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第四十五話、リアルだって存在します(2)

「兄さん! 久しぶり!」

「ああ、柚子も元気にしてたか?」


 大学の学内で、抱き合って包容する俺達。


 意外に注目の的である。


 あれが噂の……とか、リア充……とか、嫉妬の心は……とか、わかるようなわからないような言葉が聞こえてくる。


 周りの声なんて俺にはどうでもいいが。


「ここにくるのは初めてだな。どうだ、俺の通うキャンパスは?」

「うん! 兄さんが通うだけあって楽しそう! やっぱり楽しい事してるんでしょ?」


 流石我が妹! 兄の事をよくわかってる!


「まあな、人生は楽しくないと勿体ないからな。飯……早いか。なら一寸デザートでもつまむか。ここのは意外に旨いんだ。俺が奢ってやるぞ」

「本当! 有り難う兄さん! じゃあ行こ! 何処、こっち? 早く早く!」


 手を取って走り出さん、と、ばかりに移動を始める柚子。

 デザートに反応するなんて、やはり女の子なんだな、と思いながら一緒に歩いていった。














「どうだ? 暫く会ってないが、母さん達は元気か?」


 絶品シュークリームとメガ杏仁豆腐を食べる柚子を身ながら、まずは近況確認を。


「元気過ぎて……この間も一週間バリ島に旅行に行ってたよ」


 ……あの夫婦は……仲良すぎだろ。


「そうか……だが言ってくれれば泊まりに戻ったのに。一人で大変だったろう?」


 柚子は家事は問題ないからそんなに心配してないが、そんな期間に一人だと寂しいだろうし。


 寂しがりやだからな。


「大丈夫。ミッコもメーちゃんも泊まりに来てくれたし」

「そっか……二人にも礼を言っておかないとな」


 ミッコちゃんとメー子ちゃんは柚子の小学校からの友達だ。凄く仲良くて、いつも一緒だ。俺も二人なら柚子を任せられる。


「そう言えば、ミッコちゃんに彼氏が出来たって言ってたな。結構格好いいし、真面目そうな好青年だったな」

「え? 何で兄さんがミッコの彼氏の事知ってるの!?」


 何でって、なあ?


「本人から直接写メが送ってきたが?」

「兄さん、ミッコのアドレス知ってるんだ。全く、あの二人は……油断も……ない」

「え、ああ。そも相談も受けてたしな」


 あの子に合うと想って進めてみたしな。


「じゃあ、メーちゃんのアドレスも?」

「ああ、当然知ってる。柚子の友達だ、別に俺が知っててもおかしくないだろ?」

「いや、おかしいでしょ! …………んー待ってね、いや、やっぱり兄さんならおかしくないのかな?」


 なにその含んだ位言い方。お兄ちゃん気になるんだけど。


「おかわりは? なんか気になるんだけど?」

「シュークリーム! 兄さん昔から私の友達皆と仲良かったね。そろそろ妹離れしなよ。私なら、大丈夫だよ?」


 む、なんか急に酷いこと言われてる。そんな事言う奴はどどんと二倍だ。


「大丈夫……と言われてもなぁ。過保護の自覚はあるが……やはりまだ無理だな。せめて柚子に安心して任せられる彼氏でもいればなぁ」

「わ、5個もある! 有り難う兄さん! でも、私に彼氏出来て大丈夫なの?」


 勿論だ、俺は柚子の幸せを崩してまで心配したりはしない。


「当たり前だ、お前がしっかり選んで、俺の地獄の責め苦に耐えられて、母さんのしごきに耐えられて、父さんに気付ける奴なら誰も反対なんてしない。寧ろそのまま結婚してもいい位だ」

「それは誰にも無理だよう……特に最後」


 無茶言ってる自覚はあるがな。


 しかし、兄としてここは譲れない。


 まあ、本当に互いが必要として、好き合ってるなら反対はしないが。


「兄さん……やっぱりあのこと、まだ気にしてるの?」


 あのこと、か。それは俺が柚子に対して、多分過剰とも言える過保護となった出来事。


 そして、今の俺の行動理念。


「……俺がただ柚子にしてあげたいからやってるだけだ。柚子は何も気にしなくていい。俺が最強の彼氏を作ってやるからな」

「……ありがと。でも、作らなくていいよ。私、自分で見つけるから」


 そして、俺はその全てを叩きのめす! そのために力を付けたのだから!


「兄さん! なんかさっきと言ってる事が違うよ!?」

「おっと、つい本音が」

「柚子ちゃん! 久しぶり! 俺の事覚えて……ぶるあああああああああああ!!!」

「成敗!」


 兄弟水入らずの会話に、突如飛び込んできた馬鹿にコークスクリューブローをたたき込む。


「し、翔さん……兄さん、翔さんが……」

「気のせいだ。ハエか何かだろう? 大丈夫だ、問題ない。ごめんな柚子。ここに来れないように、朝仕留めた筈だったんだが……今とどめを刺すから一寸待っててくれな」


 床でピクピク痙攣してる馬鹿を踏みつぶそうと足をあげる。


「兄さん、全然大丈夫じゃないよ! 翔さん本当に落ちちゃうから! 一緒でいいから!」

「そうか……む、まさか……柚子。この馬鹿と……貴様……遺伝子レベルで消し去ってくれる!」


 こんなに心配するなんて、柚子はこいつを彼氏として俺に紹介するつもりなのでは?

