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僕は今すぐ前世の記憶を捨てたい。  作者: 旭/星畑旭
二年目の夏

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2-83:ご先祖たちの指導

「まだはっきりとした問題を起こしたわけではないなら、これから気を付ければよいだろう……こういうさじ加減は、系統が違う者からだとなかなか答えが得られない。やはり、帰ってきて良かった」

「ななだいさま……ありがとう」

 空がそう言ってお礼を言うと、七代は照れたように頭を掻いて立ち上がった。辺りを見回し、幸生の畑に目を留めた。

「少しここで待て」

 そう言い置いて七代は畑に向かい、サヤエンドウの棚の側まで歩いて行った。そして何事かを話しかけ、少しだけ近づく。

 サヤエンドウは見知らぬ男に蔓を伸ばしかけたようだが、しばらくすると一本だけ蔓を伸ばしてその先を七代の手に乗せた。七代は頷くと振り向き、また空の方へと戻ってきた。

「待たせた」

「ななだいさま、さやえんどうへいきなの?」

「うむ。きちんと交渉すれば容易い」

 七代はそう言って握っていた手を開く。そこにはサヤエンドウの豆のさやが一つ載っていた。

「まめ?」

「ああ。これは青豆だが、まずはテルにこれを成長させるところから練習してみるのがよいだろう」

「まめをせいちょう……テルちゃん、そういうのできるの?」

「デキルヨ! ショクブツナラトクイダヨ!」

 テルちゃんは嬉しそうにそう言いきると、タッと勢い良く走り寄――ろうとして、七代にぎゅっと掴まれた。

「ピャーッ!」

「まだせよとは言うておらん。勝手に動かない!」

 七代はさやを空に渡し、中から豆を取り出すように言った。空はさやの筋を引っ張って取ると、パカリと開いて中を覗く。中には青豆が四つ、可愛らしく並んでいた。

「そこからまず一つ取り、それをどのくらい成長させるか決めるのだ。未成熟の実を成熟させるためにどのくらいの魔力が要るのかも、何となくでいいから感じ取れ」

 空は青豆を一つ取って手の平に載せ、テルちゃんと豆を交互に見つめ考えた。

「えっと……このあおいまめが、たねになるくらい?」

「そうだ。そう、テルに命じるのだ」

「テルちゃん、このまめを、たねにそだてて!」

「ワカッタヨ!」

 七代が掴んでいたテルちゃんを離すと、テルちゃんは慌てて距離を取って空の陰に隠れた。それから、空の命令を実行しようとピコピコと手を動かす。

「マメ、タネニナルヨ!」

 空はほんの少しだけ自分の魔力が動くのを感じた。量としては多くない。多分おにぎり一口か二口分くらいだ。手の中の豆は少しずつ丸く身を膨らませ、やがて少しずつ色が褪せるように茶色くなっていった。

「んー……おにぎりひとくちぶんと、ちょっとくらい、まりょくつかった?」

「ツカッタヨ!」

 それなら大した量ではないと空はホッと息を吐いた。七代はすっかり成熟した豆を見つめ、一つ頷く。

「よし。上出来だ。次は、この種を芽吹かせよ」

「はい!」

 空は言われるまま、種を地面に埋めてテルちゃんに育てさせた。必要な水は七代が魔法で出してくれた。

 芽吹いた後は膝丈まで育てる、その次は側の木に絡めて大きくする、花を咲かせる、豆を作らせる、と段階を追って空はテルちゃんに命じていく。

 その都度失う魔力を感じながら、空はその減り具合と自分の体調について納得していた。

「ちょっとずつだと、おなかがすいて、いますぐおにぎりがほしいってならないね」

 魔素は呼吸などでも僅かずつ体に取り込まれるので、少しずつ、ゆっくりと魔力が減るのなら急激にお腹が空いて我慢出来なくなるということはないらしい。

 空はすっかり育った豆から若いさやを一つ貰い、そのままシャリ、と一口囓ってみた。

 空の魔力とテルちゃんの力によって育った豆は、少し味が薄い気がするけれどちゃんと豆だ。茹でていないので青臭いが、空は何だかちょっと嬉しい気持ちでその一口を呑み込んだ。

「お前が、契約したものらと友でいたいと思うのは悪いことではない。友を大切にしたいという気持ちは尊いものだ。だが己の身を守るためには、力を振るう際の主と従ははっきりさせておかなくてはならん。それだけは、絶対に忘れるな」

