2-121:稲刈りの準備(1)
仲良く並んで神社に帰って行った弥生とアオギリ様を見送り、空と紗雪も共に家路を辿る。
空がふと隣を見上げれば、紗雪はどこか晴れ晴れとしたような笑顔を浮かべて歩いていた。
「まま、うれしそう」
「そう? ふふ、そうね。ママ、弥生が言いたいこと言えたの見て、すごく嬉しいの」
紗雪はそう言って、まるで自分のことのように嬉しそうに笑う。
「ママも頑張らなきゃ。ヌシなんて、ママが一刀両断にしちゃうもんね!」
「ままならぜったいできるよ! ぼくもテルちゃんやフクちゃんといっしょに、こっそりがんばるね!」
「ガンバルヨ!」
「ホピルルルッ!」
こちらも気合い十分のようだ。
「うん、お願いね……でも空、フクちゃんはお米を落とす役って言ってたけど、テルちゃんには何してもらうの?」
「んー、いちおうかんがえてるけど……たいぞうにいちゃんといてもらうのがいいかなって」
泰造はどう考えても攻撃向きではないし、テルちゃんが出来ることも今のところ限られている。セットにして他のメンバーの補助をしてもらうのが安心だろう。
テルちゃんが泰造を巻き込んだ申し訳なさがあるので、空も何か作戦を考えなくてはいけない。
「タイゾーノコトハ、テルニマカセルヨ!」
「それはぎゃくだとおもうなぁ……そういえば、テルちゃんはなんでたいぞうにいちゃんをえらんだの? ほかにもっとつよそうなひと、いたよね?」
田んぼに集っていた村人の中には、田起し大会で活躍した人たちも多く交じっていたはずだ。顔見知りだからというのはあるだろうが、それなら最初から良夫を選んでいてもいい気がする。
空がそう問いかけると、テルちゃんはダッテ、と口を開いた。
「タイゾーハ、チョットテルトニテルヨ! マイゴノゴアンナイノ、ソシツアルヨ!」
「まいごのごあんない……それはあるかも?」
泰造の能力を考えると、確かにそれは納得できる意見だ。むしろ本人に合った具体的なアドバイスが出来るという点では、多分テルちゃんは負けている気がする。
「タイゾー、モットイロイロデキルノニ、ジシンナイノモッタイナイヨ! ダカラセーコータイケンッテヤツ、ツマセルンダヨ!」
「成功体験? テルちゃんは難しい言葉知ってるのねぇ」
紗雪はそう感心しているが、空は抱いているテルちゃんの帽子を見ながら困ったように眉を下げた。
(一応テルちゃんなりに理由はあるのかぁ。成功体験をさせるのは良いと思う……けど形を得て半年のこのちびっ子精霊にそれを促されてるのって、余計なお世話って怒られそう……内緒にしておこうかな)
泰造にもプライドがあるだろう、と空はそれについては口を噤むことにしてテルちゃんの頭をそっと撫でた。
「なんかわかったけど……あんまりたいぞうにいちゃんに、むちゃさせたらだめだからね?」
「リョーカイダヨ!」
テルちゃんは任せろとばかりに元気良くそう言って、ピコピコと葉を揺らしている。
不安は残るが、そこは空が上手くコントロールするべきだろう。
自分の顔の側で揺れる葉を眺め、空はふと使えそうな案を思いついた。
「んー……いけるかな? じゃあとりあえずおうちかえって、じゅんびしないとかなぁ」
「準備?」
「うん。たぶんまだまにあうとおもう……まま、いそいでかえろ!」
今日は朝食の片付けもそこそこにして家を出てきたので、まだ時間は早い。
空は紗雪と繋いだ手をぐいぐい引っ張って、足を速めた。
紗雪はくすりと笑うと、そんな空の体をテルちゃんやフクちゃんごとサッと掬って抱き上げる。
「じゃあ急いで帰ろっか!」
「うん!」
紗雪が走れば、家まではあっという間だ。
はしゃぐ声を置き去りに、紗雪と空は金色の田んぼの間を駆け抜けていった。
「到着ー!」
「とうちゃーく!」
あっという間に家に帰り着くと、玄関先には団子屋の屋台が停まっていた。
「あ、おだんごやさん、やっぱりまだいた!」
「だんごやさん……あ、猫の団子屋さん?」
「うん! ままもしってる?」
空が聞くと紗雪は嬉しそうに頷いた。
「もちろん! 猫西さんのお団子、ママも大好きだったよ!」
