2-100:可愛い団子屋
「だんご~、だんご。おいしいだんごはいかがかね~」
鳥居を潜って参道を抜け、神社の境内に入ると、どこかから軽快な声が聞こえた。
声がした方を見れば、境内の端の木陰に屋台が一つ立っている。
「おだんごやさんだ!」
「ホピピピッ!」
だんごと書かれた旗が立つ屋台は、リヤカーの上に屋根付きの小屋を載せたような古めかしい外観をしていた。木製の壁に赤い屋根で、屋根の下には紺地に白でだんごと書かれた暖簾が下がっている。
だが不思議なことに、その壁の一部には曲がりくねった木が絡まり、赤い屋根は大きな葉を着けた蔓に半分覆われていた。蔓と半ば一体化したような面白い外観の屋台だ。
「わぁ……あ、おだんご!」
小屋の側面は大きく開かれ、丁度空の目線くらいの高さに設えられた台に商品がきれいに並んでいた。台の上に漆塗りのお盆が並べられ、その上に餡子やみたらしを纏った団子や、緑や三色の団子が山盛りにされている。
それを見た空は瞳を輝かせ、ヤナの手を離してタッと走り出した。団子屋目指して真っ直ぐ駆けていった空は、しかし屋台の少し手前で足を止め、背伸びをして屋台の上を覗き込んだ。
「空、どうしたのだぞ?」
後を追ってきたヤナがその背に声を掛けると、空は戸惑ったような表情で振り向いた。
「だんごやさん、おるすみたい……」
空はそう言って肩を落とした。並ぶ団子の向こう側は空っぽで、店主の姿が見えないのだ。さっきまで客引きの声が聞こえていたのに、一体どこにいってしまったのかと空は周囲を見回す。
ヤナは首を傾げると屋台の中を覗き込み、一つ頷くと手を伸ばして空を抱き上げた。
「ほら、空。ちゃんと団子屋はそこにおるぞ。邪魔するのだぞ、猫西。久しいな」
「えっ!?」
空が驚いて屋台に視線を戻すと、ヤナの挨拶が聞こえたのか団子の向こうから黒い頭がひょこりと立ち上がった。どうやら空の背丈では見えなかっただけらしい。
留守ではなかったことにホッとした空は、しかし現れた店主の姿を見て驚き、思わず動きを止めた。
「はい、いらっしゃい! おや、ヤナさんかい? 外に出てくるなんて珍しいね。久しぶりだねぇ」
そう言ってニッと犬歯を見せて笑ったのは、すらりとした体をした黒い猫だったのだ。
短めの毛並みはきれいに整っていて、前足の先が短い手袋をしたように僅かに白い。瞳は青と緑の中間のような不思議な色に煌めいている。細い体にぴったり合わせた青いエプロンが良く似合っていた。
「え、だんごやさん……えっと、ねこ……さん?」
「ん? ああ、そういえば言ってなかったか?」
「こんにちは、猫西さん。久しぶりねぇ」
驚く空を余所に、雪乃も黒猫に挨拶をする。黒猫は雪乃の姿を見て、ひょいと片方の前足を挙げてピンクの肉球を見せた。
「やぁ、いらっしゃい。本当に久しぶりだよ雪乃さん!」
「ねこさん……ねこにしさん?」
猫が屋台をやっているということに驚き固まる空に、ヤナがうむと頷く。
「あれは猫又なのだぞ。猫宮などと同じだな。こやつは流しの団子屋を営む、猫西というのだぞ」
「ねこみやさんとおなじ……そっか、うん、わかった!」
秋になると魔砕村を訪れる猫たちと同じということか、と空はどうにか理解し頷いた。猫宮たちには店をやっているような仲間はいなかったが、何事も例外はあると言うことなのだろう。
「猫西は他の猫とはちと違っておるのだぞ。ゴロゴロしたり家の中で暮らすより、商売や旅をする方が好きという変わり者の猫又なのだ」
「変わり者たぁひどいんだね、ヤナさん」
「本当だろう。旅暮らしばかりで、前にこの村に来たのは何年前だか憶えておるのか?」
