2-118:巻き込まれ体質
後に残された村人たちは、ざわざわとこの勝負をどう見るか、誰が参加するかと話をし出した。
そんな中、弥生はスッと前に出て、田んぼの結界に指を伸ばす。光る結界に触れた弥生の指はスッと素通りし、弾かれることはなかった。
「私は大丈夫そうね……他はどうしよう」
「うむ……本来なら、米田さんと田村さんに頼んでおったが……」
辰巳はそう言って幸生と和義に視線を向けた。二人はそれぞれ頷くと、田んぼの縁まで行って弥生がしたように手を伸ばす。すると指先が光に触れた途端、バチッと音がして二人の手が大きく弾かれた。
「イテッ!」
「む……」
どうやら二人はサノカミ様の選定から外れてしまったらしい。
「ふむ……そなたらは強すぎたから弾かれたのであろうの。だとすると……恐らくは、弥生と同じくらいの強さか、あるいはそれより弱い者なら参加が許されるかもしれん」
アオギリ様のその言葉にまた村人たちがざわめく。
弥生は村ではそれなりの実力者だ。しかし巫女としての能力が主で、体術や攻撃的な魔法にはそれほど長けていない。
「俺は姉さんと同系統だから、手伝うのはちょっと難しいかな」
弥生の弟で神社の禰宜である大和は去年の参加者だが、術が得意で後衛だった。後衛二人では稲を刈る手が不足するのは間違いない。
ならば残りの参加者はそれを補う者が良いのか、と皆は誰がいいか口々に好きな名前を挙げていく。
若いのがいいか、もう少し上の方がいいんじゃないか、いや、その世代には不安が、などという声が飛び交う中、人垣の中から静かに前に出たのは紗雪だった。
紗雪は一歩、二歩と田んぼに近づく。すると周りの皆がそれに気付き、自然と口をつぐんだ。
静かになった中、紗雪は田んぼの縁まで行くと真っ直ぐに手を伸ばした。
「紗雪……何でここに」
紗雪の手は、弾かれなかった。
ほ、と息を吐き、安堵したように薄く微笑むと紗雪は弥生へと向き直る。
「私が出る。私、きっとこのために帰ってきたのよ。弥生、一緒に戦わせて」
「……うん。お願い、紗雪」
弥生は真っ直ぐに紗雪を見つめ、強く頷いた。
(ママ……弥生ちゃんのために、戦うんだ)
二人の姿を見て、空は何だか胸が熱くなるような気がした。
長い年月遠く離れていても、紗雪も弥生も変わらずお互いのことを親友だと思っていたのは見ていれば何となく理解出来た。
何年離れていても再会すればまた昔のように笑いあえることを、その言葉で表すのかもしれない。
空は何だか二人の為に自分も何かしたいような、そんな気持ちが湧いてきてぎゅっと胸を押さえた。するとその気持ちを読んだように、胸元がピカリと光ってテルちゃんがいきなり現れる。
「わっ、テルちゃん」
「ソラ! テル、イマノキイテタヨ! ソラノキモチ、ワカッタヨ!」
「え……でも、ぼくはさんかできないよ。まだちいさいもん」
空がそう言って首を横に振ると、テルちゃんは分かっていると言うようにピコピコと頷いた。そして片手をピッと前に出してくる。
「ソラ、マメチョウダイ!」
「まめ? えんどうまめのたねのこと?」
「ソウ! チョットデイイヨ!」
テルちゃんはそれで一体何をする気なのかと、空は訝しみ、拒否するべきか悩んだ。しかし同時に、この破天荒な精霊がこの状況で何をしでかすのか、今は少し期待したい気持ちも湧いてしまう。
空はその気持ちに押されるようにして、最近出かけるときはいつも腰に付けている小さな魔法鞄を開いた。そこから種の入った小袋を一つ取りだし、テルちゃんにそっと渡す。
「マリョクモ、チョットチョウダイ!」
「うーん……ま、いっか。いまだけだよ。あんまりいっぱいはだめだからね!」
「ワカッテルヨ!」
テルちゃんはそう言うとくるりと体を回して辺りを見回し、人垣の中に交じっている背の高い姿に狙いを定め歩き出した。小さな精霊は足元にいれば存在に気付かれにくい。
