表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嫌われ令嬢ですが、私を殺す運命のあの人だけは絶対助けてみせますわ!  作者: 円夢


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/5

5.アリスター

『殿下のお気持ちはよおっっっくわかりました。もう二度とつきまとったりしませんので、どうかご安心くださいませ』

『たった今振った女にキスしようとするとか、どういう神経してますの!? 最低ですわ。百年の恋も醒めるというものです。さようなら。どうぞ、エルシーと末永くお幸せに!』


 負け惜しみのような捨て台詞を残し、フレイヤが王都を去ってから、気がつけば半年が過ぎていた。


 冬の柔らかな陽が射しこむ王宮の屋内温室(コンサバトリー)では、今しも王妃主催の茶会が開かれている。

 招待客は、いずれも伯爵家以上で婚約者のいない令嬢ばかり。

 目的は、アリスター王子の婚約者探しである。


(……退屈だ)


 似たようなドレスに似たような化粧(メイク)、似たような話題しか振ってこない令嬢たちに輝くような笑顔を振りまきながら、アリスターは、ともすれば出そうになる欠伸を何度も噛み殺していた。


 集められた少女たちはみなそれなりに美しく、血筋も教養の高さも申し分ない。

 申し分ないが――……。


「あーあ、退屈」


 アリスターの気持ちを代弁するかのようなその声は、隣を歩くエルシーのものだった。

 王の再婚により、先月から義妹となったエルシーは、さっきから扇の陰で欠伸を連発している。


「行儀が悪いぞ、エルシー」

「だぁって」


 エルシーは拗ねたように唇を尖らせる。


「フレイヤったら、最近ちっとも顔を見せないんだもの。ていうか、あの子がアル義兄(にい)さまの相手選びのお茶会まで欠席するなんて変よ。ひょっとして、私たちがいない間に何かあった?」

「………いや。特に心当たりはないな」


 何食わぬ顔でとぼけるアリスターの脳裏に、半年前のあの夜の光景がまざまざと蘇った。

 薔薇色のランプに仄暗く照らされた寝台で、素肌に絹の夜着だけをまとい、さながら初夜の花嫁のごとく、彼を見つめていたフレイヤ……。


「――っ!」


 突然下腹に生じた激しい疼きを、アリスターはきつく拳を握ってやり過ごした。王妃の茶会で、しかも大勢の令嬢方の前で、王太子ともあろう者が獣欲をむき出しにするわけにはいかない。

 けれど……。


(あの夜、僕は、どこで何を間違えた?)


『わかってほしい。僕には大事な人がいるんだ。今も、この先も、君を愛することはない』


()()()()()()()()()()()()()()


 焦がれ続けた幼馴染からの手ひどい拒絶。

 フレイヤの紫水晶(アメジスト)の瞳から、幾筋も涙がこぼれ落ちる。


 そして。


 しゅるり、と自ら帯を解き、アリスターの前にすべてをさらけ出したフレイヤは、彼の膝に取り縋って一夜の情けを乞い願う……

 ……はずだった。


(なのに)


 現実のフレイヤは、ふいにすん、と表情を消した。


『……フレイヤ?』


 訝しむアリスターに、彼女はまるで憑き物が落ちたようにすっきりした顔で言ったのだ。


『承知しました、殿下。ではごきげんよう』と。


 そうしてアリスターの前から消えたきり、半年もの間、便りひとつ寄越さない。


(くそっ)


 アリスターは、無意識にいらいらと親指の爪を噛んでいた。


(こんなことなら、あの時(スキル)など当てにせず、さっさと押し倒してしまえばよかった……!)


 誰にも明かしたことはないが、アリスターは未来視(さきみ)の力を持っていた。 


◇◇◇


 フェルメア国王と、そりの合わない正妃との間に生まれたアリスターは、父に疎まれ、実の母にも嫌われて、暗く不遇な幼年期を過ごした。


 ――王家唯一の男子とはいえ、陛下があのご様子ではな。我が国の行く末はどうなることやら。

 ――なに、陛下はまだお若い。ここだけの話、愛人との間には、すでにお子がいらっしゃるというぞ……。


 廷臣たちの無神経な会話にも。


 ――次はこれを着て見せてくださいましよ、王子様。まあ、本当にお人形のようだこと!

 ――ちょっと。次は私が殿下を抱っこする番よ!


 愛玩動物か何かのように自分を弄ぶ侍女たちにも。

 どうにか心を壊されずに済んだのは、物心ついたころから繰り返し見る奇妙な夢のおかげだった。


 時間も場所もばらばらな夢の中で、アリスターは、自分と同い年くらいの二人の少女と春の野原で遊んだり、見るからに強そうな大人の騎士を試合で楽々と打ち負かしたりした。

 特に幼いアリスターが好きだったのは、立派な青年に成長した自分が、金色に輝く巨大な剣で真っ黒な竜を倒す夢だ。


 ――アリスター様、万歳!

 ――竜退治の勇者に栄えあれ!


