2-94:新しい妹分
「あかちゃん……ちいさい! かわいい!」
賑やかな家族が帰って数日後。
空は雪乃と一緒に矢田家にお邪魔し、明良の妹と初めての対面を果たした。母の茜の体調が回復するまで待っての訪問だ。
「咲良っていうのよ。よろしくね、空くん」
「さくらちゃん、はじめまして!」
空たちが訪ねたとき、咲良は丁度目を覚まして授乳やオムツ替えを済ませたところだったらしい。
まだ首も据わっていないので咲良は茜に抱かれたまま、もぞもぞと顔や目を動かし自分を覗き込む顔や周りを眺めている。
居間に座る茜の隣には明良も座ってにこにこしている。明良は最近暇があるとずっと咲良の側にいるらしい。
「すごいちっちゃいねぇ……」
生まれたての赤ちゃんを見るなんて、空にとっては前世も含めて初めての経験だ。丸い顔もぷくぷくの手足も何もかもが小さく感じて、空は驚きに目を見張った。
「ちっちゃいゆびに、ちっちゃいつめがあるの、なんかすごい……」
「あははっ、それ、おれもおもった! すごいよな!」
小さな指先を見て空が声を上げると、明良も笑ってうんうんと頷く。
「あ、そうだ! そら、こうやって、そーっとゆびだしてみて」
「ゆび? こう?」
明良が身振りで示したように、空は右手の人差し指を立ててそっと咲良の手の平をつついた。小さな手はぷにぷにと柔らかくて温かい。空の手もまだまだ小さいのだが、赤ん坊の手は当然それよりもさらに小さい。
その小さな手の小さな指が、空の伸ばした指をきゅっと捕まえて握り込んだ。空は驚いて指を引っ込めようとしたが、小さいながら指の力は結構強く、離れなかった。
「ほわぁ……いのち……」
小さな指の力強さや温かさに何だか感動して、空の口からそんな言葉が零れる。そのおかしな感想を聞いた周りの大人たちは、思わずくすりと笑ってしまった。
「あかちゃんって……なんかすごいね!」
「すごいよなー!」
空と明良はそんな大人たちに気づきもせず、何かすごい、という気持ちを共有して楽しい時間を過ごしたのだった。
「はー、あかちゃんって、すごい……」
家に帰ってのおやつの時間。
赤ちゃんの肌のようにぷにぷにもちもちとした大福をかじりながら、空は今日の出来事を反芻して呟いた。その言葉を聞いて、ヤナがくすりと笑い頷く。
「赤子はすごいか。分かる気がするのだぞ。ヤナも米田家に子が生まれる度、いつもそんな風に思ったものだ。あんなに小さくてふわふわ頼りないのに全身で生きてることを主張していて、何だか圧倒されるような気分になるのだぞ」
「ヤナちゃんも? やっぱりあかちゃんって、ちっちゃいのになんかすごいよね!」
「うむ。だがヤナにとっては空も空の兄弟も皆すごいのだぞ。空なんて、その小さい体のどこに大皿いっぱいの大福が入っていくのか不思議でならぬしの!」
ヤナにそう言われて、空は目を見開いた。それから手に持った食べかけの大福を見つめ、そして自分のお腹を見下ろす。
「たしかに……どこにはいってるんだろ? ぼくって、なんかすごいね?」
まるで今気がついたというように、空はしみじみと自分の体を見下ろした。
大皿いっぱいに盛られていた大福はもう半分以下まで減っている。多分空はまだまだ食べられる。
「テルちゃんやフクちゃんにながれてるのかなぁ」
「ホピッ!?」
「エー!? テルハ、ソンナニダイフク、タベナイヨ!」
テルちゃんはそう言って自分のお腹をペちっと叩いた。テルちゃんが空と契約してからそれなりの時間が経つが、今のところ特に見た目の変化はない。
「テルちゃんって、そのうちそだつの?」
「サァ……ワカンナイヨ! デモ、ウゴキヤスイカラダ、キニイッテルヨ!」
テルちゃんはそう言ってくるりくるりとその場で回って見せる。確かに、木に宿って動けなかった時間を思えば今の体は随分自由なのだろう。
「うごきやすいの、よかったねぇ」
「ふふ、テルがたまにくるくる踊ったり縁側を走り回ったりしておるのは、動けるのが楽しいのだな?」
「ウン! ズットタノシイヨ!」
本当に楽しそうにそう答えるテルちゃんに、空も何だか嬉しくなった。葉っぱの帽子を被った頭をなんとなく撫でると、そこにフクちゃんがむぎゅっと体を挟んでくる。
「ホピピホピッ!」
「フク、ジャマシナイヨ! イマハテルノバン!」
テルちゃんの頭に登って空の手の下に潜り込もうとするフクちゃんに、それを振り落とそうと頭を振るテルちゃん。最近二人はこうやってじゃれ合いのように張り合ったり、空を取り合ったりして遊ぶことが増えた気がする。
わちゃわちゃと揉み合う姿がおかしく、可愛くて、空はくすくすと笑い、それから手を伸ばしてそれぞれをぎゅっと抱えた。
「あはは、ほら、けんかしないの!」
「フクガワルイヨ!」
「ホピピピッ!」
テルちゃんとフクちゃんをそれぞれの手で撫でる空の頭をヤナが優しく撫でる。
「ふふ、どちらも空が大好きなのだぞ。もちろん、ヤナもな」
「ぼくも、みんなだいすきだよ!」
それを隣の部屋からそっと見ていた幸生が、おもむろに天を仰いでいた。
魔砕村はそろそろ秋を迎えようとしている。
新しい妹分も出来て、二年目の秋はますます賑やかになりそうだった。




