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僕は今すぐ前世の記憶を捨てたい。  作者: 旭/星畑旭
秋の黄昏

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77:言祝ぎと先送り

 

 飛んでいった稲穂を目で追っていた幸生は、何事もなく無事だった空の姿にホッと息を吐いた。

 側に雪乃と善三がいる限り心配ないとわかってはいたが、それでも稲穂が土手の方へと向かった時は焦ってしまった。

 そちらに気を取られて動きを止めた幸生の頭を、葉っぱと茎がさっきからずっとバシバシ叩いているがそんなものは何事でもない。

「お前の孫、何かすげぇな」

 幸生と同じ方向を見ていた和義が、ヌシの攻撃を躱しながら近づいて話しかけてきた。

「うむ……空は可愛い」

「いや違うだろ」

 和義のツッコミを聞き流しながら幸生がなお土手を見上げていると、それに気付いた雪乃が大丈夫だと言うように手を振った。

 それを見た空も幸生の方を見て、ピョンピョンと跳びはねながらパタパタと手を振ってくれた。

「じぃじー! おもちのおこめ、とれたよ!」

 空の嬉しそうな声が田んぼまで微かに届き、幸生は僅かに嬉しそうに微笑んで頷いた。

「採れたどころじゃねぇだろ……」

 フクちゃんがかっ攫っていった巨大な稲穂は、土手の斜面に置いていなかったら確実に空の姿を覆い隠していただろう。

 呆れたように呟く和義に返事はせず、幸生は自身の頭を叩く茎を鬱陶しそうにはね除けると斧を持つ手にぐっと力を入れた。

「和義」

「あん?」

「残りは一気に片付ける」

「はぁ!?」

 そう告げた幸生の体が徐々に光を帯び始める。和義はそれを見て慌てて止めようとした。

「お前、いきなり何だよ!? ちょっと待てって!」

「早く終わらせて、空に餅をついてやらねば」

「また孫か! あーもう、おーい、大和!」

 空の為にと力を漲らせる幸生の背に、和義は後ろで休んでいた大和と良夫の方へ手を振った。

「なんですかー?」

「幸生が後は一気に終わらせるってんだよ! お前、周囲に結界! 良夫は向こう側に落とした穂の残りがないか確認と回収!」

「いきなりですね? ちょっと待ってください」

「向こう側……まだちょっと残ってるかもだけど、俺がいる間は止めといてくださいよ!?」

 和義の指示で良夫が慌てて走り出す。身軽な青年は地を駆けてももちろん早い。しかし向こう側に回り込んで、まだ半分残った稲の攻撃を掻い潜りながら、拾い残した重い穂を集めるのはなかなか大変だ。

 とりあえず幸生の攻撃範囲から退避させれば良いだろうと、良夫は穂を拾っては引きずるように運んで、田んぼの外に向かって必死で投げる。

 大和はとっておきの符を構えて祝詞をあげ、それを使って今いる田んぼをぐるりと囲むように、できるだけ強固な結界を張った。

「張れました! けど、米田さん相手じゃちょっと不安かな……」

 気弱な大和の言葉に和義も頷き、力を溜めている幸生に声を掛けた。

「幸生、ちゃんと加減しろよ!? 周りの田んぼを巻き込むなよ! 聞いてんのかおい!」

「餅は……何個食べるだろう」

「聞けよおい!」

 上の空の幸生に和義は頭を抱えた。このままでは幸生がやり過ぎてしまうのは明白だ。和義はしばし考え、それからハッと顔を上げて持っていた大鎌を放り出すと、雪乃らの方に向き直って必死で両手を大きく振った。


