76:フクちゃんの頑張り
田んぼではそろそろまた戦いが動こうとしていた。
良夫が落とした稲穂はあらかた拾って端に避けられ、若者二人が少し後ろに下がる。
残る茎はそろそろ半分を割りそうなくらいに数を減らし、ぶら下がる穂も三分の一ほどになっていた。
幸生と和義はそれぞれの武器を再び拾い、お互いに少し距離を取る。和義は幸生に頷くと、観客に向かって大きな声を上げた。
「籾が行くぞー!」
その声に合わせて太鼓が一際大きく打ち鳴らされ、子供や若者が網を構えてはしゃいだ声を上げる。
それを横目に確かめ、幸生は力一杯斧を振りかぶった。
「ふうぅんっ!!」
ドゴォンッと大きな音を立てて斧が打ち付けられ、束にしたものも含めた太い茎が、何本も一度に切り飛ばされる。
ヌシは衝撃で大きく揺れ、そして身の半分以上を削られた怒りを吐き出すように、大きく叫んで身を震わせた。
「ぽきゅるるるうるるぅっ!!」
籾の重みでぶら下がっていた穂が一度に持ち上がり、砲弾のような籾が天を向く。
それらが一斉に弾けるその瞬間、そこに一条の白い光が割り込んだ。
「ん?」
上を見ていた良夫は目を見開いて視線を彷徨わせた。白い何かが視界をヒュッと横切った気がしたのだが、あまりに一瞬だったため気のせいかと思ったのだ。
目の前の景色には何も変わりがなく、持ち上げられた穂がブルリと大きく震えて、籾が弾けて――
「はぁっ!?」
――良夫を含めた多くの村人が見守る中、弾けて飛んだのは、籾だけではなかった。
籾が発射される直前、逆方向から再び戻ってきた白い光がその穂のうちの数本の根元にぶつかったのだ。
キュン、と高い音が響いてぶつかった光に切り取られた穂がそのままふわりと高く浮き、それに少し遅れてパパパパパン、と破裂音と共に籾が弾け飛ぶ。
籾は人のいる方向に飛ぶため、向かう方角は人垣がある道の方だ。
それらに交じって飛んだ穂は、大きく弧を描いて土手の一角へと向かって落ちて行く。
「やべっ、危ねぇっ!」
良夫が焦るがどうしようもない。
幸生や和義らも飛んでゆく穂を目で追ったが、追いつけるわけもなく見送ってしまう。
そしてその穂が向かった先では、幼児が一人大慌てしていた。
幸生が斧を振りかぶると同時に、フクちゃんはいつもののんびりさが嘘のような動きで空の肩から飛び立った。
空が呆気にとられている間にその姿は白い筋を描いて見えなくなってしまった。どこへ行ったのか、と空が探す間もなく、幸生の斧がヌシの体を削る。ヌシが怒ったように叫んだ一瞬の後、フクちゃんはまた戻ってきた。しかしそれは、空にはよく見えなかった。
空に見えたのは、ヌシが放った沢山の籾と一緒に宙を飛び、自分のいる場所を目がけて飛んでくる巨大な稲穂の姿だ。
それはまるで無数のラグビーボールを太い木の枝に吊したように、規格外に大きい。遠目で見ている時も大きく感じたが、近づいてくるとその大きさは目を見張るほどだった。
空の動体視力がもう少し良ければ、その枝の端に白い小鳥が突き刺さっているのが見えたかもしれない。
(ふ、フクちゃんっ、これは大きすぎー!!)
