第四十七話、さあ、驚こうとしますか?(1)
トンネルをぬけたら雪景色。
そんな情緒あふれる言葉が何処かにあった。
しかし、今の我が妹の心境は……。
「兄さん……ここ、日本?」
「そうきたか、まあ、驚くのは否定しないがな」
門から屋敷が見えないような広い庭が、普通街中に存在するとは思えないよな。
俺はフリーパス状態のため、門の入口に立つと自動で開門される。
だから柚子はここが天井院の屋敷だと言うことは知らないのだ。
今言ったら卒倒しかねないな。
「翔さんって……お金持ちだったんだ……」
「あんなにコアな廃人さんなのにな」
いつも入ってすぐに、迎えの美玲が車で来るのだが、柚子が来るって伝えているので自重しているのだろう。
歩いているが、これだと何時までたってもつく気がしないわ。
「広すぎて困るよな、そろそろ迎えに来てもらうか」
「え? 兄さんにそんな事が出来るの?」
当たり前。こんな所で時間を食いたくないしな。
俺は何となく違和感を感じる場所にむけて手を振ってみる。
一瞬だけ道はずれの茂みが揺れたような気がしたが、こっちがアクションを起こしたんだからすぐに来るだろう。
「あっ!?」
「ん、どうした?」
「兄さんに、お家で美玲さんの写真見せてもらえばよかった!」
どうせ会うのに今そんな事考えたのか?
「必要か?」
「必要です! 美玲さんもでしょうけど、私だって心構えが必要なんだよ?」
ふーん。意外に平気なのかと思ったが……違うのか。
「うーん、残念ながら……家にはないぞ?」
「え!? 何で! 何でないの!? 兄さんが甲斐性なしだからですか!?」
おっと? 今、俺の心が急に崩壊しそうになったぞ?
「いや、ここの屋敷に写真館があるからだが……」
「で、でも、お家で美玲さんの顔が見たくなったりするでしょ?」
うーん。どうだろ?
顔が見たくなったら会いに行くし、基本いつもこっちの屋敷にいるし、うーん、でも、これは柚子には言えないしなぁ。
なんて言ったものか。
「どう思う?」
「兄さん……何か隠してますね?」
「ギクっ!? い、いや、ソンナコトナイヨ? ワタシ、ショウジキモノダカラ」
鋭い指摘に思わず身を固くしてしまう。
「……まあいいですけど。でも、兄さんは本当に美玲さんが好きなの?」
えーここでそんな質問するのか?
敷地内はどんな小声も、拾われるぞ絶対。
「どう? 本気の質問です」
「うーん。多分……な。よくわからんが、好きなんだろうと思うよ」
楽しいって思えるしな。こんな中途半端な感じ、美玲には失礼な事この上ないだろうが。
「………………はぁ」
「おい、柚子。何だその返答は? 折角お兄さまが、本気の答えを出したのに」
「いや、本気だなぁ、と思いまして」
何それ? この子が何を求めて今の質問をしたのか全くわからないんだが?
「いいんですよ、兄さんは気にしないで。後は全て私に任せて下さい」
「ん? 何? どゆこと?」
意味不明なやりとりをしている俺達。
会話が尽きるのを待っていたかのように、リムジンが俺達を迎えにやってきていた。
つか、お前等待ってただろ。
「おー来たか。待ってたぜ、ご馳走用意したんだぜ。柚子ちゃんも楽しんでいってくれよな」
「お早う御座います翔さん。今日は無理を言ってすみません。よろしくお願いします」
出迎えは翔一人。
一応美玲は次期当主な訳だから、きちんとして場を設けてるのか?
「おい、翔」
柚子がやはりでかい屋敷を見回してる間に、小声で翔に問いかける。
「なんだ、義弟よ?」
「吹き飛ばすぞ、貴様。それより美玲はどこだ?」
「桜の間だ。天井院としておめかししてたぞ。お前も見とれちまうぜ、あれは」
「いや、そうじゃなくて……そんな大きくしなくていいんだが……」
俺の言葉に目を丸めたのは、寧ろ翔だった。
「お前、馬鹿か? 柚子ちゃんが美玲を見定めに来たんだぞ? 義理の家族との初対面で、こっちがそれを損なう訳にはいかんだろ。俺達は天井院だぞ。お前の考えは甘いとしか言えんよ」
……流石に言葉がないな。確かに天井院として会うことになるんだから、これが当たり前か。
「ま、気にすんなよ。上手くいくさ。俺は美玲と柚子ちゃん、仲良くなると思うぜ?」
「だといいんだが……」
「後、いい加減、何事もなく隠れてる警備隊にコンタクト取るのやめろよな。何人自信無くしたと思ってるんだ」
「修行が足りないんじゃないのか?」
「無茶言うな。全員一人で集団を制圧できるくらいのスキルをもってるんだぞ。一般人に気づかれて、普通にされる事がどれだけ辛いか」
それを俺に言われてもな。
頑張ってくれとしか言えんよ。
本当にそれを祈るばかりだった。
「さ、柚子ちゃん。とりあえず早速良いかい?」
「あ、はい。あまり待たせても悪いですし。翔さん、案内をお願いしてもいいですか?」
「勿論、では、お嬢様、こちらに……って、痛てぇ!?」
自然な動作を装って、柚子の手に触れようとした不届きものを成敗……は今出来ないので、軽く折檻する。
「柚子にふれるな、馬鹿者が」
「兄さん! ごめんなさい、うちの兄が、いつもいつも」
「いつつ……いいんだよ、柚子ちゃん。もう慣れたから……」
全く……。
しっかり案内だけしてくれよ。
「ついたよ、ここ、桜の間に美玲はいる。柚子ちゃん、こんな屋敷に来た後だから色々と驚いたと思うけど、ま、そんなに緊張しないで自然体でいてくれると俺達はうれしいな」
「はい、それは大丈夫です。翔さんも美玲さんも兄さんのお知り合いですし……」
俺基準なんだ?
「じゃあ、開けるぞ。美玲、霞純也、霞柚子の両名の到着だ」
言いながらその桜の間の扉は開かれた。
「ほぉ……」
「え、うそ……」
そこはまた別世界だった。
お城の謁見の間を思わせる広い室内。
俺達から美玲までの道を取り囲むように並んだメイド達。
そして、一番奥、中央にある椅子に座っている美玲と、その隣に佇む芽依。
まったく持って現実感のない光景だった。
「って、王様か!?」
「純也……お前空気読もうぜ」
無茶言うな。
「純也さん、お帰りなさい! 私、今か今かと「美玲様」……いらっしゃいませ。柚子さんもお初にお目にかかります。まずは自己紹介を。私は天井院が筆頭継承者、天井院美玲です。よしなに」
柚子の目がどんどん見開かれていく。
「………………へ?」
固まってしまった。
あれ? そう言えば当日でいいや、って思って、翔達が天井院だって事黙ってたけど、これってひょっとすると、もしかしてだけど、裏目に出た?