「じゃあ、いっしょにたべよ!」
二人で玄関に入ると、猫西がちょうど今日の団子をお勧めしていたところだった。
「おや、お帰り二人とも。ちょうど猫西が来ておったのだぞ」
「ただいま! こんにちは、ねこにしさん!」
「ただいま。あ、猫西さん久しぶり!」
「やあ、こんにちは。紗雪ちゃん、本当に久しぶりだねぇ」
猫西は紗雪の顔を見ると嬉しそうに尻尾を揺らし、手に持っていたお盆を差し出した。
「紗雪ちゃん、良かったら久しぶりにうちの団子でもどうだろうね。今日は焼き団子に、ずんだ餡と芋餡がお勧めだよ」
お盆の上には香ばしく焼いて醤油を塗られた団子と、緑と黄色の餡をそれぞれ纏った団子、ピンク色の花団子が並んでいる。色鮮やかでどれも美味しそうだ。
「わぁ、美味しそう。どれがいいか迷っちゃうわね」
「ぜんぶください!」
一切迷わない空がピッと手を挙げる。
その潔さにくすくす笑いながら、猫西は黄色い団子を一本手に取って紗雪に、緑色の団子を空に手渡した。
「これは久しぶりだからオマケだよ。紗雪ちゃんは芋餡が好きだったね」
「憶えててくれたんだ……どうもありがとう、いただきます」
紗雪が懐かしい気持ちで団子を味わっている間に、空は猫西が横に置いていた仔守玉を勝手に拾って魔力を込めた。玉に魔力を込めるのももう慣れたものだ。片手にずんだ団子を持って、もちもちと味わいつつでもちゃんと出来ている。
「空、いつも通り、四種類を五本ずつで良いのかの?」
「うん!」
「はいよ、毎度あり。じゃあ包んでくるから少し待っておくれね」
「ああ、頼むのだぞ」
家の皿に載せてもらっても良いのだが、葉に包んだ方が団子が乾燥したり味が落ちたりしないのだ。
猫西が玄関を出て行くのを見送り、空は急いで貰った団子を食べ終えた。
「ぼく、つつむのみるのすきだから、そとにいるね!」
「別に良いが、敷地から出てはいけないぞ?」
「でないからだいじょぶ!」
空は食べ終えた串をヤナに渡すと玄関から外に出た。
猫西はちょうど屋台の横で、巻き紙草の根元に水をやっているところだった。
「ねこにしさん!」
「うん? どうしたね、坊や」
「あんね、ききたいことがあるの……このまきがみそうって、まりょくではっぱがおっきくなるっていったよね? どのくらいまでおっきくできるの?」
その質問に猫西は頷き、両手をうんと広げて見せた。
「そりゃもう、うーんと大きくできるんだね。オレも坊やも丸ごと包んでまだ余るほどにね。もしかしたら、この屋台だって包んじまうかもしれないね」
「そっか……じゃあ、どのくらいじょうぶ?」
「丈夫さかぁ……試したことが無いからよくわからないけど、それも大きさによるかな? 多分、大きいのはかなり丈夫なはずだね」
巻き紙草の葉は小さなものでもしっかりしていて、団子を沢山包んでも全く破れたりする気配がない。空は思った通りの返事に、うん、と頷くと、猫西の側まで行ってぺこりと頭を下げた。
「ねこにしさん、あんね、このくさのたねがあったら、ちょっとでいいから、ぼくにわけてください!」
「へ? 巻き紙草の種を? そりゃあ一応草だから、枯れる前に種取りはしてるけど……何に使うんだね?」
首を傾げる猫西に、空はえへへと誤魔化すように笑う。
「やよいちゃんと、アオギリさまのためにつかうの!」
「アオギリ様の……ひょっとして結婚の贈り物でも包むのかい? けどこれはちと扱いが難しいからなぁ……」
アオギリ様のために使うと言われれば分けてやりたいが、と猫西は迷う。すると屋根の葉陰にいた相方の白妙がひょこりと顔を出し、ニャアと一声鳴いた。
「え? 分けてやれって? うーん……分かったよ。けど、一つだけだよ? あと管理できないとこに植えたら駄目だからね?」
「それでいいです! もらったのは、ここのにわにうえるからだいじょぶ!」
「ダイジョブ!」
空の足元でじっと話を聞いていたテルちゃんがそう言って胸を張る。
「何故だろう……何だかちょっと不安なんだね……」
猫西はしばらく考え、そう首を傾げつつも巻き紙草の種を一つ分けてくれたのだった。




