2-126:それぞれの役割
「せええぇぇぇい!」
弥生たちの田んぼで先陣を切ったのは、真っ直ぐに飛び出した紗雪だった。
ヌシのすぐ手前まで一瞬で近づき、気合いの入った声と共に振り抜かれた刃は銀の光を尾のように引き、スパン、と存外軽い音で茎を一本切り離した。
倒れてくる茎から紗雪が飛び退くと、こちらでもざわりとヌシが動き出し、地面がぐらぐらと揺れる。
「ぱきゅるるるるぅるうう!」
甲高く鳴いてばらりと大きく広がった稲に、次に駆け寄ったのは良夫だった。良夫の肩には小さな白い鳥が乗っている。
「行くぞ!」
「ホピピッ!」
鳥の声を耳元で聞きながら、良夫は地面を思い切り蹴って高く跳んだ。
自分に向かおうとする茎を足場に、トン、トン、と軽快な動きで真っ直ぐ上を目指す。それを止めようと上から鋭い葉が次々振り下ろされたが、それを防いだのはフクちゃんだった。
「ピルルルッ!」
フクちゃんは甲高く一声鳴くと、むくっとニワトリくらいの大きさに膨らみ、良夫の肩を軽く蹴って飛び立った。ビシュンッ、と風を切る音が響き、良夫を襲おうとしていた葉が一瞬でバラバラに刻まれ千切れ飛び、目の前にぽっかりと穴が空いたようになった。
「すっげ……、と、もらいっ!」
良夫はその穴をくぐり抜けてくるりと身をひねると、近くにあった穂の付け根に手にした小太刀を滑らせた。
「一、二っ、三っと! あーもうっ、今年も、多い、な!」
良夫は切った穂が落ちる前にその穂を足がかりにまた次へ飛び、通りすがりに首を落とすように穂を次々切り落としてゆく。
落としながら何となく数えて見たものの、巨大な籾をたわわに実らせた穂は数えるのも嫌になるくらいある。どうやら今年も豊作のようだ。良夫は数えるのを諦め、とりあえず片っ端から穂を落としていくことに集中した。
手にした刀は以前よりも軽く、力が込めやすい。それは善三に付与を調整してもらったからでもあるが、同時に良夫の腕力などが少し向上したせいもある。
「百貫様のお百度参り……ホントに効いたな」
良夫はぼそりと呟いて、近くにあった穂を二つ三つと連続で切り落としまた高く跳んだ。
泰造の助言に従って良夫が百貫様にお参りしてから、何かが劇的に変わったということは特にない。ただ少しだけ力が強くなったような、日々の鍛錬の結果がほんの少しわかりやすくなったような。
そんな気がする、程度の差なのだが、それは意外にも良夫の心を軽くしてくれた。
目に見えずはっきりと感じられず、成長の実感が薄いというのは、そういうものだと覚悟していてもやはり少しずつやる気を削る。停滞している期間が長ければなおさらだ。
僅かでもそこに変化があったというだけで、気分が上向いてやる気が出て、日々の鍛錬にも張り合いが出てくるというものだ。
それを嬉しく思いながら茎や葉の間を飛び移り、ふと下を見れば紗雪がヌシの正面で戦っているのが視界に入った。
紗雪の体は去年良夫と共に戦った幸生たちに比べればずっと小さく、相手にしている茎の本数も少ない。しかしその分紗雪は立ち回りが上手かった。
素早く動き回りつつ、蹴りや体当たりなどの体術も組み合わせて向かってくる太い茎を跳ね返し、隙を見て少しずつ切り飛ばしている。
そうかと思えば、囮としてあえて大げさに左右に逃げ回って見せたり、疲れたように立ち止まったかと思えば一瞬で前に出て大きく切りつけたりと、緩急を付けてヌシの注意を確実に引きつけてくれている。
「……あれなら、いつか俺にも出来るかも」
正面で立ち回る紗雪の姿を見て、良夫はそう呟いた。
良夫の力はまだ紗雪には及ばないと思うが、素早さでは多分勝てるだろう。紗雪の立ち回り方は良夫にとって十分参考になった。
良夫は自分が振るう小太刀に確かな可能性を感じて、気付けば薄らと笑みを浮かべていた。
「ぽきゅるるるうるるぅっ!!」
「ホピルルルルルッ!」
一方、葉を切り刻んで飛んで行ったフクちゃんは、張り合うように高く囀りながらヌシの頭上を斜めに通過し、大分後方へ行ってからくるりと方向転換した。
フクちゃんの飛行モードの弱点は小回りが利かないことだ。フクちゃんはウズラに似た姿のせいか、元々飛ぶよりも走るほうが得意だ。飛べば速度は出るが、その分小回りが難しい。
フクちゃんはヌシの後方で大きく円を描くと、空から届く指示に方向を少し変えた。
(フクちゃん、良夫兄ちゃんは前から左回りで穂を刈り取ってるよ! だからフクちゃんは後ろから見てヌシの右側に飛んで、そこの穂を落としてね!)
