世界戦争と花のお話と不穏と
花の甘い香りが漂う千年ガーデン。
真っ先にジーンの目に映ったものは、発育途中の太く大きい樹の幹である。
「あの木は何だ?」
ジーンの質問に、ベルモンドは答えた。
《クローン桜でございます。旧ヒノメ国エリアにのみ生息していましたが、世界戦争の際に全焼失してしまいました。数多の技術者の研究によって、ここまで再現できています。春になると先端が二股に分かれた桃色の花弁が咲くのが特徴ですわ》
桜にヒノメ。
聞いたキャリーは、目を輝かせて言った。
「ヒノメ国って、大自然と宗教とが調和した美しい国だったってポスターを、たまに道端で見かけます! 国民全員が800以上の神ってやつを信じていたとか! 世界戦争では、アルヴィオラ側と最後まで戦ったって言うので有名ですよね。なんだか、コミックのネタに成りそうな凄い国ですよねー!」
キャリーの感想にベルモンドは、
《警告。そのポスターや情報は、現存のテロ組織と関連があり、大変危険です。決して近づかないようにしてくださいませ。キャリー様》
そう返した。
ベルモンドは、それ以上の返答をしなかった。
キャリーは慌てて口を塞ぐ。AI媒体から警告を受ける質問をすることは今の時代には御法度だからだ。
《さーくーらぁぁぁ〜らーらーらぁぁ〜♪》
突然くるくる回り、歌い出すユシア02。ケトルがボコボコと沸騰したような無茶苦茶な音階。
(かなり音痴だ……)
へんてこな歌声を聴いて目を丸くするジーンたちに、サーフェスは、
「……大丈夫です、壊れてないですよ。いつもこんな感じですので……」
と、疲れたような表情で言った。
自由奔放と言えば可愛いが、管理するべき者にとっては、勝手に持ち場から逃げ出されたり予想外の動きをされたりするのは困るのだろう。
ジーンの母親は、
「壊れたと言えば、この子は壊れたゲーム機を自分で直せるんですよ! ね。ゲームが得意なのよね、ジーン!」
ファイドラ社社員とは言え、案内係であるサーフェスにアピールをし始めた。彼を通じてファイドラ社長へと繋がれたらという思惑が透けて見える。
「今のボクの役割は社内を案内する事だけです。役割以上のことをすると、解雇されてしまいます……すみません」
サーフェスは、まだ何か言いたげだったが、気まずそうに下を向いて質問が来るまで俯いていた。
「だってよ、残念だったな、母さん。ん?」
ジーンがサーフェスの視線を辿ると、白い花が群生している小さな鉢を見つけた。
「この花は何だ?」
彼がベルモンドに尋ねると、彼女は【雨】と書かれた水色のジョウロで水遣りをした。
「わぁ!」
とキャリーの驚く声が千年ガーデンに響く。白い花がガラスの様に透き通ったからである。キャリーは「宝石みたいな花……綺麗!」と感想を述べる。
ベルモンドの口角が上がる音がする。
《この花はサンカヨウです。雨水に当たると透明に成ります。性質を活かした品種改良が進みました。キャリー様のお言葉通り、宝石みたいに貴重で綺麗な花ですわ》
ベルモンドの説明を聞いて、ユシア02は、
《サンカヨウ。吹けば綿毛が飛んできます》
と誤った情報を真顔で答える。02はサンカヨウの花に向かって《ふう、ふう》と息を吹く仕草をした。
サーフェスが02を背に隠して、
「あの、わかってると思いますが、02の言うことは信じないでくださいね……」
ジーンたちに言う。
02の理由わからない動きにジーンは、ひたすら腹を抱えて爆笑していた。
《楽しい人がいます。それは彼一人です》
「あぁ、久しぶりに笑った。面白いな、お前!」
《笑ってくれました。私も笑いますね。にこ》
AI人形だと言うのに、とても自然な笑顔だった。赤い瞳がジーンを見つめている。サーフェスが移動したことで、照明が02に当たった。長い銀髪に天使の輪ができる。
「雨じゃなくて光が当たると、サンカヨウみたいに成るんだな、お前の髪」
《むむ。新しい情報です。学習しますね!……私はサンカヨウみたいな髪。サンカヨウは私の様に美しい雨と花……》
「美しいとは言ってねぇーよ」
学習を終えた02は、サンカヨウを見つめながら《大きくなぁれ、大きくなぁれ♪》と陽気に歌い出した。今度は子どもが口ずさむ様な無垢な歌声だ。
キャリーはジーンを、
「詩人みたいな感性ですね!」
と褒めた。
バカにされたと思ったジーンは、返す言葉が思いつかず、無言を貫いた。
「どうして無視するんですか!」
キャリーの機嫌が悪くなる。
ジーンの母親はオロオロしながら2人をなだめていた。サーフェスは彼らの隙を見て、腕時計の様な装置にあるチェック欄を素早く埋めていく。
(ファイドラ社への適正は……無しっと)
サーフェスが結果を送信する。
その後はキャリーが行きたがっている箇所をいくつか巡り、ファイドラ社の見学は終わった。
◇
後日。
母親が夜勤に出かけていたジーンは、1人シューティングゲームをしていた。
「ま。これが現実だよな」
たった1日だけだったが、夢を持つ者、叶えた者、へんてこなAI人形と出会った。非現実的な経験を思い出しては、ジーンの胸が痛みだした。
面白くない日常に戻ったからだ。
(このままで良いよな)
ミスをして残機が1つ減る。
ボタンを押す手が荒くなる。
(このままで……)
ミスに次ぐミスで、また1つ2つと残機が減る。
ジーンの頭がこんがらがり、あっという間にゲームオーバーとなってしまった。
「あー! なんだよ、つまんねぇな! このゲーム!」
ゲーム機を叩きつけようとして止めた。壊れたら時間潰しが出来なくなる。その事実にジーンは焦りのようなものが浮かんだ。
(このまま、何も成さずに、老いていくのか?)
