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僕は今すぐ前世の記憶を捨てたい。  作者: 旭/星畑旭
秋の黄昏

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84:山のお土産

『そうだ、土産だ! 土産をやろう! あと、我が眷属たちにも挨拶させよう!』

「おみやげ?」

 空が首を傾げると、コケモリ様が突然傘をぐっと逸らして上向きに広げ、ぱふん、と胞子を振りまいた。

「ホピッ!?」

 傍にいたフクちゃんが慌ててさっと避けて空の所へ飛んでくる。

 胞子はふわりと風にのり、辺りに広がって消えて行く。すると、胞子が全て見えなくなったかという頃合いで、ざわざわと周囲が騒がしくなってきた。

 小さな囁きや笑い声がふつふつと沸き立つように聞こえ、それがどんどん増えて行く。空はちょっと怖くなってフクちゃんを抱えて辺りを見回す。すると、足下に小さなキノコが沢山生え始めている事に気がついた。

「きのこ?」

 少し驚いて足を引こうとするが、気付けばぐるりと小さなキノコに囲まれていた。迂闊に足を出せば踏んでしまいそうだ。

 仕方なくじっとして眺めていると、やがてその小さなキノコたちがぽこぽこと地面から抜け出て動き出した。

「わっ!?」

 動き出したきのこは、キャーキャーと声をあげながら空の足下に群がった。口々に何か言っているようだが、良くわからない。

 空はそうっとその場にしゃがみ込み、小さなキノコらをよく見下ろした。

『ソラ?』

『ソラ!』

『ちいさい』

『おおきい!』

『カワイイ!』

 耳を澄ますと、皆空の事を見て空の話をしているらしい。空がそっと手の平を上に向けて差し出すと、小さな茶色い傘のキノコが一つ、ひょいと乗ってきた。

 空が手を目の高さまで持ち上げてよく見ると、それがキノコではなく、茶色の帽子を被った小さな人形のような生き物であることが分かった。

 顔は丸く、鉛筆で描いたような簡単な目鼻がついていて、ひらひらのキノコの傘を逆さまにしたワンピースに細い手足を着けたような姿をしている。

「きのこのようせいだ!」

 足下に集るものらもよくよく見れば、皆同じような姿をしていた。

 被っているキノコの種類や色は様々だが、妖精っぽい感じがしてどの子も可愛い。空は何だか久しぶりにファンタジーっぽい可愛いものに会った気がして嬉しくなった。

「ようせいさん、かさがみんなちがう……おしゃれだね!」

『ほめられた! ほめられた!』

『ソラもカワイイよ!』

『くりいろのカサがカワイイよ!』

 空に褒められたキノコたちがキャッキャと喜んで跳ね回る。

『眷属よ、眷属らよ。空に土産をやってくれ』

 コケモリ様がそう言うと、キノコたちは大はしゃぎでわさわさと集まり、いくつかのグループに分かれて再び散ると、距離を取って輪になって踊り始めた。

『なにがいい?』

『オイシイっていうやつ!』

『ヒトがよろこぶの!』

『たくさん、たくさん!』

 楽しそうなキノコたちの踊りを、空は近くに行ってしゃがみ込んで眺める。キノコたちは口々にどんなのが良いか、おいしいのが良いと喋ったり、ふんふんと謎の歌を歌ったりしながらぐるぐると回る。

 すると、その輪の真ん中にポコポコと大きなキノコが生え始めた。

「わぁ……すごい!」

 現れたキノコは輪によって違っていた。空でも多少は知っているシメジやマイタケ、なめこなどの大きな株がむくむくと現れたり、見たことのないような真っ白でもっさりした塊のようなものや、丸っこいずんぐりしたものが一本ずつポコポコ生えてきたりと、色々だ。

 中には、空でも知っているが食べたことのないものもあった。

「あ、これ……もしかして、まつたけ? ぼくしってる! たべたことないけど……」

 サラリーマンのお財布には優しく無いそのキノコは、空の知識にはあるが口に入れた記憶はなかった。間近で匂いを嗅いだ経験すらなく、覚えがあるのは松茸風味のお吸い物の味くらいだ。

『はじめて? はじめて!』

『いっぱいもってけ! いっぱい!』

キノコたちがはしゃぐと、大小様々な松茸がどんどん増えて山になり、輪をはみ出して転がった。

「わぁい、ありがとー!」



 空とキノコたちがはしゃいでいる頃、それを眺めながらコケモリ様と良夫は少しばかり二人で内緒話をしていた。

「なぁコケモリ様。この先、村や山に何かおかしな事でもあるのか?」

 コケモリ様は椎茸の傘を揺らし、少し声を潜めてさて、と呟きゆらりと傾いた。

『わからぬ。我にもわからぬ。翁が何を見たのかも我にはわからぬ。ただ……時が巡り、力が満ち、新しい風が吹けば、新しいものが生まれくる。我は、それではないかと思うておる』

