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僕は今すぐ前世の記憶を捨てたい。  作者: 旭/星畑旭
二年目の秋

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2-117:挑まれた勝負

 結局その日、空たちが魔砕村に帰り着いたのは日もすっかり暮れた頃だった。

 紗雪を伴って帰ってきたことにヤナと幸生は驚きつつも歓迎してくれた。

 ヤナが用意してくれたおかずと作り置きで手早く夕飯を済ませ、空は紗雪に寝かしつけられて眠りについた。


 そして次の日、紗雪は朝食の片付けを終えてから弥生を訪ねようと考えていたのだが。

「おーい、邪魔するぞ!」

 片付けをしていたところに玄関が開く音と大きな声が聞こえてくる。

 幸生が立ち上がり玄関に向かうと、そこには和義と善三が立っていた。

「おう、幸生。ちっと広場の手前まで来てくれや。ヌシが出たんだが、騒ぎになってんだ」

 和義がそう言って片手を挙げ、親指を立てて外に向けた。

「騒ぎ?」

「ああ。今年はどういう訳か二枚分の田んぼでヌシが出そうだという話だったろう。あれがやっぱりそうなったんだが……どうもそれだけじゃないらしい」

 善三が説明すると、和義も頷いた。

「なんかおかしいから、お前も見に来てくれや」

「……わかった」

 ヌシが二体出れば、一体は幸生と和義が担当することになっていた。幸生は和義に頷き、それから後ろを振り向く。後ろには紗雪が立っていた。

「ついでだ、一緒に行くか?」

「あれ、紗雪ちゃん? どうしたんだ、帰ってきたのか?」

「こんにちは、和おじさん、善三さん。県内の移住説明会に来たんだけど、ついでだから泊まってたの」

「ああ、移住の話か。早く話が決まるといいな」

「うん。あ、父さん、私も一緒に行くわ。どうせこの後神社を訪ねるつもりだったし」

「わかった」

「ぼくもいくー!」

 空も手を挙げ、玄関に駆け寄って草鞋を履いた。雪乃も出てきて気になるから行くと言い出し、結局ヤナを留守番に、米田家の全員で広場の方へと向かうことになった。


 広場の南側に着くと、そこには人だかりが出来ていた。その人垣の向こうに、すっかり集まってもさっと大きく育ったヌシが二体そびえ立っている。

 見た目は去年と同じ、木のように太い何本もの稲が真っ直ぐ十メートルほど伸び、その天辺にカツラを雑に載せたような鋭い葉が広がっている。そしてその茎と葉の境目辺りから無数の巨大な穂がぶら下がっていた。

 そんなそっくり同じおかしな物体が二つ、隣り合わせた田んぼに並んでいるのだ。

「やっぱり、へんなの……」

「うわぁ、ヌシだ! 何かすごく久しぶり!」

 空が思わず素直な感想を零した隣では、久しぶりに目にしたヌシの姿に紗雪が嬉しそうな声を上げた。

「おう、ちっと前開けてくれや。すまねぇな」

 前を歩いていた和義がそう言って人垣に声を掛けると、その真ん中に道が出来る。和義たちの後に続いて、空たちも田んぼがよく見える場所までやって来た。

 人垣の前方では、龍花家の面々が難しい顔でヌシを見つめていた。弥生の姿を見た紗雪の顔がパッと明るくなる。

 しかし当の弥生は渋い顔で、ヌシのいる田んぼをじっと見つめていた。

「和義、何がおかしいんだ?」

「ああ、あれだ。田んぼの周りを、何か結界みたいなのが囲んでんのが見えるか?」

 そう言って和義が指さしたのは、弥生たちが見つめている先、田んぼのすぐ手前だった。

「あら……本当に結界ね」

 雪乃がそう言って田んぼの周りを見回す。

 主がいる二枚の田んぼ、それぞれの縁をぐるりと薄い光の帯が取り囲んでいるのだ。帯の幅は五十センチほどで、地面から一メートルくらいの高さで微かに光っている。そして弥生たちが見つめている場所には、真ん中に封と書かれた四角い魔法陣のようなものが浮いていた。