 だから、朝、俺が話したにも関わらずこうして姿を現したのでは。


「よし、俺のいる世界から居なくなれ。お前ならこの後、神様の事故で異世界にでもいけるさ。さよならだ、翔。君は悪くない。恨むなら君の存在を恨みたまえ」

「純也、そんな無茶苦茶な……」

「兄さん、落ち着いて! 支離滅裂になってるから! 全然そんなのじゃないから! 翔さんは全然タイプじゃないし、全く興味ない、路傍の石ころの方がよっぽど興味あるから! 居ても居なくても同じな感じだから、大丈夫! 兄さん、帰ってきて!!」


 ふむ、居ても居なくても同じ……か。それは俺も同じだ。流石は兄妹。

 なら、大丈夫……か?


「翔。お前にチャンスをやる」

「純也。俺、結構大ショックな感じだったんだけど、まだこれやるのか?」


 勿論だ。


「貴様……柚子の事を不埒な目で見てないだろうな?」

「当たり前だろ! お前の妹だぞ!」

「何だと! こんなに可愛いのに何だその態度は」

「何だよ!? じゃあ、なんて言えば良いんだっての!」


 仕方あるまい、どうしても納得すると思えないが……柚子が懇願的な目で見るから今日は勘弁してやろう。


「で、何故お前がいる?」

「いや、授業は止めたんだが、折角だから俺も柚子ちゃんに会いに来たんだよ」

「お前、美玲に知れたら明日から地下に幽閉されかねないぞ」


 あっちは会いたいの我慢してるのに。


「いや、大丈夫、だと思う……」

「兄さん、美玲さんって、誰?」


 おっと、口が滑ったか。


 むう、まだ黙ってようと思って皆に話をしたのに……どう説明したものか。


「美玲は俺の妹だよ、柚子ちゃん。そして、こいつの彼女でもある」

「お前っ!?」


 この野郎! 簡単に暴露しやがって……放り投げ一本背負いから、空にいる間にそのまま顔面を蹴り飛ばす。

 そして落ちた所をジャンプして踏みつける。


「あじゃぱ!」

「兄さん、それ、本当?」


 詰め寄ってくる柚子に、俺はゆっくり一言しか言えなかった。


「あ、ああ。本当です」

「私には彼氏駄目って言って起きながら、兄さんは……」


 いや、別に駄目なんていってないし……俺達家族の目に止まった奴ならいいって言ってるのに。


「兄さん、おめでとうございます」

「あ、ああ、有り難う。妹よ」

「それでですね、兄さん」

「はいなんでしょうかいもうとよ」


 何だこのプレッシャーは!? そもそも何故彼女がいるだけでこんな苦境に立たされねばならない?


「いつ、その彼女さんとお会いできるんですか?」

「えっ!? ええ~と~な? 翔?」


 全くそんなつもりは無かったなんて言えず、とりあえず翔の方を見る。


「あいつっ!」

「翔さんなら先程お帰りになりましたよ?」


 逃げやがった、野郎! 覚えてやがれ!


「はい、出来るだけ早急にセッティングさせていただきます」

「はい、わかりました。私がここに来ている間にお願いしますね? それなら、私がお母さんに変わって、その彼女さんを見極めさせてもらいますから」


 妹って怖い。とてもじゃないけど、あの雰囲気で嘘なんて言えないよな。


 やれやれだった。


 翔、地獄を見せてやるぞ。














「じゃあ、明日なんてどうだ? 会いにいくの? 細かい説明よりその方が早いんじゃない?」

「お帰りなさい、翔さん。そうですね、私も早くお会いしたいです。後、改めておめでとうございます、兄さん。私、兄さんは一生彼女なんて出来ないと思ってましたから一寸嬉しいです。兄さんは今、幸せ?」

「翔ぉおぉぉおぉぉお!! 疾風迅雷撃!」


 何事もなく帰ってきた翔に、竜巻を思わせるラッシュを叩き込む。


「ぶるあああぁぁぁぁぁぁぁ?!」

「成敗っ!!」

「二人とも……やっぱり相変わらずだ」


 とりあえず悪を滅ぼした俺は、椅子に座り直して柚子の言葉を反芻する。


 幸せ、か。


 昔の何もない、ただ退屈な日々から比べれば随分充実した。

 それはやはり、学校でやった暇つぶしだったり、翔だったり、美玲だったり、オンラインオンラインだったりだな。


 毎日が楽しい。ああ、言われてわかったが、俺は今随分幸せなんだな。


「有り難う、妹よ。こう言うと照れくさいが、中々に幸せだ。だから、後は柚子だな」

「うわっ、本当に満足してる……これを私がどう……」


 翔を沈めて、柚子に祝福された俺が選んだ道は、全て話そう、だった。

 天上院の事も、美玲の事も。


 母さんなら、ひょっとしたら既に知ってるかも知れないが。まずは柚子から。


 後回しにしてしまうのが俺の駄目な所だな。


「まあ、俺の話は明日で良いさ。で、柚子。何か相談があったんじゃなかったのか?」

「後でまた聞かせてね。美玲さんの話し……そうだよ、兄さんにしか相談できない事なの」


 なんだそれは。緊急事態か? いや、それなら俺より母さんの方が、全てにおいて勝っている。


 なんだ?


「兄さん、私ね……」


 その内容は、俺にはまた驚きに満ちた物であった。

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