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僕は今すぐ前世の記憶を捨てたい。  作者: 旭/星畑旭
秋の黄昏

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90:もう一組のお客様

 そんな騒ぎも一段落し。

 空はおやつに栗あんが入った蒸し饅頭をもらって頬張りながら、雪乃と猫宮のお喋りにまた耳を傾けた。

「そういえば今年は早く来たって言ってたけど何かあったの?」

「いや、まだ何も。ただ、近々大きな嵐が来ると予想したんさね。やり過ごしても道が荒れりゃあ下りて来づらくなるだろう?」

「あら、台風? 時季外れだけど、たまにあるのよねぇ。気をつけなくちゃ」

「ああ、畑や果樹に気をつけた方が良い。ひげがピリピリして落ち着かなくて困るよ」

 そう言って猫宮は顔を洗う仕草を見せた。空は口の中の饅頭をゴクリと飲み込み、それから雪乃に声を掛けた。

「ね、ばぁば。ねこさん、むらにすんでないの?」

「ええ、そうよ。猫宮さんは猫居村に……山の中に猫だけが住む村があってね、この辺の猫たちは普段は皆そこに住んでいるのよ」

「ねこの、むら……!?」

 何という魅惑的な場所なんだろうと空は目を丸くした。

 言われて考えてみれば、この村に引っ越してから空は猫を見たことがない気がする。

 猫だけの村というのがどんな風なのか想像がつかないが、猫好きにとっては夢のような場所なのかもしれない。

「どんなふうにすんでるの?」

 目を輝かせて質問する空の姿に猫宮がくすりと笑い、尻尾をゆらゆらと揺らす。

「そりゃあアタシらは猫だからね。家は風通しの良い丈夫な小屋をこの村の大工に頼んで建ててもらって、あとは割と気ままに、適当に狩りや子育てをしながら暮らしてるさ」

「へ~! なんでずっとここにいないの?」

「そりゃあアタシらには野生の矜持ってもんがあるからね。ここいらで暮らそうって言うなら、それなりの強さが絶対に必要だ。それを失わないために、外で暮らすんだよ。人に飼われて弱い猫になるのを、アタシらは良しとしないのさ」

 確かに、虫や草でさえ油断出来ない土地で暮らそうと思ったら、強くなるか庇護されるかしかないだろう。猫たちは庇護を選ばなかったということに、空は素直に感心した。

「あと……ねこさんたち、なんでしゃべれるの?」

 そう聞くとまたくすりと笑われる。

「じゃあ坊ちゃんは、何で喋れるんだい?」

「え……んと……ぱぱとままが、おしえてくれたから?」

「それと同じさ。アタシらもそういうのを、村で暮らしながら親に習うんだよ。まぁ、一族の最初の猫がどうやって喋れるようになったかは、伝わってないから知らないけどね」

「そうなんだ……」

(ファンタジーだ……!)

 などと思いつつ、空は何となく納得して何度も頷いた。


「猫宮さんたちは春夏はその村で暮らして、秋になるとこの村に来るのよ」

「むらでなにするの?」

「出稼ぎってやつかね? 雪が積もれば獲物も探しにくくなるしね。村の食料庫が一杯になりゃ、鼠やら虫やらが出やすくなるから、そういうのを狩る代わりに、暖かい家に一冬置いてもらうのさ」