「ヌシの様子を見ようとしてもあれのせいで弾かれて、皆近づけねぇのさ。いつもなら稲刈りの日取りを決めるために、役場のもんがちょっと近づくくらいは平気だったんだが」

「薄く見えるが、かなりの強度の結界だぜ」

「結界……今までのヌシにそんなものが出たことあったか?」

「いや、覚えがねぇな。多分初めてだろ」

「一体どうしたのかしら、今年は……」

 村人たちは見慣れない現象に困惑し、お互いに顔を見合わせては首を傾げた。

 そこにまた、道を開けてくれ、という声がどこかから掛かった。

「アオギリ様」

「アオギリ様だ」

「アオギリ様、こんにちは!」

 人垣の向こうから姿を見せたのはアオギリ様だった。道を開けた村人たちが口々に挨拶したり声を掛けたりし、アオギリ様はにこやかに手を振ってその間を通り過ぎた。

「アオギリ様、ご足労願い申し訳ありません」

 辰巳が前に出てアオギリ様を迎え、そう言って頭を下げる。アオギリ様は首を横に振って、それから困ったような表情でヌシを見上げ、視線を下げて結界を眺めた。

「ははあ……こう来たか」

 アオギリ様は困ったように眉を下げて呟いた。

「アオギリ様、これが何かお分かりで?」

「うむ……恐らくはサノカミ殿からの試練……まぁ、ちょっとしたいたずらみたいなものであろう。神というのは、人に試練を与えるのが好きだからのう」

「試練、ですか。それは一体どのような……」

 辰巳がその言葉に戸惑いながら問うと、アオギリ様は「来たようだ」と小さく呟いた。

「道を開けてくださいな!」

 高い声がどこかから上がって、またわさわさと人垣が割れる。割れた場所から進み出たのは、アオギリ様の見合い相手だという、鈴木狐姫すずきこひめだった。

「何ですの、せっかく先触れを出して神社を訪ねたのに、不在など失礼じゃありませんの!」

 狐姫は辰巳や弥生の前まで来ると、不機嫌そうな顔を隠しもせず言い放った。そんな彼女を面白くなさそうに睨みながら、弥生が一歩前に進み出る。

「こっちの都合を聞きもせず勝手に予定を告げてくるだけの使い魔なんて、先触れとは言わないのよ! しかもここんとこ毎日じゃないの、そんなのいちいち相手してらんないわよ!」

「あら、別に貴女に会いに来てるわけじゃなし、気にしなければいいじゃありませんの。お構いなく?」

 狐姫は初対面のときに被っていた猫はどこへやら、弥生を馬鹿にしたように鼻で笑う。

 空はそれを見て何だか怖いなぁと少しだけ後退った。

(女同士の戦い怖い……あと、こんな態度で見合いが成功すると思ってるの、ある意味すごい)

 この強気の態度には何か根拠や勝算があるのだろうか、と見ていて不思議に感じてしまう。

 しかし子供にそんな感想を抱かれていると狐姫は気づきもせず、アオギリ様に視線を向け、にこりと艶やかに微笑んだ。

「アオギリ様。私、この村の田の神様からご神託を授かりましたの。『龍の嫁として立つを望む者、我が庭にて競い合い、己が力を示すがよい』と」

「やはりか……サノカミ殿もお節介で、困ったものだの」

「はあ!? 何よそれ! まさか、今年のヌシが二体出たのはそういうことなの!? ってか私そんな話サノカミ様から聞いてないけど!?」

「あらあら、それは残念ですこと。お年を召して神通力が衰えたのではなくって?」

「んなっ……!?」

 絶妙に腹の立つ言葉に、弥生は思わず声を荒げかけた。しかしどうにかそれを堪え、荒くなった息を整えるように深呼吸をし、己を宥める。

 そして田んぼを見て、それからアオギリ様に視線を向け、最後にまた狐姫に強い眼差しを向けた。

「アンタは、ヌシに挑むって言うのね?」

「ええ。あのおかしな稲を全て切り倒せば良いのでしょう? 簡単ですわ」

(……絶対簡単じゃないと思う)

