、Bランクの日々は、そんなことの繰り返しなのだなぁ……と、サーフェスは、ぼーっと考えた。
「ボク体力無いのに……え、あれ?」
サーフェスの焦りは、心のなかで確かな声となる。
(社員証が無い!!)
◇
大ロボット展覧会へ来ていた田舎者のキャリーは、お目当ての『アーティストルーム』を目指してファイドラ社を探索していた。
「この前の見学で、サーフェス君、どう紹介してくれたっけ? わ、すみませんー!」
ふらふら歩いていると、人に弾かれるように静かな空間へと押しやられるものだ。物静かな廊下の先で、キャリーは床に落ちていた違和感を手に取る。
「あれ? これ……サーフェス君……だよね?」
端に血のついた社員証。
目の前は処置室と書かれた部屋。
(なんか開けちゃいけない気がする……けど)
田舎者のキャリーにとっては、心配で仕方なかった。せめて社員や医務室の人に「社員証が落ちていましたよ」と伝えよう。
そう思った彼女は、サーフェスの社員証を使って処置室の扉を開けた────
◇
ファイドラ社処置室。
「……テロ組織の目的は、テロを起こすことではなく、ファイドラ社社員を何名か殺し、存在をすり替えることだった」
ジーンは、セキュリティ課の褐色の男性からテロ組織の真の企みを聞いていた。周囲には誰も居ない。
「なかでもマイスは、共謀者ロレンツォの脳天を撃ち、ファイドラ社社員が怯んだ隙に逃走した。何者かにすり替わっている可能性が高い」
始めからマイスは、ロレンツォを利用するつもりだったのだ。
「だとしたら、もうファイドラ社に紛れ込んでるんじゃ……?」
ジーンの質問に、男は頷いた。
「ああ、ジーン。これは機密事項だ。絶対に口外してはならない」
言った彼の顔が獲物を狩る鷹の様に険しくなる。後方で誰かの荷物が落ちる音がしたからだ。
「タッチペンか。女……いつから居た」
ジーンは痛む方と反対の足を軸にして動いた。男によって隠れている「女」の姿が見える。
「キャリーじゃねぇか! お前、どうしてこんなとこに!?」
「わ……わ……!」
キャリーは、褐色の男性とジーンの質問に一つ一つ答えようとした。しかし、ただ事ではない雰囲気のなかではうまく言葉にできない。
「あの……拾い、ました……!」
とだけ言って、血の付いたサーフェスの社員証を、セキュリティ課の男へ渡した。
「……なんてことだ」
男は息を大きく吐き出し、腕時計の様な物でサーフェスの安否を確認する。
《こちら、セキュリティ課、オッドだ。サーフェス、至急処置室へ来い》
《了解しました》
セキュリティ課の男、オッドの声は冷静であったが、サーフェスの返答は震えていた。
ジーンが足を擦りながら、
「俺は家に帰れるのか。それに、キャリーとサーフェスも……消されるなんてことはない、よな?」
冗談めいて言った。
「……それは、私が決めることではない」
オッドは、腕時計のようなもので、何者かと話していた。会話の端々に「01」やら「ファイドラ様」やら「02」やらが聴こえるが、いまひとつよくわからない話をしている。
────コンコンコンコン!
「セキュリティ課・危険物処理隊隊長! 参りました! エンジニア課のサーフェスです!」
「よし、処置室への臨時パスコードを送る。2秒以内に入れ」
「は、はい!」
ピピピッと、とんでもない速さのキータッチ音が聴こえる。扉が開き、顔面蒼白なサーフェスがオッドに謝罪する。
「すみません、オッド隊長! 人が多くて社員証を紛失したことに気づかなかったんです!……ってあれ、ジーンさんとキャリーさん?」
2人は、気まずそうに目を伏せる。
ジーンは、申し訳なさそうに負傷した足をサーフェスに見せて、
「ごめん、サーフェス」
とだけ言う。
ジーンの包帯と、血の付いた自分の社員証を見て、大ロボット展覧会の裏で何が起こっているのかを考えるだけの能力が、サーフェスには有った。
「ボク、この先の情報を知りたくないです。オッド隊長」
いつもにこやかなサーフェスの顔が引き攣った。オッドは、
「処遇は、ファイドラ様とユシア01だけが決める……恨むなよ」
と言って、時計のようなもので、各種情報を何処かへと送信した。
即座に返信が来る。
「サーフェス。今のお前にできる任務は、ジーンとキャリーの動向を見張ることだ。3人の親にもファイドラ社への規約違反を犯したという旨を伝えてある。決して家へ帰ったりこれ以上情報を漏らしたりしてはならない。生命線は使っていい。詳しくはサーフェスに聞け。それでは。さらばだ」
そう伝えると、オッドは何事もなかった様に処置室から出ていった。
「もしかして、消されない代わりに、ファイドラ社から追放されたのか……?」
ジーンが冷や汗を垂らして言う。キャリーとサーフェスの、
「うそでしょー!」
という悲鳴が処置室に響き渡った。




