2-72:正しい攻略法
「ひどくない!? ばくはつするって教えてよ!」
「うへぇ、びっしゃびしゃだ……」
「すいか……おいしい!」
爆発したスイカの汁を全身に浴びた小雪はぷりぷりと怒って側にいた紗雪に食ってかかり、樹は顔を拭ってぶるぶると手を振る。陸は弾け飛んで口に飛び込んだ果肉を逞しくも味見していた。スイカが目の前で爆発したことにものすごく驚いたが、もぐもぐと口を動かしている間に気が紛れ、泣くほどではなくなったらしい。
「はいはい、皆、ちょっと洗うから目を瞑ってね」
スイカが爆発した直後、雪乃は三人を魔法でヒョイと持ち上げ回収した。三人はしばし呆然としていたが、ハッと我に返ってからの反応はそれぞれ個性が出ている。
そんな三人の体を雪乃は水魔法でざっと洗い、ベタベタしない程度にキレイにしたところで水気を飛ばす。
服や顔がスッキリすると小雪の怒りも多少収まったらしい。唇を尖らせて手の中の旗をじっと見つめている。雪乃はそんな小雪の頭を撫で、ごめんね、と声を掛けた。
「スイカ畑で何が起こるかは、初めての子には言わないことになってるのよ。村の決まりみたいなものなの」
しかし小雪はまだ不機嫌な顔のままだ。紗雪は小雪の顔を覗き込んで、そんな顔しないの、と窘めた。
「一回失敗したくらい構わないじゃない。それに父さんは皆に、そっと静かに探してねって言ってたよね? 皆はそれ出来てなかったでしょ?」
「むぅ……」
「そういえばじいちゃん、最後に何か言いかけたっけ?」
樹がふと思い出して見上げると、幸生はうむと頷いた。
「大きな音や声を立てないように、と言いかけていた」
「あー、そっか……じゃあ俺たちが悪いや。じいちゃん、スイカダメにしてごめんなさい」
「ごめんなさい!」
そう言って樹が素直に非を認めて謝ると、陸も続く。小雪もしばらく唸っていたが、やがてごめんなさい、と頭を下げた。
「謝ることはない。スイカは難しいから、大人でもうっかり踏んだりして爆発させることがある。ダメになることも考えて多めに育てている」
わざとイタズラで爆発させていくつもダメにする、などということでなければ大人たちは怒ったりしないのだ。幸生がそう説明すると、樹たちはホッとしたように笑顔を見せた。
「そういえば、空もやっぱり爆発させた?」
樹の問いに、空はちょっと恥ずかしそうに笑って頷いた。
「うん。ぼくね、はじめてのとき、すごくびっくりしてないちゃった!」
「そうなの? そら、だいじょぶだった?」
「びっくりしただけだから、だいじょぶ! りく、なかないのえらいね!」
空がそう言って褒めると、陸はえへへと嬉しそうに笑う。
「すいかおいしくて……びっくりしたの、どっかいっちゃった!」
陸のその返事に、やはり空と双子なのだなと周りの皆は何となく思う。
とりあえず樹たちもスイカ畑の洗礼を受けたということで、気を取り直してもう一度挑戦することになった。
三人は今度こそと小さな旗を握りしめ、それぞれできるだけ静かにスイカの蔓の間を歩いていく。空と隆之も今度はそれに参加し、少しずつ場所を変えて葉っぱの間を覗き込んだ。
やがて隆之が、迷彩柄でひょうたんのような形のスイカを見つけて黙って旗を揚げた。隆之はスイカと思しきその姿を何度も見直し、旗を揚げようかしばらく逡巡していた。多分五度見くらいした。その姿から察するに、本当にこれがスイカなのかと悩んでいたようだ。
恐る恐る揚げた旗に、紗雪が気付いて駆け寄る。紗雪は気配を感じさせない動きで隆之の側まで行くとスイカを確認して頷き、手にした鎌を目にも留まらぬ速さで振り抜いた。
「っ!?」
シュッと軽い音がした後にはもうスイカは蔓から切り離されていた。それを紗雪が無造作にヒョイと持ち上げる。ひょうたん型のスイカは大型犬くらいの大きさがあるのだが、紗雪は気にした様子もなく笑顔で隆之に片手を振ると、そのスイカを肩に担いでまた駆け戻っていった。
「はぁ……」
自分の妻が頼もしい。
小さく息を吐いた隆之の顔には、そんな言葉が書いてあるように見えた。
空は去年の夏を思い出しながら、畝の間に僅かに見える地面を慎重に歩き、そっと葉っぱをめくってスイカを探した。迷彩柄を探せばいい、とわかっていてもやはり迷彩柄だけあって遠目からでは見つかりづらい。
一枚、また一枚と葉っぱをめくり、しばらくして大きく育ったスイカを見つけ出した。
(あった……! 楕円形……食べるところが多くて、良いんじゃない?)
