2-91:楽しいカニ漁
何回か皆で試し打ちをし、慣れたところで今度は誰が一番遠くの岩に上手く当てられるかを順番に競う。単射モードで遠くの岩を狙うのだが、翠や紗雪も交じって皆で大いに盛り上がった。
「いや~、やっぱ楽しいね。こういう玩具、好きだなぁ」
「これ楽しいね、空。私が子供の頃にもあったら良かったのに!」
「いいよね! それに、ぼくでもかにがとれるし!」
空はにこにこしながら川原の端にある大小様々な岩を眺める。その岩の下に美味しいカニが隠れているのかと思うと、今から楽しみで仕方がないのだ。
「そういえばスイちゃん、なんでことしは、かにがおおいの?」
「カニが多い理由? そりゃ、空くんとこの悪ガキがさぁ、カニのエサになる物を色々川に置きに来たからだよ。魚の食べない部分とか、秋の狩りの時に出た内臓のいらないとことか、そういうのをせっせとね」
「わるがき……?」
その単語に当てはまる人物が誰かわからず、空は首を傾げて雪乃たちの方を振り向いた。
翠はけらけらと笑って、あそこのでっかいのだよと小さな声で囁いた。
「僕らは人と比べて長生きだからね。それこそ幸生や善三が君たちくらいの頃から知っているんだよ。あの三人はほんっとーに悪ガキで、集まるとろくなコトしないから目が離せなくて……今もあんまり変わらないかな」
翠がそんなに長生きだと聞かされ、空は驚いて目を見開いた。そしてもう一度幸生を見る。
「じぃじ、いたずらっこだった?」
「そりゃもう。君らは真似しちゃ駄目だよ」
翠は肩をすくめてそう言ったがその口調はどこか温かく、親愛が感じられるように聞こえる。
「で、その大きな悪ガキたちが、去年うっかりカニや魚を乱獲しちゃってね。その詫びにって、定期的に小魚やカニのエサになるような物を持ってきてたんだよ。水が汚れても困るから、僕が受け取ってちょうどいい感じに調節しながらエサとして撒いてたわけ」
どうやら幸生たちは川で何か失敗をして翠に怒られたのだな、と空は理解した。
「そっか……それでかにいっぱいなんだね。ありがとう、スイちゃん!」
空が素直に感謝すると、翠はくすくすと笑って空の頭を撫でた。
「いやぁ、悪ガキの孫だと思えないくらい、素直で可愛いなぁ。また魚も食べるかい?」
「たべる! あ、ことしもおやさいとすいか、もってきてるよ!」
空がそう言うと、翠は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ありがとう、後で貰いに行くよ。さて、じゃあ君らがカニを獲ってる間に、僕もまた上の方を見回ってくるね」
翠は何回か水鉄砲で遊んで気が済み、本来の仕事を思い出したらしい。そう言って皆に手を振るとザブザブと歩いて少し距離を取り、不意に水に沈んで姿を消した。チャプンという僅かな水飛沫しか立てず、どこに消えたのか泳いでいく姿も目には見えない。
「わっ、消えた!」
「どこ行ったの?」
「すごーい!」
翠が消えた場所は水深も浅い。それなのに一体どうやって水に沈み姿を消したのか。
(河童ってすごい……)
空は一年ぶりに見た翠の技に、改めてそのすごさを実感したのだった。
「さて、そろそろ皆でカニを獲る?」
「うん!」
しばらくの間水鉄砲で的当てをしたり、小さい水鉄砲を出して水を掛け合い追いかけっこをしたりと、子供たちはひとしきりはしゃぎ回って楽しんだ。
徐々に昼も近くなってきている。その前にカニを獲ってお弁当と一緒に食べるかと、紗雪が声を掛けた。
「空、ここのカニってどんなの? どうやってとるの?」
「……虫みたいじゃないよね?」
「ぼくもとる!」
「どんな……うーん、みたほうがはやいよ!」
