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僕は今すぐ前世の記憶を捨てたい。  作者: 旭/星畑旭
夏の青空

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58:重ねた間違い

 明良と勇馬、そして武志が仲間の元に戻ると、もう皆で一匹のカブトムシに縄を引っ掛けて引きずり下ろそうとしているところだった。こうなるとそれが終わるまでは仲間に入れて貰いづらい。

 武志は少し考え、自分の持っていた縄を拾ってきて明良に差し出した。

「とりあえず、明良と勇馬で一匹引っ掛けて、引っ張ってみる?」

「おれ、それまだちょっとしかやったことないよ? れんしゅうしてるけど……」

「オレあるよ! やるやる!」

 武志は明良の事はよく知っているし、南地区の友達が面倒見ている勇馬の事もある程度知っていた。二人とも身体強化が得意なタイプで、この年にしては力が強い。

 小さめのカブトムシを選べば二人でも何とかなると武志は判断し、縄を渡して林の中を覗き込む。

 カブトムシたちは同族が何匹か狩られても特に気にしないのか、まだ沢山木の幹にしがみついていた。

「なるべく小さい奴選べば、多分落とせるんじゃないかな。落とした後は、あっちの手の空いた誰かと一緒に俺が倒すからさ」

「うーん、できるかなぁ」

「出来なかったら手伝うし」

「オレとアキラならぜってーいけるって!」

 根拠のない自信たっぷりに勇馬が頷き、自分の道具を持ってさっさと木々に向かって駆けだす。明良も慌ててそれを追っていった。

 武志はそれを見送り、先に友達のところに声を掛けに行く。

 今やっている分が終わったらすぐ手伝って欲しいと頼んで戻ると、二人はどれを落とすかで早速揉めているところだった。

「アレにしよーぜ!」

「ちょっとでかいよ。そっちのがいい」

「えー、それツノちいさいじゃん! ぜったいこっち!」

 武志は二人の側まで駆けより、勇馬が指さした木を見上げてぎょっとした。その木にしがみ付いているカブトムシは小さいどころか、さっき皆で倒した奴よりも更に大きかったからだ。

「待った、勇馬! それ駄目だ!」

 武志は慌てて制止の声を上げたが、それは少し遅かった。人の話を聞かない勇馬は明良の反対を押し切り自分の投げ縄をさっと投げてしまった。

 放たれた縄には先に鉤の手が付いている。その重さで縄はカブトムシの角にシュッと絡みつき、更に先がくるくる回ってしっかりと巻き付いた。

 こうなると縄はそう簡単にはほどけない。勇馬は大喜びで引っ張ったが、しかしカブトムシはびくともしない。それどころか煩わしそうにカブトムシが角を振ると、勇馬はそれに引きずられてたたらを踏んだ。

「バカ勇馬! 小さいのって言ったろ!?」

「うわわ! アキラ、はやく!」

 どうにか踏ん張る勇馬に明良も慌てて縄を投げた。明良の投げた縄も角に上手く絡みつき、二人で力を込めて引っ張る。左右に分かれて両側から力一杯引っ張り、それでやっとカブトムシの動きを抑える事が出来たがこのままでは落とせそうにない。綱引きは膠着状態になってしまった。

 武志は自分の道具を明良に貸してしまったため手元にはカマしかない。友達から借りてくるか誰か応援を頼むか、と迷ったのは僅かな時間だったのだが。

「あっ、やべ!」

 バサッと音を立てて、巨大なカブトムシの背が割れ、そこから羽が広がった。ブゥゥン、と低い羽音が辺りに響く。飛び立とうとするその姿に勇馬が慌てた声を上げ、明良も焦ったように武志を見た。

「一度放せ! 縄は諦めろ!」

 もっと小さいカブトムシなら飛んだところを強く引っ張れと言うところなのだが、これだけ大きいと勝手が違う。大きいカブトムシになると、明良や勇馬くらいの年の子では引っ張られて持ち上げられる可能性があるのだ。