 空を始め、この場の全員の気持ちが一つになったが、誰もそれを口にはしなかった。皆の強い視線が、応援するように弥生へと向かう。

 弥生は狐姫に向けてはっきりと頷いた。

「なら、私と勝負よ。どのみち私は今年のヌシ退治に出ることになっていたしね」

「ええ、よろしくてよ。ああ、田の神様が仰るには、参加人数はそれぞれ四人まで、式神や使い魔の類いは制限なしとのことですわ。ただし、参加出来る者は選別なさるそうよ」

 そう言って狐姫は封と書かれた結界を指さした。

「この結界に触れて弾かれない者だけが参加出来るわ」

「わかったわ。アンタは一人なの?」

「いいえ。狐月……ちょっと、何でそんな向こうにいるのよ。こっちに来なさいな!」

 狐姫は誰かの名を呼び振り返った。しかし自分の後ろに村人しかいないことに気がつき、慌てて視線を動かし目当ての相手を見つけて呼びつけた。

 人垣がもそもそと割れ、その向こうから渋々という様子で背の高い若い男が現れた。

「何で私の後ろにいないのよ!」

「ええ~、そんなん同類と思われたら嫌だからに決まってるしぃ」

「何ですって!?」

 現れた男は狐姫の怒りなど意に介せず、背の高い体を軽く折ってペコペコと周囲に頭を下げた。

「狐姫が腹立つことばっかり言って、ホントすいません。あ、俺はこれの従兄弟の狐月こげつってもんです。どうぞよろしく……は無理でも、それなりに目こぼしお願いしますぅ」

 こちらはこちらでなかなかいい性格をしているようだ。空はそんなことを考えながら、男の頭にピンと立った狐耳に目を奪われていた。下を見れば、足の向こうにふさりとした太い尻尾が見える。

 従兄弟と言うだけあって、こちらも稲荷の系譜の狐族らしい。だが狐姫と違ってちゃんと耳と尻尾があるようだ。

「な、生意気……! いいからアンタも稲刈りに参加するのよ! 手伝いなさい!」

「はー……別にいいけど……いやホントは全然良くないけど、勝てば俺の見合い話も片が付くかもだしなぁ。けど、そんな性格悪いとこばっか見せて、大丈夫なの? ちゃんと嫁に行けんの?」

「大丈夫よ! 嫁いだら大人しくするから! 結局この世は力も気も強い者が勝って、欲しいものを手に入れるのよ!」

(そういう問題じゃない気がする。あとそれを本人を目の前に言い切るのはどうなんだろう……)

 空を含めた村人たちの呆れた目が狐姫に向かう。またも全員の心が一つになったようだ。

 しかしこの狐娘は性格の悪さで人の神経を逆撫でしつつも、どこか憎みきれない裏表のなさやしたたかさを持つことも確かだった。

 この強かさなら、もしかしたら割と魔砕村に馴染むことが出来るのかもしれない、という可能性を感じさせてくる。

「とにかく、こちらは二人で人数が少ない分、あとはそれぞれの使い魔を出しますわ! 自信がなければ逃げてもよろしくてよ!」

「誰が逃げるのよ! あとここの田んぼのヌシを舐めんじゃないわよ! 稲刈りは明後日よ、首洗って待ってなさい!」

「ふふふ、そっちこそ。楽しみにしてますわ!」

 そう言い捨てると狐姫はくるりと踵を返し、人垣をかき分けるようにして去って行った。後に残された狐月は、はぁと深いため息を吐いてまた頭を下げた。

「ホントにすいませんねぇ。狐姫は実力はあるんですが、狐一族に生まれたのに耳も尻尾もないっていう劣等感を拗らせて、いつの頃からかあんな感じで性格がねじ曲がってしまって……どうにか強い神さんのところに嫁入りして、周りを見返そうと一生懸命なだけなんです、多分」

 狐月はそんなフォローになっているのかいないのか分からないようなことを言いつつも、どこか優しい眼差しをしていた。手の掛かる従姉妹に振り回されつつも、見捨てる気はないらしい。

「ふむ。我とはどうも合わぬ気がするゆえ、その話は断ってきたのだがの」

 アオギリ様がそう言うと、狐月は首を横に振った。

「それで納得するならここまで来てませんて。あれも必死なんです」

「そうか……見合いを勧めてきた筋も、我が消失するよりは変質や縄張り替えの方がまだマシと思っているようだの。あの娘が駄目でも諦めぬのだろうな。全く、お節介が多くて難儀な事だ」

「案外あのくらいやる気がある方が、新しい縁も繋がるかもしれませんし……ま、見合い話が進むかどうかは別として、勝負は真面目にやらせてもらいます。神さんの試練は怠けると後が怖そうですんで。では、俺もこれで」

 狐月はそう言ってまた頭を下げ、狐姫をのんびりと追うように去っていった。

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― 新着の感想 ―
昨年のヌシのことを思い出すに、弥生ちゃんが参加するなら紗雪ママと他に強力なメンバーが二人くらい必要そうだけど。はたして誰になるのか。 弥生の父である幸生おじいちゃんと誰かかな?いや、紗雪がパワー型だか…
テルちゃんと狐姫のカラミ見てみたい気がする。なんかちょっと面白そう。
なんかコレヤバい事態の前触れとかじゃないですか? 婚活バトルとかしてる場合じゃなくなりそうな…。
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