「あら?」

「和義がなんかやってんな」

「かずおじちゃん、て、ふってるね」

 何となく空も手を振り返すと、和義はブルブルと首を横に振る。そして徐々に光を増している幸生の背中を何度も指さした。

 何か叫んでいるので雪乃が耳を澄ますと、再び盛り上がってきた太鼓の音や賑やかな周囲の声に交じって、止めてくれ! と言っているのが聞こえてきた。

「幸生さんを止めてほしいみたい」

「あー、張り切り過ぎてんのか……ったく、鳥と同類かよ」

 善三は空の肩に止まる小鳥を見てため息を吐き、仕方ねぇと呟く。それから、暢気に手を振る空の脇に手を入れひょいと持ち上げた。

「わ、なーに?」

「空、ちっと幸生に手を振って、ほどほどにしろって呼びかけてくれ。あのままじゃ周りの田んぼまで被害が出そうだから和義は焦ってんだよ。お前の声なら届くだろ」

 善三に肩車された空はその言葉に頷き、幸生に向かって大きな声をあげた。

「じぃじー!」

 可愛い孫の声に光り輝く幸生がさっと振り向く。

「あんねー、ほどほどだってー! ぼくねー、おこめ、いっぱいたべたーい!」

 その言葉に幸生は動きを止め、少し考え込んだかと思うと持っていた斧をぽいと放り投げた。そして斧の代わりにすぐ近くに落ちていた和義の大鎌を手に取る。

 和義が大慌てでそれを止めようとするが、それを無視して横に構えた。すると幸生の体を覆っていた光が大鎌へと移って行く。

 和義は何事か怒鳴っていたがそれを見てがくりと肩を落とし、諦めたように後ろに下がった。


「和義の大鎌は臨終か……」

「あとで和義さんに弁償しなくちゃね」

 そう言って大人二人が困ったように笑う。

「じぃじ、かま、こわしちゃう?」

「ええ、多分壊しちゃうわね」

「幸生が道具を持つと加減が効くってのは、全力を出せねぇからなんだよ。その前に道具の方が壊れちまうからな」

「じぃじ、すごいね……」

(素手の方が強いって、何かの主人公かラスボスみたいだなぁ)

 心の中でそう思いながら、空は和義の大鎌に向かってなむなむと遠くから手を合わせた。人の物を壊すのは良くないことだが、ヌシの周りの田んぼのお米が駄目になるのはもっと良くない。空もきっと泣いてしまう。

「おーがまは、とーといぎせいになった……!」

「まぁ、空は難しい言葉を知ってるのねぇ」

「いや、まだギリギリなってねぇからな?」

 善三がそう呟いて首を横に振った直後、幸生と大鎌が強く輝いた。

 太鼓や人々の歓声が一瞬途絶え、静寂が辺りに満ちる。

 その静寂を切り裂くように、振り抜かれた鎌が風を切る音がブン、と響いた。

 音と共に幸生も鎌も一際強く輝き、そしてその輝きが瞬時に稲全体を包み込むように大きく広がった。

「ぴゅるるぃいるぅっ……!」

 稲は瞬く間に天辺まで光に包まれ、中から可愛らしいが力を失ってゆく声が響き渡る。

 やがて断末魔が途切れ、稲を包み込んでいた光がパンと弾けた。光を失って再び現れた稲は僅かに身を震わせ、そして次の瞬間上下三つに断ち切られ、バサバサと大地に落ちて行く。

 次いで、カシャン、という何かが粉々になったような音がした。

「結界が……」

 大和の手の中の符が煙を上げて、上の方からじわじわと焦げるように燃え尽きる。

「危なかった……」

 間一髪で幸生の攻撃範囲から逃れた良夫もまた、燃え尽きたように大和の隣でへたり込んだ。

「俺の鎌が! 鎌江!」

 嘆く和義に、幸生はさすがに少し申し訳なさそうな顔を浮かべた。光を失った和義の大鎌はまだかろうじてその形を保っているが、パキンパキンと甲高い音を立てて刃にも柄にもヒビが入って行く。