「……村の周辺で、何か悪いものが生まれるってことか?」

『それはわからぬ。我らは善悪を決めぬ。定義せぬ。それは人のものだ。我らにあるのは理だけだ。あるかないか、食うか食われるか、やがて形を成し残るか否か。それだけだ』

 難しい言葉に良夫は考え込む。コケモリ様はゆらゆらと傘を揺らして続けた。

『だが、我のように長く生きると、人と寄り添うと、人のそれを理解する。理解して尊重する。だが、そういうものは多くない』

 その言葉は実感として良くわかり、良夫も頷く。

 人ならざるものはこの村ではあちこちに当たり前のように存在してる。そうと知られたものも、知られないものも含めてその数はそれなりにいて、そしてその全てが人に友好的なわけではないのだ。友好的なものでも、時には相容れず争う羽目になることもよくある。

『意思を持ったものは同じく意思を持つものに惹かれる。それは理だ。我らは惹かれ合う。だが、その両者が出会った先が良き道に続くかどうかは、誰も知らぬことだ。恐らくは、翁でさえ』

「うん……難しいな」

『ゆえに、呼んだ。村に我の知らぬ子供の無きよう、我は空を呼んだ。子供は特に惹かれやすいゆえな』

 コケモリ様の意図を理解して、良夫はぺこりと頭を下げた。村の子供は皆、生まれた年にはアオギリ様に挨拶し、一歳や二歳くらいになるとコケモリ様のような近隣に住まう山神らと顔を合わせ、その加護を受けたり覚えてもらったりするのだ。

 いつから始まったのか分からないような昔からの風習だが、それで助かった命が沢山あることを村人なら皆知っている。

『先の未来に、これから訪れる何かに、空が関わるかどうかはわからぬ。わからぬが、備えよと伝えよ。米田のに、それから他の村人にも』

「必ず、伝えます」

『恐れる事はない。ただ、畏れよ。備えは、今までと同じように欠かさず、これからも同じように』

「はい」

 二人の視線の先では、松茸に埋もれた幼子が初めて本物の匂いを嗅いで、良いのか悪いのか分からないと笑っている。白い小鳥がキノコと一緒に追いかけっこを楽しみ、それを見てキノコらも空もまた笑う。

 人と、人ならざるものとの付き合いの理想のような姿に、コケモリ様も良夫も何だか気が抜けるような、救われるような気持ちでくすりと笑った。



 山ほど貰ったお土産のキノコは、全て良夫が腰に着けていた魔法鞄にどうにかこうにか収まった。こんなに食べられるのか、と良夫は心配したのだが空は満面の笑みで言い放った。

「だいじょぶ! きのこは、ぜろかろりー!」

「か、かろりぃ?」

 カロリーという概念はまだこの村まで輸入されていないらしい。


「ばいばーい!」

「ホピピッ!」

『またねソラ!』

『またね!』

『またこい!』

 コケモリ様にお礼を言って、キノコたちに別れを告げ、空はまた良夫に負ぶわれてコケモリ様の森を後にした。

 帰り道は行きより早かった。コケモリ様が地面に新たなキノコをポコポコと生やし、それで輪を作って森の入り口まで道を繋げてくれたのだ。

 一メートル半ほどの円を描いて生えたキノコは皆椎茸で、空は椎茸はもらわなかった……と物欲しそうな目で見て、『駄目だ、駄目だぞ! 作ったばかりの道を壊すな!』と怒られたりしたが、とりあえず無事に二人はコケモリ様の森を出る事が出来た。

 最初に落ちてきた草地に出た二人は、そこから山を下って行く。コケモリ様の山から村までは少し距離があるのだと良夫は空に教えてくれた。


コケモリ様はファンタジーから除外された模様。

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― 新着の感想 ―
コケモリ様お風呂入らないかな。 きっと残り湯は様々なキノコを掛け合わせたような極上の出汁…
キノコは嫌いだけど、コケモリ様は好きだな
[一言] きのこってたしか自分たちが食べてる あの部分じゃなくて 菌糸の方が本体なんでしたっけ アメリカの国立公園?で見つかったやつが 公園中に菌糸張り巡らせてるのがわかって 世界最大の生物かもって …
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