「えっ、じゃあ、ねこさん、もっといっぱいきてるの!?」

「ああ。村の全員が山を下りて、あちこちの家に分かれて世話になるんだよ」

 猫たちがぞろぞろと隊列を組んで山を下りてくる姿を想像し、それを見たかった、と空は残念に思った。きっとすごく可愛かったに違いないと、想像するだけで和んでしまう。


「大体、家一軒につき、一匹や二匹世話になるかね。今年生まれた子供がいる親猫なんかは、家族で面倒見てくれる馴染みのとこに行ってるはずさ」

「ねこさんは、うちにくるの?」

 空が期待を込めて尋ねると、猫宮は煮干しを囓りながら首を横に振った。

「残念ながら、今日は雪乃さんに顔見せに来ただけだよ。ここんちにはそこのトカゲがいるからねぇ」

「ヤナはヤモリだぞ! 空、この家はヤナが守っておるから、猫又なんぞ招かなくても鼠も虫もおらんのだぞ!」

「ピピピッ!」

 ヤナがそう言って空をきゅっと抱きしめてゆらゆら揺らす。フクちゃんも、ふくふく担当は自分だとばかりに胸を張って高らかに鳴いた。

「ねこまた……?」

「ふふ、猫宮さんは猫村の長老なのよ」

 そういえば尻尾が二本だった。空は今さらそれが意味するところに気付き、思わずぽかんと口を開けた。

「まぁアタシもタダ飯もらうのは性に合わないからね。家守の邪魔はしないさ」

「今年はどこにいくの?」

「ああ、ここのお隣の、美枝さんとこに招かれてね。そこで世話になるつもりさ」

「あら……美枝ちゃんのところに?」

「アキちゃんち? じゃあ、あいにいってもいい?」

「空~! 猫又に惑わされてはいかん! 空にはこんなに可愛いヤナとフクがおるのに!」

「ホピピッ!」

「ど、どっちもかわいいよ! でもあのその、ね、ねこは、きっとべつばらなんじゃない!?」

 ヤナとフクちゃんに責められておかしな言い訳を必死でしていた空は、雪乃が首を傾げ、僅かに顔を曇らせたことに気付かなかった。



 猫たちが村に来てから数日後。

 鼻風邪もすっかり治り、空は日課の散歩を再開した。

 ヤナと一緒に手を繋いで家を出て、今日もお隣さんのある方向へと向かう。

「山でも良かろうに」

「こっちがいいの!」

 渋るヤナを引っ張るようにしてお隣の矢田家の前までくると、日当たりの良い石の門柱の上に目当ての姿が見えた。

「ねこみやさん、おはよー!」

「ああ、おはようさん。今日も散歩かい」

「うん!」

 猫が香箱座りで日向ぼっこしている姿は和む。

 猫宮が米田家を訪ねてきたあの日以来、村ではあちこちで猫の姿を見るようになった。日向ぼっこしていたり、散歩していたり、見かける度に空は和んでいる。

 米田家の周辺で一番近い猫の居る家は当然お隣の矢田家になるので、そこまで行って猫宮の姿を眺めるのが、空の散歩の新しい楽しみになった。

 手を繋ぐヤナがむぅっと頬を膨らませていることや、フクちゃんが忘れられないようにと羽を頬に擦り付けてくることからそっと目を逸らし、空は日に照らされてキラキラしている猫毛を今日もニコニコと眺める。