ヤナが笑うと、猫西は爪の先で頭を掻いて、首を傾げた。
猫宮には攻撃的だったヤナだが、猫西に対しては態度が柔らかい。家に居着かない習性の猫なら家守のライバルにはならないので、寛大なのかもしれない。
「はてさて……五年? もっとかね? ううん、どうも猫又になってから時間の感覚がわからなくてねぇ」
「あはは、まぁ良いのだぞ。とりあえず、うちの可愛い空に自慢の団子を振る舞ってやってくれ」
ヤナがそう言うと、猫西はヤナに抱かれた空に視線を向けた。空が手を振ると、おや、と呟いて空と雪乃を交互に眺める。
「雪乃さんのお孫さんかい?」
「ええ。孫の一人よ」
「そらです、こんにちは!」
空が手を振って挨拶すると、猫西も手を振り返してくれた。
「こんにちは。紗雪ちゃんの小さい頃によく似てるね。じゃあ、坊やが俺が待ってたお客だね、きっと」
「まってたおきゃく? ぼく?」
首を傾げた空に、猫西はうんうんと頷いた。
「風の噂便で、魔砕村の米田家によく食べる孫が来たって聞いたんだね。魔力が特別多い子供だってね」
「あら、そんなことが噂になってたの?」
雪乃が不思議そうにヤナに問うと、ヤナはうむと頷いた。
「米田家に孫が来たこと、元気になったこと、よく食べることなんかは、ヤナが皆に知らせたのだぞ。家守だとか、場に付く神は退屈している者も多いからそういう他愛ない話も喜ばれるからの」
「なるほどね。なら猫西さん、空を待っていたってことは何か事情があるのかしら?」
その質問に猫西は頷き、その前にと目の前にあったみたらし団子に前足を伸ばした。
「ちと相談があるから、その前にうちの団子を味見してもらおうかね。ささ、坊や、良かったらどうぞ」
猫西はそう言って団子の串を空を抱いたヤナへと差し出す。白い手袋のような毛色の前足には、いつの間にはめたのかビニールの手袋を着けている。猫の手にぴったり合った細い手袋だ。
ちゃんと衛生に気を使っているのだなと空がそれに感心していると、ヤナが団子を受け取り空へと手渡してくれた。
「ありがとう! いただきまーす!」
「はい、どうぞ」
受け取った団子は、少し小さめで食べやすい大きさだった。小ぶりな玉を三つ串に刺し、そこにぷるんとしたみたらし餡を適度に絡めてある。空の好みからすると少し餡が少ないかなと思ったが、口に運ぶとそんなことはたちまちどうでも良くなった。
「んむ……んん、おいしい!」
空はその美味しさに思わず目を見開いた。
団子はもちもちと歯ごたえがあるが硬すぎずちょうど良い。丁寧に炙って薄い焦げ目を広く付けてあって、それが香ばしさを足している。
食べやすさを考えてか外側の餡は少なめだと感じたが、何と中にも餡が少しだけ閉じ込められていて、団子を噛んだら追加でとろりと出てきたのだ。
砂糖醤油の味加減も絶妙だ。使っている醤油が良いのか、何だかいくつでも食べたくなる後を引く味だった。
「うむ、美味い。相変わらず良い腕なのだぞ」
「ええ、とっても美味しいわ。なかなかこの深い味わいは、家では出せないのよね。さすがは団子屋さんね」
ヤナと雪乃も一つずつ貰い、ゆっくり味わっては感心したように頷いている。
「へへ、お褒めの言葉をどうもだね。口に合ったなら何よりだよ」
猫西は嬉しそうな声音でそう言い、満足そうにヒゲと二本の尾を揺らした。
そして屋台の中にある棚をごそごそと漁ると、透明な球がたくさん入った瓶をよいしょと引っ張り出した。
「で、相談ってのはだね。うちの団子はいくら食べてもいいから、そのお代を坊やの魔力を込めたこの仔守玉で貰えないかってことなんだね」




