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僕は今すぐ前世の記憶を捨てたい。  作者: 旭/星畑旭
二年目の秋

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2-127:親子それぞれの頑張り(?)

 上から次々と落ちてくる稲穂を避けながら、紗雪は弥生の前に立って刀を振るい続けていた。

 襲い来る茎を切り飛ばし、葉を切り飛ばし、根を踏みつけて落ちてくる稲穂を避ける。

 めまぐるしく動きながらも、後ろにいる弥生に攻撃が向かぬようその場に留まり戦っている。

 紗雪に課せられた役割は、全ての準備が整うまでの囮のようなものだ。襲ってくるものは切り払うが、あまり深くは踏み込みすぎないよう、しかしヌシの気が他に大きく逸れないよう、適度な攻撃と防御を続けている。

 幸生や和義のような爆発的な攻撃力も打たれ強さも、紗雪にはない。しかしその代わりに小回りが効くし、茎の一本程度なら切り飛ばせるだけの力はある。

 紗雪は手にした刀を振るいながら、楽しい、と感じていた。

 幸生が紗雪のために用意してくれた刀は面白いようにその身に馴染んだ。ごく僅かな魔力を流すだけで太い茎でも難なく切れる。

(斧も鉈も、ずっと私に馴染まなかったのに……不思議)

 紗雪は村にいた頃、なかなか魔力が増えないことをずっと気にしていた。魔法も不得意で、幸生に似たのか地魔法くらいしか使えない。それも魔力の違いか幸生より格段に威力や範囲が劣る。

 体を動かすのは好きだったので、それならばと身体強化のほうを一生懸命鍛えたが、それもやはり限界が見えていた。自分の体だけならともかく、手にした武器まで強化しようとすると魔力切れが早くなるのだ。

 紗雪の身体強化はかなりの強度でそれに多くの魔力を取られたせいであるのだが、どうしても武器を持って長時間戦うことは難しかった。紗雪が主に素手で戦っていたのはその結果だ。

 それでも同年代の中ではかなりの強さだったはずなのだが、紗雪はいつも焦燥に駆られ、自分の足りない部分ばかりを見つめていた。

(いつもいつも、まだ足りないって思ってた)

 その心がどこから来るものなのかも知らず、紗雪は見えない先ばかりを見ていた気がする。

(強くなりたかった……大切なものを守れるくらい、取り戻せるくらい、強く、強く)

 焦ってばかりいて、空回りして、とうとう何もかもが嫌になった――そんな昔の自分とも再会をした。

 そして今、紗雪の後ろには弥生がいる。

 遠い過去を垣間見て、紗雪は自分の奥底にあったものを知った。

 真上から振り下ろされた稲を切り倒した次の瞬間、横合いから隙を狙ってきた葉が紗雪に当たる前に弥生の結界にバチンと弾かれる。

 紗雪はすかさず大きく踏み込んで弾かれた葉を切り飛ばし、足下から出てきた根を強く踏んで高く飛び上がった。

 弥生に当たりそうな軌道で迫ってきた稲を真ん中から断ち割り、くるりと体を回して先端が危ない場所に行かないように蹴り飛ばす。

 地面に降り立つ寸前に足に魔力を込め、着地場所を少しだけ地魔法で固めた。柔らかな田んぼの土に足を取られないためのちょっとした工夫だ。

 そんなことをする余裕があることが嬉しくて、そして楽しい。

(私は多分、本当はそんなに弱くなかった……弱かったのは、心だったんだ、きっと)

 それがわかったなら、もう十分だ。

 出来ることが多くなくても、それは何も出来ないということではない。

 紗雪に足りないところは弥生や他の人が補って助けてくれる。それを信じる心が、昔の紗雪にはきっと足りなかった。

(魔力は……残りはあんまり多くないかな。でも、大丈夫)

 どうやって戦うかの相談をした際、弥生は紗雪に思い切り魔力を使っていいと言ってくれた。

 

『紗雪の魔力が足りないっていうなら、私が何とかするわ。絶対、かっこいい大技使わせてあげる!』


 弥生のその言葉を真っ直ぐ信じて、紗雪は躊躇うことなく刀を振るう。

 きっと間もなく訪れるその瞬間を、紗雪はただ楽しみにしていた。



「弥生ちゃん、力を溜めてるのに皆のフォローもしててさすがねぇ」

「そうなの?」

 雪乃が呟いた言葉につられ、空は弥生の背に視線を向けた。

 弥生はあまり場所を動かず、大きな声も発しない。しかし密かに祝詞を唱えながら全員のフォローを続けていた。

 ドサドサと降ってくる稲に向かって小さな符を飛ばし、一部を遠くに弾き飛ばして隙間を作ったり、良夫やフクちゃんに攻撃が向きすぎないよう小さな人形を高く飛ばしてヒラヒラとヌシの気を引いたり。