それは、ジーンの心の声でもあり、誰か知らない人の声のようにも感じた。
確実に、何かをしなくてはならない。彼はそう思ったが、方法がまったく分からないでいた。
「キャリーはどうやって得意なものを見つけたんだ? サーフェスはどうやって夢を叶えたんだ?」
世界共通AIアプリであるクロックに尋ねても、無難な回答しか返ってこない。何より、どの情報を見てもワクワクしなかったのだ。
「……やっぱり、俺にはゲームしかないのか」
ゲーム機を見たジーンは、咄嗟に『ゲーマーに成ろう』と決めた。彼は自分の腕時計の様な装置に映し出された労力ポイント量を確認して、
「よし、決めた。新しいゲームを沢山ダウンロードして、一流ゲーマーになるぞ!」
と意気込んだ。ゲーム機にポイントを付与するためのカードを買いにコンビニへ出かけようと決めたのだ。
しかし、
「くそ、雨かよ……」
玄関を開けると、真っ暗で寂しい夜が広がる。一度部屋に戻り時計を見る。針は夜中の2時を差していた。
しかし、ジーンは待っている時間の焦燥感がひたすら気持ち悪くて、外出してしまった。
「ま。直ぐ帰ってくるから母さんに連絡はしなくて良いだろ。俺、もう16歳だし」
──ばたん、
玄関を閉める。
ジーンは、傘を差してコンビニへと向かった。大粒の雨が傘を叩く。彼は近道をしようと、シャッターが閉まった工場地域を通ることにした。
「あれ……? 人がいる?」
何かを囲い込むように複数人の大人が立っていた。本能的に「ヤバい」と感じたジーンは、その場からこっそりと逃げ出そうとしたが、足元の何かに足が絡まり、派手に転けてしまった。
「何者だ!」
気づかれたジーンは、相手がセンサー付きの銃を持っていることを知り、青ざめた。
(……俺、死ぬんじゃね?)
心臓が激しく脈打つ。恐怖で身体が震える。しかし、彼の緊張を更に乱す音が聴こえる。
《ここで会ったが百日目、ですね。ジーンさん、みーつけた》
それは、今まさに縄で縛られているユシア02の声であった。
「コイツ、ファイドラ社社員か?」
「なるほど、01は敢えて愚かな素振りで我々を欺き、このジーンという奴に秘密の暗号を伝えていたのだな」
「捕まえろ、コイツは使える」
ユシア02を拉致している組織に目をつけられたジーンは、勘違いされて縄で縛られる。
「俺は無関係だぁーっ!」
ジーンは、叫ぶと同時に、脳が弾けた感覚で気絶した。組織の一人が彼の後頭部を殴ったのだ。
「まだ殺すなよ」
「分かってるさ」
シャッターの閉まった薄暗い工場地帯に不気味な笑い声が響く。
「どうした、マイス」
マイスと呼ばれた男は、床に転がった鉢を見てフードを脱ぐ。
「サンカヨウとは、珍しいな」
そう言って鉢を持ち上げ、花の汚れを払った。
「花など持っていくのか? もしGPSが仕込まれていたらどうする」
「……その時は、利用してやるさ」
マイスは、サンカヨウの花に頭を付けて呪いのようなものを詠んだ。
「ファイドラ……サンカヨウも桜も、神々も。誇り高きヒノ族の歴史も、全て返してもらうぞ。ヒノメ国に勝利あれ……」
組織はジーンとユシア02を乗せると、何処かへ車を走らせた────