それを利用してテルちゃんはチョロチョロと人垣を抜け、目当ての人の足元まで忍び寄ると、その後ろにエンドウ豆の種を蒔き、魔力を流す。
空がそれを許したせいで豆の蔓はあっという間ににょきにょきと伸び、周りの人間が気付いたときにはすぐ前にいた人間にざわりと絡みついた。
「おわっ!?」
エンドウ豆に絡みつかれたのは泰造だった。豆の蔓は泰造の手をしゅるりと掴んで勝手に動かすと、ビシッと高くまっすぐ天へと向けた。テルちゃんはすかさずその蔓を伝って泰造の体を駆け上り、その肩に載って大きく叫んだ。
「サンカスルヨ! タイゾート、ツカイマノテルガ、サンカスルヨ!」
「ホピピホピッ!」
「ア、フクモダヨ!」
いつの間にか、空の肩にいたフクちゃんまでもがこっそり飛び立ち、泰造の頭の上に舞い降りている。
「はあっ!? ちょっと待てこら! この謎生物ども! 俺はそんなこと言ってねぇし、お前らは俺のもがっ」
蔓が泰造の口をふさぎ、その体をぐいぐいと前に押し出す。
泰造は暴れようとしたが、全身に絡みついた蔓はなかなかに手強い。泰造の体を持ち上げて浮かせたかと思うと、どんどん蔓を伸ばしてその体を前へと送り出す。泰造はぎこちない動きで無理矢理前に出させられ、手が勝手に結界に触れ――弾かれることはなかった。
「ヨシ!」
「いやヨシじゃねぇから! ちょっと待てお前……」
泰造は結界に触れた手を無理矢理引き戻すと、口を塞いだ蔓を引き剥がしてぐいっと引っ張り、体を無理矢理反転させながら声を荒げた。しかし反論しようとした顔を上げた途端、村人たちの期待に満ちた視線に迎えられ、思わず言葉を失った。
「たいぞーにいちゃん、かっこいい! がんばって!」
空がここぞとばかりに口火を切って声を掛けると、周りからも次々と声援が上がった。
「泰造、見直したぞ!」
「お前も田植えで毎回頑張ってるもんな! やってやれ!」
「応援するよー!」
「う……、あ、いや、え、えええ……!?」
泰造はその空気に完全に呑まれ、言葉を失って立ち尽くし視線を彷徨わせた。ふと、その視界を見知った顔が通り過ぎる。
「っ……良夫! お前も参加しろ!」
「はぁっ!?」
泰造はエンドウ豆を振り払うように勢い良く良夫の所まで走り寄ると、その腕をぐいっと引っ張って慌てる背中を結界の方に押しやった。
「ちょっと待てよお前、何で俺まで!」
「うるせえ! お前、行くなっつったのにお百度参り行ったんだろうが! 俺が役に立ったんだから、代わりにお前も手伝え!」
「う、それは……! はぁ……仕方ないか」
確かに良夫は百貫様へのお百度参りを既に済ませ、実は密かに以前よりパワーアップしている。泰造の助言が役に立ったことは事実だ。
良夫はため息を一つ吐くと、田んぼの縁まで行って結界に触れた。
その手は当然のように弾かれず、これで四人目の参加者が無事に決まったのだった。
村人たちは歓声を上げ、参加者たちに向けて拍手と声援を送った。
その騒ぎの中、幸生と雪乃、善三と和義は困ったように泰造の肩に陣取った空の精霊を見ていた。
「おい、ありゃあいいのか、放っといて」
「だよなぁ。あのチビたち、泰造の使い魔じゃねぇよな? 問題ねぇのか?」
「……使い魔は制限なしと言っていた。制限なしと言うことは、誰のものかも不問ということだろう、多分」
「そうねぇ……多分大丈夫だと思うわ。けど……」
雪乃は言葉を切ってすぐ側にいる空へと視線を向けた。空はキラキラした瞳で参加が決まった四人と、自分の精霊たちを見つめている。
「おにぎりがまた沢山いりそうね」
「山盛り握ろう」
「そうだな……しゃぁねぇ、俺んちからもおかずや具を寄付するぜ」
「うちからも何か出すか……」
この騒動で、一体空はどれだけのおにぎりを食べるやら。
新米の収穫前に倉の米がなくなりそうだ、と四人は密かに心配したのだった。




