2-98:お騒がせ精霊
「さて、じゃあそろそろお暇しましょうか」
「うん! ぶどういっぱい、どうもありがとう! またくるね!」
休憩を終えた後、空と雪乃はそろそろお昼ご飯を食べに帰ろうかということになった。
空の活躍で収穫作業が思ったより捗ったこともあり、今日の出荷分は十分だと圭人に言われたのだ。収穫のお礼にと少し形の悪い物を含めて葡萄を沢山貰い、空は上機嫌だ。
「どうもありがとうございました。また後日お願いします」
「ええ、また連絡してくださいな」
「まいにちでもいいよ!」
収穫が続く間はおやつに葡萄が食べ放題なので、空はにこにこしながら葡萄たちにも手を振った。
ひらひらと蔓が振り返され、さて帰ろうかというその時、空の胸がピカリと光った。
「ソラ、オハヨー!」
「あ、テルちゃん。おはよう!」
現れたのは、朝一番に畑の手伝いをした後に疲れたと言って二度寝していたテルちゃんだった。
テルちゃんはキョロキョロと周囲を見回し、そこが見慣れた米田家でないことと、いつもと違う顔が幾つもあることに気がつくと、ムゥと小さく唸った。
「ココドコ? マタテルヌキデ、タノシイコトシテタ!?」
「ここはユウちゃんちのぶどうばたけで、おてつだいしてただけだよ。テルちゃん、ねむいっていってたから」
だから起こさなかったのだと空が言うと、テルちゃんは不満そうにしつつも一応は納得して頷いた。
「ジャアショーガナイネ……ナンノオテツダイシテタノ?」
「ぶどうをしゅうかくするっていう、おてつだいだよ。ぶどうのみって、おいしいんだよ!」
空がそう教えると、テルちゃんは葡萄棚を見上げる。ぶら下がっている実はまだ沢山ある。テルちゃんは空の顔と実を交互に見つめ、何かに納得すると不意にタッと走り出した。
「あっ、テルちゃん!?」
空が止める間もなくテルちゃんはまだ房が沢山ぶら下がっている奥の方へと走ってゆく。
そして実がある場所まで辿り着くと、両手をピコピコと振りながらピョンピョンと跳ね回った。
「ブドー、オイシイノ、ソラガスキダッテ! ブドータチ、モットソラニミツグヨ!」
テルちゃんは跳ねながら、葡萄たちを操るために魔法を掛けようとしたらしい。空は自分の魔力が動こうとする気配を察して、慌ててそれをどうにか押しとどめた。
「テルちゃん、ダメだよ! もうたくさんもらったから、いいんだよ!」
テルちゃんは自分も何か手伝いをしたいという気持ちなのだろうが、もう今日の収穫は終わっている。空は慌ててテルちゃんを捕まえようと走った。
しかし空がテルちゃんを捕まえるより先に、シュッと伸びてきた葡萄の蔓がテルちゃんの体にくるりと巻き付いた。
「へ? ヒャ、ヒャワワーッ!?」
「あっ、テルちゃん!?」
葡萄の蔓はテルちゃんの体をヒョイと持ち上げると、くるくると軽く振り回してボールのようにポイと投げた。それを別の蔓がサッと受け止め、また回して投げる。テルちゃんは元々丸っこい形状なので投げやすいらしい。まるでバスケットボールのパスを回すかのように、テルちゃんは葡萄の蔓から蔓へと次々投げ渡され、ぐるぐると目を回している。
「ピャアアァー! メガマワルヨー!?」
「あわわ、テルちゃんがぼーるみたいにされてるー!」
「あちゃー……ここの葡萄は沢田さん以外に指図されるのが嫌いっぽいぞ。なんだこの生意気なチビはって思われたのかもな」
泰造が葡萄たちの様子を見てそう説明すると、圭人が困ったように首を横に振った。
「いや、僕に指図されるのも嫌いなんだよ。困ったな……ああなると、気が済むまで解放してもらえないんだ」
テルちゃんには植物をある程度従わせる能力がある。しかし空が魔力を勝手に使わせまいと止めたことで、その力は葡萄たちに効かなかったようだ。
「ど、どうしよう……」