 武志が代わっても上手くいくかは予測できない。危ない事になるくらいなら、いっそ逃がしてしまった方が良いと武志は判断した。

 しかし武志の言うことを聞いてパッと手を放したのは明良だけだった。

 勇馬は往生際悪く縄を持ったまま迷っている。そうこうしている間にカブトムシは勢いよく飛び立った。

「うわぁっ!」

「ユウマ! ばかっはなせよ!」

 飛び立ったカブトムシに引っ張られ勇馬の足が浮く。明良と武志は慌てて走ってその腰に飛びつき、手を放せと怒鳴った。しかし縄をしっかり持とうと腕に絡みつけていたのが災いし、引っ張られているので上手くほどけない。

「ほ、ほどけないよっ!」

「くっそ、切るぞ!」

「ユウマ!」

 武志が縄を切ろうと鎌を手に取った瞬間、勇馬は苦し紛れに縄を持った手をぐいっと引っ張った。すると空中でホバリングしていたカブトムシがバランスを崩し、その巨体がぐらりと傾く。

「あっ!?」

「落ちる!?」

 それを見た武志は慌てて勇馬が手にしていた縄に向かって刃を滑らせた。このままでは自分達の上に落ちて来かねない。

 一振りでバシッと縄は切られ、その反動が空中のカブトムシを襲う。哀れカブトムシは今度は反対側に勢いよく傾き、弾かれたように地面に落ちて大きく跳ねて転がった。



 一方、明良達が走って行ってしまった後、空は武志の友達の方をしばらく眺めていた。年長の子供たちは手際よく縄を何本も掛けてカブトムシを引きずり下ろし、たこ殴りにしている。

(何か……子供は残酷だなぁ)

 しかしそう思う反面、カブトムシはこの田舎ではでかくて邪魔な害虫か、ちょっとした素材扱いのようなので、仕方ないのかもしれないという気もする。

 食べ物でないと空の気分は今ひとつ上がらない。いつかアレに参加出来るのだろうかと考えると、別に参加したくないなという気持ちになってしまう。

 この気持ちにそのうち折り合いが付くのだろうかと考えていると、不意に隣にいた結衣がしゃがみ込んだ。

「ユイちゃん?」

「そらちゃん、しろつめくさがいっぱいはえてるよ。ね、はっぱくらべしない?」

 そう言う結衣の手の中には確かに空も知っている三つ葉の姿がある。しかし葉っぱ比べというのは知らない言葉だったので、空は首を傾げた。

「はっぱくらべって、どうするの?」

「しろつめくさは、いっぱいはっぱがついてるのがあるの。それをさがして、いっぱいのをみつけたほうがかちなの!」

 なるほど、と空は頷いて自分もしゃがみ込んだ。地面にはびっしりと白詰草が広がっていて、眺めていると確かに葉の多いものがちょいちょい混じっている。

 空はそのうちの一つを手に取り、プチッと摘み取った。

「いち、にぃ、さん、し、ご、ろく、しち……おおいね!?」

「そらちゃん、かずかぞえられる? いくつだった?」

「えっと……きゅう?」

「わーい、じゃあわたしのかち! これ、じゅうにあるよ!」

「おおいね!?」

 もはや四つ葉などただの弱者だった。

 ちょっと探せばいくらでも葉の多いものが見つかる。なるべくわさっとしたのを探しては摘み取り、葉を数える。

「そらちゃん、かずかぞえられて、すごいねぇ」

「えへへ」

 この単純で平和な遊びの方が空には楽しい。空は結衣と向かい合ってしゃがみ込み、地面をじっと見つめる。その背後で今まさに大騒ぎが起こっていることなど、空は全く知るよしもなかった。


村の子供は割と賢い子多いし丈夫だけど、やっぱり子供なのです。

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― 新着の感想 ―
夜中に根っこが足になって歩いたりしない?
[一言] 弱者…なのかな? クローバーの葉っぱが増えるのは常時日陰だったり踏みつけられる場所にあって3枚じゃ光合成し足りない環境だからなので、魔境のクローバーは10枚前後ないと無理な環境なんでしょうね…
[一言] 現実世界でも、クローバーって、四つ葉どころか五つ葉、六つ葉。そういうのが固まって生えているところってありますよね。 昔、どこかのタクシーに四つ葉マークの車もあって、うまくそのタクシーに乗る…
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