樹たちはそれぞれ違う反応を見せたが、空はとりあえず笑顔でその質問をスルーしておく。明良たちは今年は自分の水鉄砲の出番だと張り切って、さっそくカニのいそうなポイントを探し始めた。
「あの辺の岩から始めよっか」
「いわをたたくやく、どうする?」
遊び場の端には大きな岩もゴロゴロしている。赤い印の付いている岩には近づけないが、その手前にもカニが隠れていそうな岩は沢山あった。
カニを獲るためにはその岩の下からまず追い出さなければいけない。大きなハンマーは去年と同じく武志が持ってきてくれたが、誰もが水鉄砲でカニを撃ち落とす役をやりたいようで、どうしようかと顔を見合わせた。
するとそれを見ていた紗雪が子供たちに声を掛けた。
「皆、岩を叩くの苦手? じゃあ私がやろうか?」
「まま、いいの?」
「もちろん。ママに任せて!」
紗雪はそう言って頷き、ザブザブと目当ての岩に近づいていった。
ある程度近づいたところで、紗雪はスッと身を沈めると川底を軽く蹴り、身軽に飛び上がって岩の上にふわりと降り立つ。そして子供たちの方を振り向きひらひらと手を振った。
空たちもそれに手を振り返し、すぐに水鉄砲を持ち上げ、ちょうど良い場所まで移動する。誰が最初に撃つか相談し、カニを逃がさないために皆で一緒に撃とうという話に落ちついた。
三台の水鉄砲を順に並べ、散弾モードにレバーを切り替えて準備は万端だ。
「ぼくたちがさいしょにうつから、ためしにみててね!」
カニを掬うための大きな網を武志たちはそれぞれ持ってきている。空の網も持ってきてもらって、樹たちはカニを掬うためにそれを一つずつ貸してもらい、水鉄砲を撃つ皆の後ろに並んだ。
「ままー、さん、に、いちっていうから、いちでたたいてね!」
全員の準備が出来たところで、空がそう言うと紗雪はパタパタと手を振って応えてくれた。
それから皆の顔を見れば、最初に水鉄砲を撃つ結衣も明良も頷く。
「いくよー! さーん、にー」
空の合図に合わせて、紗雪は拳を後ろに振りかぶる。
「いち!」
「えいっ!」
軽い掛け声で、紗雪は硬く握った拳を真っ直ぐ岩肌に振り下ろした。
ガツン! と素手と岩との間に発生したとは到底思えないような音を立てて、紗雪が乗る岩がぐらりと揺れる。
次の瞬間、バシュッという音と水飛沫が岩の根元から幾つも上がり、隠れていたカニたちが一斉に驚いて飛び出した。
「ていっ!」
その瞬間を待っていた空たちはすぐさま引き金を強く引いた。その途端、散弾モードにした水鉄砲から一気に水が射出される。
ズババババッと激しい音を立てて広範囲で撃ち出された水は、飛んで来たカニたちに横から当たりその飛行を阻害して次々に水に叩き落とした。
「よし、落ちた! 網で掬って!」
網を持った武志が号令を掛けて水面に落ちたカニたち目がけて走って行く。
飛び出したカニを見て呆気に取られていた樹たちはハッと我に返り、武志の後を追って慌てて網を振るった。
「……これ、ホントにカニ? すごくでっかいし、こんな羽根が生えてるの見たことないんだけど……」
気絶してぷかりと浮いていたカニを一匹掬い、網を覗き込んだ樹が怖々と呟く。
「虫じゃないの? だいじょぶ? ホントに食べられるの?」
小雪はカニの甲羅がパカリと開いて羽根が伸びているのを見て、何となく嫌そうに首を横に振った。
「かーに、かーに! にひきとれたよ! かにって、そらとぶんだね!」
陸だけはカニを上手に掬えて大喜びだ。ピョンピョン跳びはねてはしゃいでいる。カニが空を飛ぶことを疑問にも思わず素直に受け止めている。
(あああ、陸、素直! 可愛い! 羨ましいぃ……!)
と空は思ったが、まぁ自分も食べられるものなら大体受け入れられるようになったから進歩している、と考える事にした。




