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第十話、汗水流して働けますか?(1)

 武器、防具。


 ドロップや購入で手に入る全てのそれらには、消耗率とも言える耐久度という物が設定されている。


 それが例外的にないのは矢やボルト、投擲具のスローイングダガーや俺が投げてる石等のその都度消費する消耗品位のものであろうか。


 普通の武器は当然一定回数使う毎に消耗していき、耐久度が0になると壊れてしまう。


 その場合、当然破損状態になり使用不可になる。


 俺の愛機の木のクワ様で言うと、折れたり割れたりする。その状態でも使えなくもないが、とてもダメージを与えられるようなレベルではない。


 それを修復する方法は二つ。


 鍛冶屋か、鍛冶スキル持ちのプレイヤーに直してもらう事。


 まあ、レベル毎に大体は適性のものに買い換えるから、低レベルでは余り利用する事はないだろうが。


 しかし、売ってる中に装備できる物がない俺にしてみれば真に死活問題になる。


 修復費用も武器の質によって変わるから、木のクワ様ならそんなに高くはないが。


「随分破損状態が酷いです……一体どのように使用されたのでしょうか?」

「別に普通に使っただけだが?」


 先の農民畑大戦で破損した木のクワを、鍛冶屋のダンダクール武具工房に持ってきて見てもらってる俺。


「しかし、農具がこれだけの状態には中々ならないと思うのですが……」

「ああ……農具としてはね。それはボアスタンピートとか言う爺の手下の攻撃を防ぐ為に殉職したんだ」

「あの子ですか……では仕方ありませんね。修理には15ゴールドかかりますが行いますか?」


 それが高いのか安いのか、いまいち判断が付かないな。


「……勿体ないな」

「はい? どうされました?」


 今の所急いでないし、また未鑑定品を拾えばいいか。


 修理をキャンセルして外に出たわけだが……俺は忘れてたんだな。武器の破損の一番の天敵は何かを。


 それは……当然モンスターとの戦闘での破壊だった。


 その破損率はあまりに格上だったり、無茶な使用をするとより破壊されやすい。

 ロマノフのウッドシールドがユニークの猪に削られたり、俺の木のクワが壊れたのもその為だ。


 そう思ってた時代が俺にもありました。


 ロマノフのウッドシールドはそうだったのかもしれないが……俺の方はと言うと。


「いやいやいや、木のクワってなさすぎだから! 耐久度! その辺の徘徊モンスターの攻撃位で壊れるとかどんだけ!?」


 木のクワ自体は適当に歩いていたら見つけられた。

 しかし、武器とて使おうとすると振るう方でも受ける方でも一撃で破壊されてしまうのだ。


「俺達弱すぎだろ!?」


 これが農民と農民専用武具かと思うと悲しくなってくる。


「全く……勘弁してくれ」


 飛び込んでくるラットを体をそらして回避する。

 着地した所を蹴り飛ばす。


 ゲージを見るとやはり殆ど減ってない。


「駄目だな、やっぱり……そら!!」


 へし折れた木のクワの、持ち手の部分を投げつける。


「ピピ!?」

「そして……トドメ!」


 蹴りの5倍位のダメージを与えるただの折れた木の棒。

 決めようと今度はクワの部分を投擲する。


 クワは円を描くように回転すると、ラットの頭上に突き刺さった。


「ピーピーピピ……」

「倒したな、スキルって凄いな。ダメージ倍率が半端ない」


 当たった木のクワ達はそのまま消滅する。


 俺にあるスキル、投擲。きっとこれだけなら本当は大したことないんだろうが、俺は農民である。


 雑魚と言われるモンスター相手にも一撃死するような貧弱なステータスを誇ってるんだ。

 しかも、ジョブ適正から武器は装備できない。


 持つ事は出来る。使う事も出来る。


 しかし、マイナス補正が大きすぎて、このレベル帯の武器では皆木のクワより威力が低くなってしまうんだ。


 全く、どれだけマゾゲーだ?


 いくら低すぎるステータスとは言えの武器に設定されてる元の設定ダメージより低くなるなんて誰も想像しないだろ?


