恐怖と痛みと皮肉と陰謀と
《起動せよ、ジーンさん。ほら、目を開けて、ジーンさん。そう。きっと2人は驚きます。わ〜お》
「なん……だ?」
目を開けたジーンの視界に映ったのは、ユシア02の赤い瞳だけだった。02の陽気な声に反して辺りは薄暗く、寒い。
どこにいるかも分からない状態であったが、身体は自由に動く。
「そうだ、俺。ヤベェ奴らに連れ去られたんだ」
《大丈夫ですか。私も居ますよ》
「お前のせいだぞ! 何が『みーつけた』だ! 勘違いされて俺まで誘拐されたじゃねぇか。どうしてくれんだよ……っ!」
ジーンの大きな声がピタリと止まる。ユシア02の赤い瞳とは別の光が正確に彼の額へと伸びていたからだ。
「……端的に話そう、ジーンとやら。ユシア01の『秘密の合言葉』を知っているか。2択だ。答えろ」
相手の顔は見えない。しかし、低くしわがれた声はゆっくりと、冷酷に暗闇に響いた。寒さと恐怖がジーンの首筋と背中を撫でる。
(知らねぇよ、なんだよ秘密の暗号って! でも知らないって言ったら撃たれそうだし……)
どうせ殺されるなら、と。
ジーンは悪あがきをした。
「知っている……でも」
「2択だと言っただろう。ぶち抜かれたいのか」
赤い光がわずかに逸れると、ジーンの背後から焼け焦げた臭いがした。無音のレーザー銃が彼の付近で撃たれたのだと確信する。
(ほ、本気じゃん……! 殺される!!!!)
ジーンは頭をフル回転させた。
謎の組織がユシア02を01だと思って誘拐したこと。ユシア02の電源を切っていないことから恐らく位置情報がダダ漏れなこと。また、ジーンがファイドラ社社員だと確認もせずに信じ込むこと。
(コイツら、相当情報や機械に疎いんじゃねーか!?)
今の時代、ファイドラ社に気に食わぬ者がいたら、蚊のように小さなドローン1つでどうとでもできてしまう。
ファイドラ社製品の物は電波も衛星も含めて、全世界に張り巡らされている。だからテロ組織や犯罪者は、携帯も電子時計も持たないと言うのを幼い頃に母親から教わったのを思い出した。
(そう言えば、脅しのために銃って、コミックでしか見たことないな)
一歩、近づく度に心臓が活きの良いエビのように跳ねる。
(ええいクソったれ、ハッタリだ!)
ジーンは、息を大きく吸い、長く吐いた。目を閉じて、深刻を装い語り始める。
「ユシア01は……秘密の暗号を言えないようになっている。なぜなら、世界戦争の時に使われた宇宙兵器が作動するからだ。あのヒノメ国が一瞬で焼失した世界最強の宇宙兵器がね」
言った瞬間、しわがれた声が「おお、噂は本当だったのか!」と歓喜に満ちた。
「……え?」
ジーンの間の抜けた声に反応したユシア02。02は赤い瞳を点滅させてジーンが言ったハッタリを学習しようとしていた。
《わ、わわ、ジーンさん。揺らさないで〜》
(余計なことを学習すんな! 助けが来るまで時間稼ぎをするんだ……!)
目が慣れてきたジーンがユシア02の学習を止める。しわがれた声の持ち主は、ジーンの前にゆっくり寄ると、長いヒゲを触り独り言を呟いた。
「ファイドラ社に不満を抱く社員だとは聞いていたが、まさかこんな頼りない奴がユシア01を連れ出して来るとは思わなんだ。ふふ、ユシア01の使い方が分かったら解放してやる。インゴットと交換だ」
(勝手に秘密の情報喋るなよ! 誰だよ、ファイドラ社裏切った奴!)
どうやら、ファイドラ社を裏切った社員が、ユシア01ではなく02をインゴットのために売ったらしい。
それにしても、
「都合よく解釈する馬鹿なジジイだ」
ジーンの心の声が青年の声と被る。靴の音が近づくにつれ、顔の輪郭が見えた。硝子玉みたいな2つの青い瞳がジーンを見つめて言う。
「情報も心情も何もかもだだ漏れ。整合性のない情報を安易に信じる。だから真っ先に降伏するんだ。シャスタフルの民は」
皮肉を聴いた男は「……そうか」と笑う。
「最後まで戦い、故郷も歴史も神も失ったヒノ族の子孫は誇り高くて困る」
「血を塗り替えて台頭した雑種のシャスタフル国とは違って、ヒノメ国は失った物が多くてね。精一杯の皮肉をありがとう、ロレンツォ。効いてないがな」
しばしの沈黙。
(このまま内部分裂して、その隙に……?)