「うーん……あの早さなら間に割り込めるかも。俺が、投げてる途中のをサッと取って来ようか?」
慌てる空を見て良夫がそう提案すると、雪乃が微笑んで首を横に振った。
「テルちゃんには良い薬だから、葡萄たちの気が済むまで放っておいても構わないんじゃないかしら」
「ばぁばきびしい……でも、かわいそうだし……」
雪乃は生意気な精霊に少々厳しい。だがテルちゃんが人の畑で勝手をしようとしたことも確かだ。
助けに入るべきか空が悩んでいると、勇馬の側で騒ぎを見ていた翔馬がトコトコと歩き出した。
「あ、ショウマ、あぶないぞ!」
勇馬が止めたが、ショウマは遊ぶ葡萄たちの少し手前まで歩いて近寄った。
そして視線を上げて、テルちゃんを放り投げて遊ぶ葡萄たちをキッと睨み声を上げた。
「ぶどーたち、めっ! ちっさいこ、いじめちゃめーだよ!」
翔馬がそう言って叱ると、葡萄たちの動きがピタリと止まる。
「そのこ、わるいことしてないよ! ぶどーほしい、いっただけでしょ!」
その言い方が大分生意気だったようだし、魔法で操ろうとした形跡もあるが、確かにまだ悪いことはしていないと言えなくもない。
「ぱぱのぶどー、やさしくないの、オレやだよ!」
翔馬が手を振り上げてそう主張すると、葡萄たちはしおしおと蔓を下げて項垂れた。テルちゃんを捕まえていた蔓も力なく垂れ、解放されたテルちゃんがボタッと落ちる。
「ウェッ!」
「テルちゃん!」
空は慌ててテルちゃんのところに走り、抱き上げて顔を覗き込んだ。テルちゃんはどうやら散々放り投げられてすっかり目を回しているようだった。ふらふらしているが、特に怪我などはなさそうだ。
空はホッとして、葡萄たちをまだ睨んでいる翔馬にお礼を言った。
「ショウマくん、テルちゃんたすけてくれて、ありがとう!」
「んー、いーよ! だいじょぶ?」
「うん、めをまわしてるだけみたい」
空が抱いたテルちゃんを見せると、翔馬は安心したように笑顔で頷いた。
二人のその様子を見て、圭人は感動したように目を潤ませた。
「翔馬は優しい子だな……あと、葡萄農家の素質あるんじゃない? 僕の後も安泰なんじゃない?」
「あー、そうっすね……圭人さんと同じように、葡萄から親愛を抱かれてるっぽいかな。このまま、葡萄をきちんと叱ったりできて、舐められない性格に育てば良い感じの跡継ぎになるかもっすね」
「そうかぁ。翔馬が生まれて半年から一歳くらいの頃、妻の調子が悪くて僕が背負って葡萄の世話をしていたからかなぁ」
「それ、叩かれなかったんすか?」
「翔馬を背負ってるときは、何故か葡萄も優しかった気がするよ。背中でぐずると葡萄たちがあやしてくれてたみたいだし」
泰造の評価や良夫の問いに少し前を思い出し、圭人は懐かしそうな表情で頷いた。
そんな圭人の言葉を耳に留め、空はなるほどと小さく頷く。そういう感じで村人は色々な存在と仲良くなっていくものなのかと何だか納得したのだ。
「ショウマくん、ぶどうすき?」
「うん、すき。ぱぱのてつだい、たのしい……そら、ぶどうとるのうまいの、いいなぁ」
空はその言葉にくすりと笑って首を横に振った。
「ぼくはぶどうをほめるのが、ちょっとうまいだけだよ。そのうちショウマくんもうまくなるよ。でもそれより、ぶどうをしかれるほうが、すごいとおもう!」
「オレもそう思う! へへ、おっきくなったらオレがニワトリのうかで、ショウマがぶどうのうかやったら、きっとむてきだな!」
「うん! にいちゃんとのうかやる!」
「いいね! そしたらぼく、ぶどうもたまごも、かいにくるね!」
まだまだ当分先の話だけれど、三人はそんな将来を夢見て明るい笑顔を交わした。
二人が作った葡萄と卵で、どんな美味しい物が出来るだろう?
空はそんなことを想像しながら、目を回したテルちゃんを抱えて帰路についたのだった。