「はい!」

 七代の指導は、おやつの時間まで真剣に続いたのだった。



「ただいまー!」

 空が陸や小雪とおやつの氷あんみつを食べていると、玄関から元気の良い樹の声が聞こえた。

「あ、何食べてんの? かき氷? 俺も食べたい!」

 居間に入って空たちのおやつに気付き、樹は喉が渇いたと台所に走った。

「ハイハイ、ちゃんと樹の分もあるわよ。手を洗ってらっしゃいな」

「はーい!」

 樹は洗面所に向かい、バタバタとすぐに戻ってくると雪乃からおやつの器を受け取ってテーブルの前に座った。

「ん、うま」

 黒蜜と練乳が掛けられ、餡子や果物が添えられたかき氷を掻き込み、樹は時折頭を抑えつつもサクサクと食べてゆく。

「おにいちゃん、やまでなにしてきたの?」

 空は樹の顔を見て、そう聞いてみた。その頬には泥が付いたままなのだ。

 樹はもごもごと口を動かして添えられたスイカを呑み込むと、床の間の近くに腰を下ろしてまた酒を飲み始めた六代と八代の方を見た。七代もそこで奥さんとお茶を飲んでいたのだが、二人と一緒に酒に変えたようだ。

「俺は八代様とおっかけっことかかな。山の歩き方とか、気配の消し方とかも色々聞いたけど全然出来なくてさぁ。いっぱい転んで、泥だらけになっちゃった」

「やまでおにごっこ? いいなー!」

 鬼ごっこが好きな陸がそう言って羨ましがる。

「ママは六代様と組み手っていうのやってたよ。でも、何やってるのか全然見えなくてちょっと悔しかったな。何か時々、ドンドーンってすごい音がして、地面が盛り上がったり、穴が開いたり、爆発したみたいになったりしてすっげぇの!」

「それ、だいじょぶなの?」

「じいちゃんが後で全部直してくれてたよ」

 幸生は樹の見守りや、そういう後始末のために付いていったらしい。

 空がヤナから二杯目のお代わりを貰って食べていると、自分の分を食べ終えた小雪がぴっと手を挙げた。

「聞いて聞いて! 私はねー、九代様とばぁばから、魔法教わったんだよ! 魔力を外に出すとか、雪とか氷にするのとか!」

「こおり……かきごおりつくれる?」

 氷と聞いて、かき氷に載っていた白玉団子をもちもち噛みしめていた陸が顔を上げた。

「これ? 細かいのがいっぱいだから、まだちょっとむずかしいかな……でも練習したらきっとできるよ!」

「いいなー、そしたら、かきごおりいっぱいたべれるね!」

 陸はかき氷が好きなのか、小雪の魔法もちょっと羨ましくなったらしい。陸は空と違って常識的な量のおやつしか食べられないので、空がお代わりをしているのもちらりと見ていた。

「りくはなにしてたの?」

「んとね、ひぃじぃじたちと、にわでおにごっこして、かくれんぼもしたよ! みみがでてるときと、でてないときのちがいとか、そういうのもおしえてくれた!」

 陸は曾祖父母との遊びが楽しかったのか、大満足の顔でそう言って教えてくれた。どうやら、ご先祖様たちは全員が子供たちに優しいらしい。

「ご先祖様たち、もう明日帰っちゃうんだろ? もっと遊びたいな」

 樹がそうこぼすと、酒を飲んでいた八代がこちらを向いて笑って頷いた。

「なら、明日また遊ぶか。どうせ夜まで暇なんだ」

「ホント? やった!」

「私もまた魔法教えてほしい!」

「ぼくも! ぼくもあそぶ!」

 小雪と陸は声を上げて、それぞれ自分が遊んでもらったご先祖様のところに駆けていった。空は二杯目のかき氷をキレイに食べ終え、七代の方に視線を向けた。

 七代はその視線を受けて振り向くと、うむ、と一つ頷く。

「明日もまた、同じ事だが構わぬか?」

「はい!」

 空が元気良く応えると、それを見ていた六代と八代が何故か面白そうに笑う。

「入れ込んでるな、おい」

「親父が指導すんの、珍しいもんなー」

 六代にとって七代は息子で、八代にとっては父親だ。その気安さで二人がニヤニヤ笑うと、七代は盛大にため息を吐いて首を横に振った。

「我がした苦労を、子孫にさせたくないだけだ……精霊だの神のなりかけだの、ああいうやからとの付き合いはとにかく最初が肝心なのだ! なぁなぁにしてつけ上がらせると、後でとんでもなく苦労をするのだぞ!? まったく、あの苦労を子孫にさせるくらいなら、今のうちに漬物にでもしておくほうがいいくらいだ」

 どうやら、七代には何かとても苦労した経験があるらしい。空は自分の隣に座ってぷるぷる震えているテルちゃんをそっと見下ろした。

「テルちゃん、つけものだって」

「テル、ツケモノハヤダー!!」

 七代がどんな人生を送ったのか今のところ知るよしもないが、テルちゃんが退屈しないよう何かでこき使おう。

 あとこれ以上何かと契約する羽目になったら絶対に気をつけよう、と空は改めて決意を固めたのだった。

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― 新着の感想 ―
テルちゃんで漬けると何でもてりたまマヨ味になりそう
テルちゃんの漬物ってそれはそれでまた精霊になりそう。 兄弟みんな強いんですね。空くんは殴り合いとかできそうじゃないし陸くんが来てくれたらそのへん全部やってくれそうでいいですね。
7代様に何があったのか、外伝で是非w
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