 幸生がそれをそっと和義の前に置くと、その途端耐えきれなかったようにバラバラになってしまった。

「あああ……鎌江!」

「すまん。買って返す」

「ったりめぇだ! いや、材料取りに行くの手伝え!」

「わかった。というか、お前まだ道具に名前を付けているのか」

「うるせえ、ほっとけ! 俺は道具を我が子のように大事にする主義なんだよ!」

 鎌の残骸を集めて涙ぐむその姿に、周囲からどことなく温かな視線が向けられた。


 ヌシが倒されて緩んだ空気の中。

 大和がため息と共にゆっくりと立ち上がり、疲れた様子でヌシの残骸へと近寄っていった。神主には、戦いの終わりに祝詞を捧げる役目があるのだ。

 腰の後ろに差していた大幣(おおぬさ)を手に取り、姿勢を正して声を張り上げる。

 ヌシとの戦いの終わりに歓声を上げていた村人たちも再び静まり、皆軽く頭を下げて粛々と祝詞に耳を傾けた。

「――キコシメセト、カシコミ、カシコミモウス」

 やがて厳かな祝詞は終わり、大和は田んぼに残った巨大な切り株のような稲の根元や、山になった茎や葉に向かって大幣を何度も振る。そして最後に柏手を打って深々と頭を下げた。

「サノカミ様……今年の我らの武勇は、お気に召しましょうや――」

 その問いが静まりかえった田んぼに落ちた途端、それを遠くから見ていた空はパッと上を見て息を呑んだ。

 天から、キラキラとした光が下りてきたのだ。

 晴れた空からキラキラと金粉が振るように光が舞い降り、それと同時にシャラシャラと何かが擦れて鳴る音と、クスクスと楽しげな笑い声が風に交じって聞こえてくる。

 微かな音のようなのに不思議とはっきりと聞こえるその音に耳を澄ませ、空は光の先を目で追った。

 金色の光はヌシの残骸へと降り注ぎ、それらを包むように広がって行く。

 やがてそれは空の目には眩しくて直視出来ないほどの強さに変わって行く。空は思わず目を細め、顔の前に手を翳した。


『――天晴(あっぱれ)!』


 それの言葉は、音とは違うもののように空には聞こえた。耳に聞こえたというよりも、意思を帯びた波がふわりと打ち寄せ、胸の奥に届いたような。

 誰かに優しく微笑まれたような温かな気持ちが空の胸に広がる。

 ほぅ、とため息を吐いて空が目を開けると、もうそこには光はなかった。

 それどころか、千切られた稲の茎も葉も、切り株も存在しない。

 あるのは稲刈り後のような何もなくなった田んぼと――

「こめだわら?」

 ――ヌシの居た場所に大きな山を作っている、沢山の米俵だけだった。


「お、今年もお気に召してもらえたらしいな」

「ええ。良かったわ、今年も豊作ね」

「来年も美味い酒が飲めるな!」

 米俵を見た大人たちから快哉の声が上がる。皆一様に上機嫌だ。それどころか、群衆の中から見慣れた巫女がぴょんと飛び出し、「酒米! 酒米!」と謎の踊りを踊り出した。

 空はそれを見て、米俵の中身を知ることが出来た。


(この村では……餅米はヌシの武器として飛んで来て、酒米は神様がご褒美にくれるのかぁ)


 美味しい物を手に入れるハードルが全体的にどうも高すぎやしないだろうかと、空は今更ながらちょっと思った。

 酒米の俵を前にまだへたり込んでいる良夫を見て、自分もいつかあそこに並ぶ事があるんだろうか、と考え。

(お餅を沢山食べて大きくなってから考えようっと!)

 とりあえず、全ては遠い未来の自分に託すことにしたのだった。


少々遅くなりました。

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― 新着の感想 ―
鎌枝とか鎌子とか鎌美とか鎌代とか鎌乃とか鎌香とか、歴代に居たんだろうか…
[良い点] 鎌江wwwwwwwww
[一言] 毎度のことながらじぃじの世紀末覇王感が…(;´д`)
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