 俺だって想像してなかったよ。


 木のクワの次にマシなダメージ倍率を叩き出したのは素手。

 ただ、低ステータスにスキルなしだからダメージなんて無いようなものだし。


 だからこそ、ステータスやジョブの補正を受けない最低ダメージの保証されている投具(投げられる全ての物)の威力を、更にあげてくれる時点で投擲スキルは俺のメインダメージソースになってる。


 弓やクロスボウは別で射撃スキルや弓熟練といった専用スキル、更にダメージをステータスで左右される為きっと俺ではまたマイナス補正が入ると考えられる。


 それ故に投具はダメージがかなり低く設定されてるが、俺には固有スキル? のランクアップがある。

 これの自動発動に頼れば、拾った物がより高品質な物になる(つまり、更なるダメージ増)。

 もう戦闘はこれだけで戦えと、もしくはお前は街から出るな、という神のお告げとしか思えん。

 

 倒したラットが消えるのを確認して、俺はまた新たな木のクワを求めて探し歩くのだった。


 決めた事は一つ。


 俺には投擲スキルがあるんだから、もう木のクワを武具として使わないぞ。と言うことであった。








 さて、木のクワを新調した俺が何をしてるかと言えば……。


「暇なんだな、これが」


 先日使えるようになった畑で座り込んでいた。


 あの性悪爺のファットの依頼は、植えた物を育てるまで。

 もうモンスターに襲われる訳ではないので、のんびりと水を上げたり耕したりしているのだ。


 成長速度は早いみたいでもう芽を出した。

 なので、今は元木の枝の前で座り込んでいその芽を見つめている。





 あの後、再度拾った木のクワで無駄に耕す事風の如し。


 街にあった桶を(勝手に)借りて、水を上げる事山の如し。


 拾った石や木片で、周囲に点在するモンスターを狩る事火の如し。


 その日の内に目を出した、元木の枝を眺める事山の如し。


 そして、やることの無くなった俺はそんな訳で、畑に座っている。


「何をしてるんですか?」

「ーー!?」


 明鏡止水を体得しようとしていた俺に、急に後方から話しかけてくる誰か。


 慌てず、恐れず、俺は背後の誰かに返答する。


「い、いやっ! 別に何でもなかばい気にしないでくれたまえセニョリータ!?? な、何って、俺は冷静沈着に風林火山を体現しているだけだで? って、あんた誰だ?」

「ええっ!? 私です。ミリンダですよ!? 声でわかってもらえなかったのも悲しいですけど、せめて振り向きましょうよ! そもそも冷静沈着にしてはあまりにどもってるような……」


 ああ、ミリンダか。


 確かにこんな所に来るのは俺か翔、ミリンダの3人位か。


「やっと芽が出てね……」

「あっ! 本当!! ジェイルさん凄いです!」


 嬉しそうに出て来た木の芽を眺めるミリンダ。


 彼女も1日に何度も畑に来てくれたからな。

 感動も一塩なんだろう。


 メールすればよかったか?


 聞いてみるか?


「連絡すればよかったか? 忙しいと思ってね」

「そんな事ないです! 私だって楽しみにしてたんですから」


 そっか、やはりか。


 じゃあ、存分に見合おうか。


 その後は2人でただ黙って芽を眺めていた。






「そういえば、今日はこれを見に来たのか?」

「はっ! そうです! 忘れてました。私、ジェイルさんにお願いがあって来たんです」


 俺にって……なんかあるか?