空は採ってきてとは言ったが、そういえば採ってくる具体的な量や方法、採ってきてもらった後の事までは考えるのを忘れていた。
何となく、フクちゃんがトウモロコシ狩りの時のようにもう少し穏便な方法で、ちょっと余分にこちらに籾を飛ばしてくれるんじゃないかと思い込んでいたのだ。
失敗したと思ったがもう遅い。みるみる近づいてくる穂は、あまりにも大きかった。
「ふひゃあぁっ!」
空は思わぬ事態に雪乃の足にしがみ付いて身をすくめた。
「あらあら、フクちゃんたら……」
「大物狙いだな」
身をすくめた空とは対照的に、大人二人は呆れたような声を上げる。
フクちゃんが刈り取った勢いのままに土手まで落ちてくる穂は二本ほど。雪乃はそっと両手を天に向けて広げ、善三は腰に付けた竹かごから片手におさまるような小さな網を出して、さっと振った。
「ぃよいしょおっ!」
掛け声と共に善三の持つ網が瞬時に、これまたありえないくらい巨大化し、フクちゃんが刺さった稲穂を落ちてくる寸前でバサリと絡め取る。
「えいっと。あら、結構重いわ……今年は豊作ねぇ」
雪乃はお得意の結界の魔法をキン、と投網のように張り巡らせ、もう一本の稲穂をしっかりと受け止めた。ついでにこちらに飛んで来た籾まで幾つか絡め取っている。
「空、もう大丈夫よ」
足にしがみ付いてぎゅっと目を瞑っている空に、雪乃が優しく声を掛ける。
「ふぇ……ばぁば……ぜんぞーさん?」
「おう。ちゃんと受け止めたぞ。ったく、ちっと欲張りすぎだろ」
「ふふ、ちょっと大きすぎたわね」
雪乃がそう言って笑いながら、受け止めた稲穂をどさりと空の目の前に下ろす。
空は間近で見た穂や籾のその大きさに目を丸く見開いた。
「お、おおきい……あっ、フクちゃんは!?」
「おら、ここに刺さってるぞ」
善三も網から稲穂を取り出し、その茎に刺さって抜けなくなっている小鳥を空の目の前に差し出した。
「フクちゃん!」
「ホビッ、ビッ、ビー!!」
大きめの鳩くらいのサイズになったフクちゃんが、稲穂の茎に嘴を突き刺して抜けなくなり、ジタバタともがいている。空が慌てて手を伸ばすと、それを止めた善三が茎をメキッと割いてフクちゃんの嘴を外してくれた。
「ったく、お前も後先ちゃんと考えとけ! 間抜けすぎるっての!」
ブツブツ言いながらも、善三はフクちゃんを優しく空の手の中に戻してくれた。
「フクちゃん……よかったぁ」
「ホピピ……」
フクちゃんは小さく鳴くと、ちょっと失敗したことを誤魔化すように可愛らしく首を傾げた。
本当は茎にぶつかって切り取った後、もっと大きくなってそれを空中で咥え、ふわりと飛んでかっこよく下りてくるつもりでいたのだ。
しかし空からの頼まれ事にフクちゃんはつい張り切ってしまい、勢いを付けすぎて茎に突き刺さった挙げ句パニックになってしまったのだった。後先考えないところは鳥らしいといえば鳥らしい。
「フクちゃん、ちょっとおっきかったね……でも、いっぱいありがとー!」
「ピルルッ!」
フクちゃんは空の言葉に体を膨らませて、任務完了とばかりに胸を張った。ちょっと失敗したが、空が喜んでくれたなら成功だ。
そんな懲りない小鳥の姿に、雪乃が困ったように微笑んだ。
「空、体は平気? 魔力は大丈夫かしら?」
「んー、だいじょうぶ!」
空はフクちゃんを肩に戻し、小さな手をにぎにぎしながら雪乃に頷く。体には特に変化は無いようだ。
雪乃は良かったと頷き、そして自分が受け止めた巨大な稲穂と空とを交互に見やった。
「ねぇ、空。ちょっとこれは大きすぎたと思うのよ?」
「うん……フクちゃん、はりきってくれたみたい?」
煽った自覚のある空がばつの悪そうな顔を浮かべる。目の前に置かれた二本の穂には沢山のラグビーボール大の籾がぶら下がっていて、一穂分でも小山のように大量だ。空は知らないが、この一穂におおよそ七十粒くらいの籾がついているのだ。
「ばぁばもこんなに大きなのを採ってくると思わなかったから止めなかったけど……フクちゃんにお願いすることは、もう少し小さいことからにしたらどうかしら?」
「そうだぞ。俺らがいなけりゃ、これがお前の上に落ちてきてたぞ」
「はぁい……ごめんなさい」
素直に謝る空の頭を、雪乃が優しく撫でる。
「フクちゃんがする事の多くは、空が決めるのよ。だから、ちょうどいいお願いができるように、少しずつ練習しましょうね」
「うん……」
空は反省した様子で頷き、それから雪乃と善三をキリッとした表情で見上げた。
「ぼく、つぎはちゃんと、このはんぶんでっていうね!」
「……ええ、そうね」
「いや、半分でもまだ多いだろ!」
餅の前に、善三のツッコミは無力だった。
お盆なので毎日順調にちょっと飲み過ぎています。
皆さんの田舎のお盆話とかちょっとした風習とかあったら教えてもらえると嬉しいです!