「ピルルルルッ!」
お盆に七代から色々習った中で、契約相手との繋がりを意識して、念のように指示を出す、というのを空は大分上手く出来るようになっていた。
フクちゃんからの返事はなく一方通行だが、それでも空の言葉はフクちゃんにはちゃんと届く。
フクちゃんは空の指示通り再びヌシに急接近し、その右側の穂の根元を狙って飛び込んだ。
ズバン! と大きな音が響き、数本の穂が根元からまとめて千切れ飛ぶ。
一拍遅れてドサドサと穂が落ちていき、下から悲鳴が上がった。そしてまたフクちゃんは遠くまで飛んで行き、大きく円を描いて戻ってくる。大回りなのでそれが少し面倒くさい。
(フクちゃん、次は小回りの練習しようね)
「ホピ……」
フクちゃんは今まで飛ぶ練習をあまりしてこなかったことを、ここに来てちょっとだけ後悔した。
「うわっ! あっぶね!」
「ウピャ!」
頭の上から沢山の穂が落ちてくる未来を予見し、泰造は慌てて安全だと見えた場所まで飛び退いた。
泰造の肩に豆の蔓を使ってくっついているテルちゃんが奇妙な声を上げる。
「タイゾー、ノリゴコチワルイヨ!」
「うっさいわ!」
泰造は生意気な精霊の文句を聞き流しながら、急いで頭を下げた。その頭上をブンッという風切り音とともに鋭い葉の攻撃が通り過ぎる。念のために片手に持った竹製の盾を上に翳せば、その表面を掠めた葉はバシッと弾かれ端が千切れ飛んだ。それはもちろん春に空から譲ってもらった、善三特製かつテルちゃん魔改造の盾だ。
葉をやり過ごした後、泰造は今いる場所から一歩横に避け、地下から攻撃してきた根を回避してまた走り出した。
「っと、この辺か」
間断のない攻撃を危なげなく避けながら、泰造は少し先の地面に手に持った小さなスコップをザクリと突き立てた。素早く穴が掘れるよう、幅が狭く円筒に近い形で、先が鋭いスコップだ。
それで土を掘り出し、腰に下げた袋から取り出した種を一つ、出来た穴にさっと放り込む。土を雑に被せて戻すと、すかさず地面を蹴ってドン、と落ちてきた穂を避けて転がった。
「タイゾー、ウマイヨ! ツギハアッチ!」
「はいはい、っと」
指示された場所に向かおうにも、また葉や茎が飛んで来て、地面からは根が伸び、上からは穂が落ちてくる。
それらを的確に、けれどなるべく小さな動作で避けたり弾いたりしながら、泰造は善三に言われた言葉を思い出していた。
『――いいか、泰造。そもそもお前は『見たくない』と思いすぎなんだよ』
装備に付与をしてもらいに工房を訪ねたとき、泰造の能力の詳細を聞いた善三は、最初にそう言った。
「いや、だって、見えちまうんで……」
「そりゃあわかる。だが、そのせいでお前は見たくない見たくないってそればっかりに意識が向いているだろう。あんな、能力ってのはそっちに意識を向けてると、勝手にますますその方面に働くんだよ」
そう言って善三は新品のように煌めく銀色の鉢金を手に取った。
「これには、お前の『見る』という能力への封印が掛けてある。ただし、全てを防ぐものじゃない。そうなりゃお前の出来ることは大分減るだろ?」
「うぐっ……」
確かに、見えなくなれば泰造は魔力も身体能力も村の平均値程度の、これと言って特徴のない男だ。誇れるような技術や特別な魔法というものも特にない。
「見るってのは、お前の武器でもある。いいか、『見たくない』と思うことを止めて、『見たい』『知りたい』ことを、お前がちゃんと選ぶんだ。お前が選んだものだけをこの鉢金は通すからな」
「選ぶ……」
「そうだ。自分の能力に振り回されんな。自分の意思で、ちゃんと従えろ。お前が願ったことをお前の能力は叶えようとする。見たくないと思いながら何をどう見たくないかも決めず、ただ嫌悪するだけじゃ駄目だ。お前が役割を果たすために、『何を見るか』をきちんと決めるんだ」
善三が用意してくれた鉢金を身に付けると、本当に泰造の視界は静かになった。
鉢金を目深に下ろせば、見える視界はとても狭い。その狭い視界に映るものは限られているけれど、それらはいつものように勝手に名前などの情報を泰造に知らせてこない。
「タイゾー、ソノヘンダヨ!」
「おう、っと!」
鉢金で上半分の視界は暗く切り取られているため、今の泰造に見えるのは地面より少し上までだ。
しかし泰造は頭上を薙ぐように振られた茎を、そちらに視線も向けずに身を低くして軽く躱した。
泰造が今『見て』いるのは、ほんの一瞬先の未来。襲いかかる茎や葉、落ちてくる穂。それらが自分にもたらす未来を、泰造は見て、そして躱す。
いつも勝手に使われる魔力が減れば、少しだけ身体強化に振り分ける分が増える。そうなれば大ぶりなヌシの攻撃も、落ちるまでに一定の時間がある稲穂も、避けることは容易かった。
「……見えるって、悪くねぇな」
「タイゾー、ゼンブヨケテテ、チョースゴイヨ!」
「はは、あんがとよ!」
泰造は覆面の内で笑い、走った先に新しい小さな穴を掘る。
泰造とテルちゃんがしているのは、いわば舞台作りだ。弥生と紗雪が力を溜め、大技を使うための下準備を担っている。
端から見ればヌシの足元をちょろちょろと動き回っているだけに見えるだろうが、泰造は真剣だった。
出来ることは大したことじゃなくても、確かに泰造は戦えている。今していることを戦いだと思う者はすくないかもしれないが、誰に知られなくても泰造が己に出来る役割を果たしていることは間違いない。
それは泰造にとっては、想像していたよりずっと嬉しいことだった。