ジーンは淡い期待を浮かべたが、青年の言葉で絶望する。
「能無しでも、ファイドラ社付近でスイッチを押すことは出来るだろう?」
それは、テロを起こせという命令だった。バレている。ユシア02が01でないことが。ジーンがファイドラ社社員でないことが。
「……マジかよ……」
「嘘をついた罰だ」
ジーンは心のなかで、
(テロ組織が罰とか言うなー!)
と叫んだ。
(そう言えば)
陽気なユシア02の声がしない。不気味に感じたジーンは赤い瞳の光を探した。
「あ、あれ……ユシア02、どこだ?」
やけに焦げ臭い。
嫌な予感がする。
「お前がすることは心配ではない。壊れた02と一緒にファイドラ社へ行くこと。それだけだ。手向けに美しい花を持たせてやる」
青年はそれだけ言うと、レーザー銃でジーンの右足を掠めるように焼いた。
悲鳴が上がる。
恐怖ではなく、全身の皮膚から氷柱が出てくる様な痛みが彼を支配する。
「天も我々も、見ているぞ」
ジーンは、ユシア02の焦げたプラスチック臭と足の激痛に、吐き気を催した。彼の様子を見てロレンツォと呼ばれた男は手下を呼び、
「血も涙もない男だな、マイス」
そう言ってジーンの体を持ち上げさせた。
《……ーン……ヨ……ウ……》
「コイツ。まだ動いてやがる」
手下の男がユシア02の髪を強引に引っ張り、首元から完全に壊してしまった。毛細血管のように伸び出でた配線を引きちぎる音がする。
(ユシア……!)
ジーンの意識は、夢に落ちていくように溶けていった。麻酔を打たれたのだ。
「しかし、では01の偽物を連れてきた奴は何者なのだ?」
ロレンツォの問いに、
「ファイドラの命令かも知れない」
と、冷静に返すマイス。
ロレンツォは、
「不良品をわざわざ我々に壊させるためによこしたと言うのか? 何故そのような回りくどいことを」
理解ができない、と鼻で笑う。
青年の青い瞳は鋭くなる。
「世界で一番正しいファイドラ様は、もはやユシア01そのものであって、ユシア01はユシア02ではないからだ」
言葉の意味を理解できないロレンツォは「それは皮肉なのか」と訊ねる。
「紛れもなく事実だ。ファイドラはもう、死んでいるのだから」
マイスの返答に、ロレンツォは大きく笑う。
「馬鹿を言うな負け犬の陰謀論者め! なら我々は誰と戦っておるのだ!」
「……」
ロレンツォの皮肉がたっぷり籠った質問を聞いたマイスは、
「誰とだろうな」
と、溜息混じりの声を出した。2人は手下を呼び、明かりを灯して、テロの予定を企んでいた。ローテーブルには古いからくり時計と紙のカレンダーが置かれている。
「ふふ、ファイドラ社が壊れる様を拝むまでは死なぬぞ……」
ロレンツォが嬉々としてヒゲを撫でている。手下もテロを行う前から成功したかのような顔をしていた。
マイスは何も言わなかった。ただ、彼の目には明日開催されるイベントの、
【ファイドラ社主催! 大ロボット展覧会! 朝10時から夕方5時迄 〜お子様大歓迎!〜】
と書かれたチラシが映っていた。
「……」
チラシにバツが書かれる。
(これも、ユシア01は暴くというのか。ファイドラ)
青い瞳が、からくり時計を見つめる。朝の7時になると「コケコッコ」と小さなニワトリの鳴き声がした。
(ヒノ族の本能が疼く……本当に、生きているのか。ファイドラは)
「行くぞ。マイス」
「……ああ」
そう言って、マイスは車に乗り込む。ボンネットにはジーンと壊れたユシア02が押し込められている。
「手向けに花か。粋だな」
ロレンツォが口笛を吹きながら言うと、マイスはサングラスをつけて青目を隠しながら言った。
「世界戦争で天と地は逆さまになった。全て天に返すのさ。先ずはサンカヨウの花を。そして千年ガーデンの花々を」
「……ほう? まぁ。足を引っ張るなよ、マイス」
「お前こそ無計画に動くなよ。ロレンツォ」
太陽が昇ってくる。その陰をジーンたちを乗せた車が走っている。
◇
《計画通り、テロ組織の動向を、02の核により検知しました。追跡用ドローンを飛ばしています。セキュリティ本部へ通達中……認証コードT2658638844654──》
赤い瞳が、ファイドラ社の社長室で光っていた。
《私は、間違わない。そうですよね、ファイドラ様》
ユシア02とそっくりの声をしたそれは、ファイドラ社の高い窓から、ゆっくり日が昇るのを眺めていた。