 すると、不意に横合いから、ワン! と吠える声が聞こえた。

「えっ」

 慌てて振り向くと、なんとそこに一匹の犬が立っていた。頭から背中に掛けて薄茶の毛に覆われ、顔から胸、腹に掛けては真っ白い、黒い瞳がつぶらな犬だ。

「……しばいぬ? うわあ、かわいい!」

 シャキッとした立ち姿と愛嬌のある顔がとても可愛くて、空は思わず満面の笑みを浮かべた。

 そういえば犬を見るのも今世では初めてではないかと気づき、なおさら嬉しくなる。

 空が見つめているとその柴犬はとことこと空の元にやって来て、空をじっと見るとぺこりと頭を下げた。

「こんにちは!」

「……しゃべった!?」

 ちょっと高めの男性のような声で犬に挨拶され、空は仰天した。

 あわあわと周囲を見ると、ヤナが落ち着くようにと頭を撫でてくれる。

「猫が喋るのだから、犬が喋るのも普通なのだぞ? 都会では、犬も猫も喋らぬのかの?」

「う、うん、しゃべらないよ……こ、こんにちは、いぬさん。えっと、びっくりして、ごめんね?」

「いいよー。米田さんちの子だろ? 何か遠いとこから来たって聞いてたよ!」

 犬は空の体に鼻先を近づけてふんふんと匂いを嗅ぎながら、気さくな口調で許してくれた。

「ぼく、そらだよ。よろしくね!」

「空ね、匂い憶えたよ! オレは犬居村のゴロだよ。よろしくなー!」

 元気の良い挨拶と、人懐っこそうな顔立ちに空の頬も緩む。半開きのゴムパッキンのような口と、そこからちょろっと出た舌が可愛い。

 ゴロは尻尾をブンブンと振って、空の周りを楽しそうな足取りでぐるぐると回った。

 目の前に来た茶色い背中にそっと手を伸ばすと、猫よりも硬いけれどふわりとした毛が手のひらをくすぐる。パタパタ動く丸まった尻尾が可愛くて、手を伸ばしたけれど、それはするりと躱された。

「猫どもに続いて犬らも、もう村に来ておるのか。やはり嵐か?」

「そー。長がそう言ってた! オレら雷苦手だからさー、大急ぎで駆けて来たよ」

「いぬさんたちは、どこにいるの? みんなのおうち?」

「オレらは田亀さんとこで世話になってるよ!」

 そう言われて空はなるほどと頷いた。

 田亀さんは村のバスを引く巨大な亀、キヨの飼い主だ。

 確かに、魔獣使いの家だという話だったから、動物に慣れているのだろう。

「田亀さんとこは大きな小屋があるさね。猫も何匹か世話になってるよ」

 猫宮が独り言のように呟くと、ゴロも頷く。

「オレらは小さいの以外は、寒くても外で良いんだけどな! 冬の間はあそこで世話になって、こうやって村の警備と、狩りの手伝いをするのさ!」

「へぇ……すごいんだねぇ!」

 犬たちも冬の間は魔砕村に出稼ぎに来るということらしい。

 春夏は犬だけの村で、やっぱり犬らしく暮らしているんだろうかと想像すると何だか和む。

 空はその村もいつか見てみたい気持ちになった。犬好きにとっても、きっと夢のような村だろう。

「ねこむらに、いぬむらかぁ……いぬさんたちは、どんなくらししてるの?」

「オレらの暮らし? オレらはえーと、狩りと狩りと、あと狩り……? 何かこう、野性的? うん、野性的な暮らしってやつ、してるんじゃない?」

「やせいてき……」

 それを聞いた途端、前世の動物ドキュメンタリーで見たような、ちょっとモザイクを掛けたいような野性動物の食事風景がふと脳裏を過る。

 見てみたい気持ちがしゅっと消え失せ、空は思った。

(うん。犬村は止めておこう……)

 そう心に刻みつつ、目の前の可愛い存在の背を撫でることは止められない。空はその背を何度も撫でさせてもらい、おまけにピコピコ動く耳まで触らせてもらって、大満足でゴロと別れた。

「いぬさんのこや……みにいけないかなぁ」

 呟いた声に、ヤナがちょっと頬を膨らませ、フクちゃんが体を膨らませる。するとそれを見てくふくふ笑っていた猫宮が爆弾を投げ込んだ。

「冬になって雪が降ると、犬らが引く橇が村を走るよ。乗せてもらったら良いさね」

「いぬぞり!?」

「あっ、こらそんな余計な事を! 空が風邪を引いたらどうするのだぞ!?」

 ヤナが怒るが、猫宮は前足を舐めてのんびりと顔を洗った。

「あら嫌だ、本体が小さいと心も小さくなるのかねぇ」

「くっ!」

「ビ……!」

 本体が小さい二匹(?)が悔しそうに唸る。

空は犬が去って行った方をじっと見つめて聞かなかった事にして、その自分を巡る謎の争いから全力で目を逸らした。まだ見ぬ冬に新しい楽しみが出来た事を喜びつつ。


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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ、ヤモリはにゃんこの格好のおもちゃ兼おやつだからなぁ……。猫はとってもかわいいけれど、自然の生き物にとってはとても恐ろしい殺戮者、こちらの世界では、やめよう放し飼い! ……でも物語の世…
[良い点] ねこといぬは前世からメジャーで身近なペット枠だからそれが可愛いまま喋るなんて憧れてしまうのは仕方がないかと。
[一言] 猫居村!? この世の天国!
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