横に長い形のスイカは、いかにも食べ甲斐がありそうだ。瑞々しいスイカの味を思い出すと、何だか喉が渇く気がしてくる。
空はゴクリと唾を飲み込み、そっと立ち上がって静かに旗を揚げパタパタと振った。
すると、少し離れた場所でほぼ同時に陸が体を起こしたのが見えた。陸も空に気がつき、空が旗を振っているのを見て自分も慌てて旗を揚げる。
二つの旗がパタパタと振られると、明良と武志が駆け寄って来た。二人はそれぞれ空と陸が見つけたスイカの姿を確かめ、手にした棒でパカンと叩いてスイカが気絶したところで鎌を振るう。
武志は陸が見つけた三角のスイカをよいしょと持ち上げたが、明良のほうは横長のスイカが大きすぎて上手く持ち上がらなかった。
困っていると幸生が音も立てずに近づき、スイカをヒョイと持ち上げて持って行ってくれた。
(さすがじぃじ……)
空がそう思いながら見守っていると、明良が空に手にした棒を差し出した。そして、声を潜めて話しかける。
「そら、こんどはさがすだけじゃなくて、ぼうでたたくのもやってみる?」
「え……ぼく、できるかなぁ」
「ちょっとくらい、われたり、ばくはつしてもいいよ。れんしゅうだし!」
そう言われて空は少し考えたが、こくりと頷いた。いつかは空だって何でも一人で出来るようになりたいのだ。棒で叩くこともその一歩だと思えばやってみたい。
そう思って空が棒を受け取ると、そこに今度は陸がそっと近寄って来た。空と明良のやり取りを見ていた陸は、自分も声を潜めて話しかけた。
「ね、なにするの?」
「このぼうでね、すいかをぽかってたたいて、きぜつさせて、そこをあきちゃんがかるんだよ」
さっき武志がやるところを間近で見ていた陸は、説明を受けて空が何をするつもりなのかわかったらしい。
「ぼくもやってみたい……」
ぼそりと呟かれた言葉に、空は明良と顔を見合わせた。そのまましばらく考え、空は陸の手をパッと取って頷いた。
「じゃあ、いっしょにやろ!」
「うん!」
二人は明良をその場に置いて、手を繋いだまま次のスイカを探す。次のスイカは近い場所ですぐに見つかった。
四角くて大きなスイカを陸が指させば、空も頷く。二人は声も出さずに立ち上がると、陸が片手に持っていた旗をパタパタ振った。
すぐに明良が走ってきて、スイカを確かめ、鎌を構えて頷く。空と陸は一緒に棒の端をしっかり握って視線を交わし、二人同時に頷き、そして棒を高く上げた。
せーの、なんて声を掛けなくても、二人の息はぴったり同じで。
パカン! と小気味のよい音を立てたスイカは、爆発することもなく無事に刈り取られたのだった。
「いっぱい見つけたー! 楽しかった!」
「もうスイカなんて、私のてきじゃないもんね!」
「たのしかったねー!」
「うん! たのしかったー!」
ゴロゴロと転がる色々な形のスイカを前に、杉山家の兄弟たちは地面に座り込んで嬉しそうに声を上げた。子供たちが一生懸命探した結果、収穫したスイカは一人が一つ持って帰ってもまだ余るくらい採れた。最初以外は爆発もしなかったので上出来だ。
「皆頑張ったわね。喉が渇いたでしょう」
雪乃はそう言って適当に大きく四角いスイカを一つ選んでふわりと浮かすと、魔法で瞬時に冷やして食べやすい大きさにスパパッと切り分ける。ついでに魔素も少し調整したようだ。
「すいか!」
切り分けられて現れた鮮やかな赤色に、ずっと食べたかった空が伸び上がって手を伸ばした。
「はいどうぞ」
「ありがとう! いただきまーす!」
空は一番に一つ貰って口を開けかけ、しかしそこでハッと動きを止めた。慌ててもう一つ手に取り、すぐ横にいた陸にも渡す。このスイカは陸と一緒に最初に採ったものだと気がついたからだ。
「りく、ふたりでとったのだから、いっしょにたべよ!」
「うん!」
陸は満面の笑みを浮かべてスイカを受け取ると、いただきまーすと大きな声で言った。
二人で一緒に大きな口を開けてシャク、と齧り付くと、瑞々しい甘さが口の中に溢れる。甘くてちょうどよく冷えていて、乾いた体に染みこむような美味しさがある。
一口食べて喉が少し潤うと何だかもっと欲しくなり、スイカに半ば顔を埋めるように食べ進めてしまった。
空と陸はあっという間にスイカの汁でベタベタになった顔を見合わせ、幸せそうに笑う。
「おいしいね!」
「うん!」
二人の美味しそうな様子につられて、皆も次々にスイカを手に取り喉を潤して笑顔を見せた。
皆で協力して採ったスイカはとても美味しい。
それを夏の青空の下で皆と食べると、さらに格別の美味しさだった。