 農民と言う特性上、手伝える事なんかあると思えないんだけどな。


「俺に出来るとは思えないが……ミリンダも農民の有用性は知ってるだろう?」

「いえ、ジェイルさんだからお願いしたいんです」


 ふむ、そこまで言うなら……。


「わかった。俺に出来る事なら……なんだい?」

「はい、申し訳ないんですけど……これなんです」


 ミリンダが道具袋から取り出したのは、何種類かの種であった。


 なるほどなるほど、全く以て俺にしか出来ない仕事だな。


「得心した。好きなだけ使ってくれて構わない」

「あの、偶然モンスターのドロップで手に入れたんですけど、加工するスキルがないので……って、いいんですか!?」


 了承は先程既にしてるし、別に悩む事じゃないよな。


「勿論だ、むしろ奇跡的に芽が出た俺の木の棒スペシャルとどっちが先に芽を出すか勝負だな。負けた方が引退する!」

「ちょっ!? 条件きつすぎないですか! 使わせてくれるのは助かりますが、はじめてすぐに引退するなんて嫌ですよ……」


 まあ、冗談だし……俺がニヤケながら話してるのに気付いたようでプリプリしてる。


「むぅ……嘘ですね。ジェイルさんはいじわるです。でも、有難う御座います。勿論、水や耕しますから……その……半分でどうでしょうか?」

「ん? 報酬の事? 別に構わないよ。それにこれこそ農民の仕事だろ? 俺はスキル持ちだ。基本的な所は俺に任せておけよ」


 それにしても……農耕なんてスキル無かったようだが、この種は何に使われてたんだろうか?


「なぁ、ミリンダ。皆、これを今までどうしてたかわかるか?」

「有難う御座います。あの……薬学と錬金術ですよ。薬学ならホウレンソウと組み合わせて薬草になる筈です。スキルがない人達はお店に売ってましたね」


 ふむ。


 では、全く以て活きてなかった訳か。


 しかも、つまりそれは何が出来るかわからないと言う事。


 農民魂をくすぐるな。


「そいつも俺に出会ったことで初めて種としての一生を終えられるんだな。じゃあ、受け取ろうか」

「種の一生って……種ってこれからじゃないんですか? まあ、いいですけど……はい、じゃあ、トレード出します」


 ふむふむ、赤と黄色の種か……元がこれだと、全く想像がつかないな。


 受け取ったのは、緑の種×3と黄色の種×2。


 早速種を植える。


「こういう奴はどの位で、出来るんだろうな?」

「わかりませんよ。ジェイルさんがお初なんですよ」


 それもそうか。まあ、のんびりやるか。


 植えた種に上げる水を、ミリンダと一緒に取りに行き、その後は取り留めのない事を話ていた。






 翌日。


「うん。とんでもないかもしれん」


 俺は朝一番でログインして、畑の前に立ちながらただ立ち尽くしていた。


 昨日ログアウトしたのは、大体23時頃……で、今が7時。

 最後に水を上げて、耕したのは確か……21時頃。


 つまり、その間9時間。


 最後に確認してから7時間。


 その間にこんなになってるなんて……。


「一寸早いだろうが、ミリンダにもメールしとくか」


 現物を見てもらった方がいいと思い、詳しくは記載せずメールする。


「畑パニック……即召集……っと……」


 その後はあまりミリンダかもくるまではいじる訳にはいかない為、水だけあげてログアウトする。


 学生らしく、偶には学業に精を出すか。


 因みに翔は登校していなかった。


 素晴らしき廃人度だ。






 時間は飛んで夕方。俺は優雅に食事(カップ麺とミネラルウォーター)を準備してログインする。


 そして、インしてすぐにメールの確認をする。


「36通!? なんだこりゃ?」


 誰も知らないような日陰の一プレイヤーになんで、こんなにメールが?


 何処かから個人情報でも漏れたか?


 恐る恐る内容を確認……する前に、テル(プレイヤー間会話通信)がかかってくる。


 相手は……ミリンダか。


 内容は畑について。


「嫌な事を後回しにするのは、俺の悪い癖だな」


 悪癖にわかっていながらも、先にミリンダと通信を繋げる。


(ジェイルさん!! 遅いです! もうずっと待ってたんですよ)


 まくしたてるような、早口だった。


 とりあえず少しは言い訳位するか。


(ああ、済まんね。一応学生なものでね)

(えっ!? もしかして、私と同じ……)

(不良大学生だ。何処のかについては、黙秘権を行使させてもらうよ)

(お兄さんなんだ……)

(それはともかく、畑についてだろ?)


 不思議な反応をするミリンダに、俺から本題を切り出す。


 この子はその内詐欺にでもあわないか、お兄さん心配です。


(そうですよ! 一緒に行こうと思って、ずっと待ってたんですから)

(ずっと?)