 戦勝パレードの夢も見た。通りを埋めつくす人々が、白馬に乗ったアリスターを口々に褒めそやし、晴れ渡った青空のもと、色とりどりの花びらや紙吹雪が降りそそぐ。


 それらがただの夢ではなかったことに気づいたのは、彼が六つの時だった。

 アリスターを生んで以来、何かというと体調を崩しがちだった母が亡くなると、彼はその遠縁だという女伯爵の領地屋敷(カントリーハウス)に送られた。


『こんにちは! あたし、エルシーっていうの。よろしくね?』

『はじめまして、アリスターでんか。フレイヤともうします。おあいできてこうえいです』


 女伯爵の娘エルシーと、その従姉妹で侯爵令嬢のフレイヤ。

 二人は、彼の夢に繰り返し出てきた少女たちだった。

 柔らかなピンクブロンドに、ローズクォーツの目をした可憐なエルシー。

 流れ落ちる黄金の髪に、紫水晶(アメジスト)の瞳を持つ大人びたフレイヤ。

 見た目も性格も正反対な二人のうち、アリスターが最初に惹かれたのはフレイヤのほうだった。

 初対面からなれなれしく友達口調で話しかけてきたエルシーに対し、フレイヤは幼いながらも礼儀正しく、アリスターを王子として敬ってくれたからだ。


「でんかはとてもおつよいのですね。やしきのきしたちがほめていました」

「でんかはディンブルごもよめるのですか! すごいです!」


 それまでさんざん蔑まれ、軽んじられてきたアリスターにとって、フレイヤの無邪気な賛辞や尊敬の眼差しは、渇ききった喉をうるおす冷たい水のようだった。

 フレイヤに感心されたい一心で、剣の稽古も勉強も手を抜かずに頑張った。

 もともと素質があったのだろう。アリスターの剣の腕は見る間に上達し、同年代の子どもはおろか、身体の大きな少年たちさえ負かせるようになっていった。


「でんかはまるで、ぎんおうじさまみたいです!」

「ぎんおうじ?」


 首を傾げるアリスターに、フレイヤが大事そうに差し出したのは、古びた一冊の絵本だった。


「さいしょのおかあさまのかたみです」


 フレイヤの生母は彼女を産んですぐに亡くなり、今は侯爵の元愛人が後妻におさまっているという。


『銀王子の冒険』というその絵本のお話は、アリスターと同じ銀色の髪をした勇敢な王子が邪悪な竜を倒し、宝石のような瞳を持つ美しい姫君と結婚して幸せになるというものだった。


「それじゃ、フレイヤはほうせきひめだ」

「えっ」


 アリスターの言葉に、こぼれんばかりに目を瞠ったフレイヤは、ふっくらした両手を口に当て、見る間に耳まで真っ赤になった。


「フレイヤ。ぼくとけっこんするのはいや?」


 乳母や侍女たちを虜にしたとっておきの笑顔を浮かべ、紫水晶の瞳をじっと見つめれば、フレイヤは真っ赤な顔のまま、ぶんぶん首を振る。


「それじゃ、やくそくだ。おおきくなったらけっこんしよう」

「はい、でんか。フレイヤは、でんかのほうせきひめになります!」


 けれど――。


 アリスターの剣の腕は、その後も留まることなく伸び続け、かつて夢で見たとおり、領内の武芸大会で大人の騎士さえ打ち負かすほどになっていった。

 若い身体はすらりと引き締まり、もともと整っていた顔立ちからは、十代の少年特有の危うい色気が匂いたつ。

 しかも身分は王子とくれば、女たちがいつまでも放っておくはずがなかった。


 初めての房事は十三の時。

 相手は女伯爵の侍女だった。


 十五歳で王都に呼び戻され、王立学院に入学するころには、アリスターは恋多き美貌の王子に変貌していた。

 同い年のフレイヤもまた、はっとするほど美しい少女に成長していたが、生真面目で潔癖症なこの幼馴染を、アリスターは今では少し敬遠するようになっている。

 というのも、フレイヤは未だに昔の約束を覚えており、いずれアリスターと結婚するつもりでいるのが傍目にも明らかだったからだ。


(まあ、最終的にはそうなるんだろうが……)


 フレイヤのオークス侯爵家は、王国南部の広大な領地と莫大な富こそ手にしているものの、中央の政権に食い込めるほど太いパイプは持っていない。

 一方、これといった後ろ盾を持たないアリスターが王太子になるためには、侯爵家の後ろ盾は不可欠だった。


(とはいえ……)


 まだ正式に婚約したわけでもないのに、四六時中そばにいられては息がつまる。それに、彼に近づく女性を片っ端から威嚇して追い払うのもどうかと思う。

 そのくせ、アリスターには指先への儀礼的な接吻しか許さず、二人でどこかに行く時も、必ず付き添い(シャペロン)を同伴するので、正直、アリスターは内心うんざりしていた。

 そんな時だ。


「ねえ、アル? 私が手伝ってあげましょうか」


 エルシーが彼の耳元で囁いたのは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