 紗雪が避けきれないかもしれないヌシの攻撃に対しても、一瞬だけ結界を張ってそれを弾き時間稼ぎもしている。

 どれも仕事としては大変に地味だが、それなりに役に立っている。

「見た目ではよくわからないかもしれないけど、大事な仕事をずっと続けてるのよ」

「そうなんだ……すごいんだね!」

「ええ。上の稲穂はもうすぐなくなるから、それが終わったら多分何か大きな技を使うつもりね」

 既に上の稲穂は八割ほどが落ちようとしている。ビュンビュンと飛び回るフクちゃんは直線的な攻撃以外苦手なので、その撃ち漏らしを良夫が刈り取っているようだ。しかし時々フクちゃんと衝突しそうになって慌てている。

 空はそんな光景を見ながら、敷物の上で猛烈な勢いでおにぎりを食べていた。

 空が食べやすいようにと小さめに握られたおにぎりは、既に重箱一段分が綺麗さっぱり消え、二段目も風前の灯火だ。

 飛行モードのフクちゃんは攻撃力が高いが、その分いつもより大分多く空の魔力を使う。両手におにぎりを持ち、空はもくもくと無心で口を動かしていた。

(フクちゃん、あとヌシの右前方、多めに稲が残ってる。良夫兄ちゃんが今上のほうに行ったから、ちょっと下を狙って……あ、このおにぎり、中身が変わった。何だろこれ……味噌味の鮭ほぐしに大葉の香りがする……ごまも混ぜてあるぅ)

 無心に見えるだけで、実際は全く無心ではなかったようだ。

「これおいひい……」

「あら、美味しかった? それは鮭の味噌漬けを焼いて解して、大葉と和えたのよ」

「ちょっとあまからのみそあじ、こくがある! こうばしくやかれたさけがそれにまけてない! おおばのかおりがあくせんとになってて、あきないかんじ! ぷちぷちのごまもいい! もうにこちょうだい!」

 空の食レポも順調に技術向上しているようだ。

「はいはい、もう二個ね。お茶も飲んでね」

「うん!」

 空は主にフクちゃんに魔力を送りながら、美味しいおにぎりを際限なく楽しんでいた。

 名残を惜しみつつ鮭と大葉のおにぎりを飲み込むと、お茶が差し出される。それをごくごく飲み干すと、横からスッと爪楊枝に刺した唐揚げが差し出された。

「空、おかずはどうだ?」

「たべる! あれ、ヤナちゃん? おうちからでてきたの?」

 唐揚げを差し出してくれたのは家に残してきたはずのヤナだった。ヤナは空の口に唐揚げを放り込むと、紗雪の方へと視線を向けた。

「家を結界で閉じて出てきたのだ。ヤナも紗雪が頑張る姿を見たいのだぞ。間に合って良かった」

「そっか、じゃあいっしょにおうえんしよ!」

「うむ。おかずの他に、稲荷寿司も作ってきたからの。口に運んでやるゆえ、たんと食べると良いぞ」

「おいなりさんも!? ありがとう!」

 気の利くヤナが箸で摘まんで差し出してくれたキュウリ漬けをポリポリ囓り、空は口の中をさっぱりさせてから重箱に並んだ稲荷寿司を手に取った。

 茶色いそれにがぶりと齧り付けば、油揚げに染みた汁がじゅわっと口に広がる。中身は出汁の利いた優しい味付けの五目ご飯だ。大きめに切られた具がころころと出てきて、食感や味が楽しい。

「んー、これもおいひーい!」

 空は瞬く間に一つ二つと口に運び、その味わいに頬を緩めた。

「フクはどうだ? よく見えないのだぞ。あ、卵焼きも追加で焼いてきたぞ」

「たまごやき、ちょうだい! フクちゃんは、がんばってるよ! もうすぐおこめ、ぜんぶおちちゃうんじゃないかな?」

 あのもち米を去年より沢山もらえるかもしれないと思うと、フクちゃんへ送る魔力がつい多くなりがちだ。

「そうかそうか。あ、この炒め物はどうだ? 芽レンコンだから柔らかくてシャキシャキだぞ」

「めれんこん? よくわかんないけど、たべる!」

 小さめの乱切りにされた若いレンコンの炒め物は、ヤナの言葉通りシャキシャキと歯ごたえが楽しく、しかし普通のレンコンよりも柔らかくて美味しかった。

「どれもおいひい……」

 気を抜くと意識が全てご飯の方に奪われてしまいそうだ。

 空はダメダメと気を引き締め、また皆の戦いに向き直った。

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― 新着の感想 ―
戦いの最中だから『四歳児の食レポじゃない!』と突っ込む人は、幸い誰もいないようで何より。 アクションシーンと飯テロが同時進行w
ほんと美味しそうでお腹空く~
ママが元気にイキイキ戦ってて嬉しいです。二人の関係性好き……。
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