(はい、もう一時間位になります。沢山メール送っちゃいましたし……)


 なぬ……。


 ミリンダを一寸待たせて、届いているメールを確認する。


フロム、ミリンダ

フロム、ミリンダ

フロム、ミリンダ

フロム、ミリンダ


 殆どミリンダじゃないか。


 所々翔からのメールもあったが、それは無視。


 いつもの事だし。


 最近はいつもインしてるのに、なんでわざわざ、状況を確認するかね?


 所で、彼女は知らないのかな?


 正直一寸引いたが、俺は紳士。声に出さないようにすることに全神経を集中する。


(ミリンダ、俺はインしてる時しかメールは見ないんだ)

(えっ、そうなんですか?)

(ああ。後、テルの変わりにはならないから……)


 びっくりしたけど、なんでもなくて良かった。


 しかし、ミリンダも……凄い行動力だな。


 高校生とは凄いな。


 言いたくないがストーカー予備軍の才能があるかもしれん。

 後でさり気なく注意しておかんと。


 ネットマナーが欠けていた所を見ると他だ知らなかっただけの可能性もあるしな。


(西門にいるんだな。今行く)

(はい、待ってますね)


 とりあえず、姫様がご機嫌斜めなようなので、少し急ぎめに移動する事にした。






「ジェイルさん。待ってました」

「おう、俺もいるぜ」


 なんか肉ダルマまでいた。


「お前、相変わらず……」

「10年来の貴様に、今更奴隷以外の扱い等不可能だ」

「親友ですよね!? 僕達親友!」

「ふふ。仲良いですね、やっぱり」


 何を訳のわからない事を。


「ミリンダも本気なら、眼科に行った方がいい。紹介しようか? 俺の家の近くに腕のいい奴がいるぞ」

「ジェイルさんの家の近く……い、いいえ大丈夫です!? 両目とも1,5あります」


 それは凄いな。


 良視力のゲーマーなんて都市伝説かと……いや、確か余りゲームしないって言ってた気が。


「ロマノフ、聞いたか?」

「ああ、まさか存在するなんてな」

「なんですか? 何の話です?」


 別に目がいいプレイヤーが珍しい、なんてどうでも良いこと話しても仕方ない。


 まあ、いいか。


 俺もそうだし、ゲーム経験が少ない奴は実は皆そうなのかもしれないな。


「で、凄い事ってなんなんだよ?」

「何の話だ? 貴様には何も話したつもりはないし、これからも貴様に関わるつもりはない。さあ、消えてくれ。いますぐ俺の視界から」

「いやいや非道すぎるだろ!? 俺達親友! 心の友! な、壊れたゴミ箱内緒で新しくしたの俺です! 自供するから仲間に入れて!」


 ……なんか知らん間に家の家具の新調話が暴露されてる。

 知らん間に入ったのか、こやつは。


「そうか、住居不法侵入に窃盗か。さ、行こうか、青い制服の皆の平和を守る正義の味方がお前を待ってるぞ」

「いや、それ警官! お巡りさん! ポリスメンですよね!? 急すぎるぞ! そんなのいつものことじゃないか! ミリンダさん、引かないで! 違う、違うんだーー!!」


 そんな小芝居。


「で、まだ見に行ってないのか?」

「行こうとしたが、ミリンダさんに止められたんだよ」

「皆で一緒に行くんです!」

「って、言ってな?」


 あれを見て即座に俺達に合わせてくるとは……この娘っ子、侮れん。


 それに義理堅い子……やっぱり本当は良い子なんやわぁ。


「そうか。じゃあ、驚くぞ。さあ、行こう。俺に続け」








 街から出る俺達。


「なあ、ミリンダさん。俺の記憶違いじゃなかったら、あそこは、ジェイルのクエストで畑になってたと思うんだが……」

「え~と、私もそうだったと思います」


 かなり遠目だが、既に異変は目でわかる。


「なあ、ジェイル……」

「“凄い”だろ?」

「凄過ぎ、予想外です」


 そう。1日立った俺の手に入れた畑は、真ん中に巨大な大木の生えていたのだ。

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