27:おにぎりは七個食べた。
外で食べるおにぎりはいつもより美味しい気がする。
三つ目のおにぎりをもぐもぐと頬張りながら空はそんなことを考えていた。
時刻は丁度昼時で、田起しもその後の作業も皆一段落し、村人達は昼の休憩に入っている。
広場のあちこちに大きな敷物が敷かれ、近所の者同士が集まって持ち寄った料理を魔法の鞄から取り出しわいわいと楽しそうだ。大きな重箱やお鍋が丸ごと敷物やテーブルの上に次々並び、風呂敷で包まれた大きな鉢も沢山出てくる。魔法の鞄の便利なところは、テーブルや座布団、食器も持ってこれる所だろう。
米田家のいる場所も近所の十家族ほどが集まって、敷物の真ん中に置いた長テーブルを囲んで食事を取っていた。
「はい空、卵焼き。あーん」
「あーん」
雪乃が差し出してくれた卵焼きに空はパクリと齧り付く。塩より砂糖の方が少し強い、甘めの卵焼きだった。
「おいしい!」
「良かったわ。沢山食べてね空ちゃん」
卵焼きを始めとしたおかずを作ってきてくれた近所のおばさんが嬉しそうにそう言った。一緒に作ったらしい他の女性陣もにこにこしている。
卵焼きも、ゼンマイの煮染めも、タケノコの炒め煮も、古漬け沢庵の炒め物も、どれも美味しい。空は雪乃に頼んでは大鉢から取り分けて貰い、次々口に運んだ。卵焼き以外あまり子供向けの味付けではないのだが、空には全然気にならない。ちょっとしょっぱいところもおにぎりとよく合って嬉しい。
「空ちゃん、お味噌汁もあるわよ」
「ください!」
別の女性に声を掛けられ元気よく頷くと、お椀にたっぷり注いでくれた。
「沢山あるからおかわりしてね」
「あい!」
味噌汁は、薄く切られた肉が沢山入った豚汁だった。すぐに飲みたかったけれど熱そうだったので少し待っていると、雪乃が具を取り分けて先に食べさせてくれる。差し出された肉を口に頬張り、むぐむぐとじっくり味わって飲み込んでから、空はパッと顔を輝かせた。
「おいしい! おにくあまい!」
「おいしいよな! おれもいのししすき!」
「わたしもー!」
明良の言葉に空は目を丸くした。
「これ、いのしし?」
「そう。そら、はじめて? あきにおとながかるんだ」
「そうよ、それを冷凍して取っておくの。ハムとかにもするけどね。おうちでも食べてるわよ」
「はむ! ばぁばのはむ、おいしい! すき!」
雪乃が時々食卓に出してくれるハムを思い出すと空の語彙力はたちまち低下する。こんな時は幼児で良かったと空は思う。あのハムは、柔らかくて肉が甘くて塩気が絶妙で、厚めに切ってさっと炙っただけでいつまでも口に入れていたいくらい美味しいのだ。
「じゃあ今年の秋の狩りではじぃじに張り切って獲って貰いましょうね。それで沢山ハムを仕込むわ」
「やったー! じぃじ、おねがい!」
「うむ……まかせろ」
幸生の体から一瞬謎オーラが立ちこめ辺りがざわついた。
幸生はここ数年夫婦二人分と予備分くらいしか狩りをせず、雪乃もハムを余り作っていなかったのだが今年は空がいる。小さな体で幸生にせまるくらい食べる可愛い孫のため、二人は今からとても張り切っている。
今年の狩りは荒れそうだと近くのおじさん達がこそこそ話していたが、空は味噌汁に夢中で聞かなかったことにした。空には自分の口に入るハムの方が大事だからだ。
まだ見ぬハムに心を馳せながら五個目のおにぎりを食べていると、ふわりと良い匂いがしてきた。
空はその匂いに釣られて雪乃の後ろの空中を見る。そこでは、朝の鮭のように宙に浮いたまま調理されている何匹もの大きなザリガニがいた。
「雪乃ちゃん、そろそろ良いんじゃない?」
「あ、そうね。どれどれ……」
美枝に促され、雪乃がザリガニを手元に引き寄せる。ザリガニは火の魔法で炙られて真っ赤に色を変え、美味しそうな湯気を立てていた。
それを見て近所の奥さんがため息を吐いた。
「雪乃さん、相変わらず器用ねぇ……こんな場所で浮かせたまま、泥抜きして洗って蒸し焼きにしちゃうなんて……私ももう少し真面目に魔法練習するんだったかしら」
「あら、佳乃子さんはワラビとかタケノコとか獲る方が得意だから良いじゃない。私はあんなに気配を殺せないし、上手く読めないわ。佳乃子さんとタケノコ狩り行くと、あの鬱陶しいタケノコどもが次々切り捨てられて見ててスッキリするったらないわよね?」
「ほんと、あれは才能よ絶対。ワラビやゼンマイだって逃げる間も胞子を飛ばす間もなく刈られちゃうじゃない」
空はザリガニをじっと見つめながらまた一つ学んだ。ワラビとタケノコはなんか怖いらしいと。でも田舎の主婦はそれより怖いらしい事も知った。
「そう? それなら嬉しいけど……そういえばそろそろタケノコも終わりね。また狩ってきたらお裾分けするわね」
「嬉しい、助かるわ。さ、焼けたから皆さんもどうぞ」
そう言って雪乃はザリガニを大きな竹の皮に載せてテーブルのあちこちに適当に飛ばした。それから自分の両手にふっと息を吹きかけると、目の前に残した分のザリガニから熱々の大きなものを一匹選び、素手で掴んで身と頭をわしっと大胆にちぎって分けた。途端に湯気と共に美味しそうな薫りが強く立ち上る。
「ふわ……いいにおい」
「空の分はこれね。ちょっと待ってね」
雪乃は一際大きなそのザリガニの身を殻からナイフでさっと切り離し、小さく切り分けるとマヨネーズを添えた皿に盛ってくれた。
「どうぞ、熱いからふーふーしてね」
「あい!」
お皿を受け取った空は一生懸命フーフーと吹く。すぐに待ちきれなくなって、まだ少し熱いそれを自分用の箸で刺して齧り付いた。
「あふ、ふ……ん、んま……!」
白い身はぷりぷりして歯ごたえがあり、噛みしめるとじゅわっと旨味と甘みが出てきてマヨネーズととても合う。海のエビとは少し風味が違う気がしたけれど、泥臭さなど微塵もなく、ただただ美味しかった。
「はい、味噌もどうぞ」
雪乃が残った頭から箸で味噌を掻き出し、皿の上の身に掛けてくれる。それもまた違った風味になって美味しかった。空は夢中になって、あっという間に大きなザリガニを丸ごと一匹食べ尽くした。
「おいしい……ぼくもざりがにとりたいなぁ」
「あら、気に入った? じゃあもう少し大きくなったら空も参加しようね」
「うん!」
もはやザリガニは空にとって未知の生物ではない。とびきり美味しい、いつか絶対狩るべき獲物として記憶された。
空は段々と、美味しく食べられる物ならば怖さを克服できそうだと学びつつある。
食べられない物に関してはまだ保留にしているが、とりあえず一度口にした食べ物相手なら、その味を思い出せば少しは勇気が出る気がするのだ。こごみだって、美味しかったからあれからもう一回採りに連れて行ってもらっている。
雪乃らが全く止めず良いだけ食べさせてくれるので、空はすっかりただの食いしん坊に育ちつつあった。
(ドジョウもエビも貝も、楽しみ!)




