第九話、畑の害虫駆除は誰の仕事ですか?(2)
そこにいたのは、今までOOでは見た事のない動物、猪だった。
「なんだ!? 今までこんなのいなかったぞ。しかも名前があるぞ!? ボアスタンピート?」
「金ネーム……ユニークモンスターだ!」
「あれがユニークですか……」
俺の目の前に存在する奴のその体躯は、俺よりもはるかにデカく、少し黒く汚れた茶色の毛並みをしていた。
なんで急に……絶対に居なかったはず……隠れてた? いや、新しく出現したのか? 何故……。
考えるまでもないか。
状況から考えて、トリガーは俺……ジョブ農民が畑にクエスト条件である種状の物を植える事。と考えられる。
なら、元々の条件である耕す事までやれば解決する! ……筈。
「例え死んでもクリアしてみせる」
直線的に迫る猪の攻撃を横っ飛びで回避する。
しかし、それを読んでいたかのように物理法則を無視したような旋回をして切り返してくる。
「いや! なんだそれ!? 一寸待て馬鹿!」
迫り来る猪。着地したばかりでバランスを崩している俺。
それでも、なんとか手にした木のクワを盾にして突進を防ごうとする。
「って、マジか!? おわぁぁぁぁぁ!!」
当然へし折れるクワ。人がこんな風に飛ぶ事ってあるのか? ってな位に吹き飛ばされる俺。
「って……生きてる? なんだか知らんが運が良かったな。クワ様々? HP減ってないし」
クワは無残にぶっこわれてしまったがなんとかやり過ごした。
しかし何時までも呆けてる時間はない。いつの間にか手放してしまったみたいで、吹き飛んだクワは随分離れた場所に落ちている。
チャンス! 拾わせねぇしトドメだろ? っ、とばかりに飛び込んでくる猪ことボアスタンピート。
何度も何度もくらってられないのでその突撃を回避する。
動きがわかってる今度はなんとかそれを回避可能。
流石に何度もは切り返せないみたいで駆け抜けていく。
どうやら、奴は一段階切り返ししか出来ないみたいだ……が、こんなでかいのの突進何度も避けられるか!
一般ピーポーなめんな!
「おらぁ! スキル、パワーアタック!」
「ジェイルさん! ストーン!」
俺と猪の間に飛び込んで、手にした剣を振るうロマノフに、遠距離から石つぶてを飛ばすミリンダ。
しかし、ボアスタンピートはただただ愚直に俺だけを見ている。
他の二人には目も向ける事ない。
「人気者だな、俺。随分奴さんに愛されてるみたいだな」
「馬鹿ばっかり言ってんな! だぁ! おら! ……タゲが移らないし、クエスト専用か!?」
「どう言う事ですか? 移らないなら移るまで何度でもやるまでです。ストーン!」
出現した状況、執拗に俺を狙い続ける事から見ても、ボアスタンピートは特別なイベントモンスターだろう?
なら、きっとターゲットは変わる事はないだろう。
つまり……これは俺とこの猪野郎との問題。
それに、レベルを考えるとロマノフ達じゃあ勝てないんじゃないかと思う。
「クワは……あそこか。大分飛ばされたな」
「お前、何処に……ジェイル、危ない!」
「え? おわわわわ、またか!?」
盾を構えるロマノフ毎、その体を吹き飛ばす猪。
「盾がいかれた!?」
「今だ! だあああ!」
飛んでいったロマノフが、ボアスタンピートの狙いを逸らした隙に走り込み、刃の部分しか無くなったクワを拾う。
「畑は? くっ! 距離がありすぎる!?」
「効いてる感じもないです。ストーン、ストーン、ストーン!」
「ジェイル、急げ! そろそろ周りが湧くぞ!」
「無茶をいってくれる……絶体絶命じゃないか」
石つぶてを受けても突撃速度は全く減らない。
ロマノフも走ってきてるがとてもじゃないが距離的にサポートは不可。
倒したモンスターもそろそろ再ポップ。
いいじゃないか。
正に、一回こっきりの俺とお前のタイマン!!
「上等!! 勝負だ、ボアスタンピート!! お前がここの門番ならば、見事俺を砕いて見ろ!! 行くぞ! レディ……」
俺の意思が伝わったのか、前足をかいて勢いを付けるユニークモンスター、ボアスタンピート。
「ゴーォォォォ!!」
同時にクラウチングの姿勢を取っていた俺は、飛び出すように走り出す。
「ブルゥオオオオ!!」
凄まじい速さで迫り来るボアスタンピート。
しかし、俺は前しか見ない。
その目には、先程突き刺した為穴が開いた畑の土しか映っていない。
「頑張って! ジェイルさん!」
「行け! ジェイル! 行けるぞ!」
仲間の激励を受けて、力の限り加速する。
3メートル
2メートル
1メートル
「ああ、ジェイルさん!!」
「湧いたか……ミリンダさん、やるぞ」
背後に迫る気配に種族の限界を感じ、俺はクワを振り上げて畑に飛び込む。
「うおおおおお!!」
真後ろに奴の鼻息的なものを感じながら俺はクワを畑に振り下ろす。
そして俺の視界はブラックアウトした。
「死んだか……失敗、か? 結果が全然わからん」
時計台で目を覚ました俺は、客観的に戦闘を見ていた筈のロマノフとミリンダに連絡を取ってみる。が繋がらない。
「よう、待たせたな、ジェイル」
「ゴメンナサイ、勝てませんでした」
返信の代わりに、時計台に出現してくる翔とミリンダ。
「何で死に戻りしてるんだ? 二人とも」
「そんなの……なあ?」
「はい。ジェイルさんの敵討ちに決まってるじゃないですか!」
「なんとか3/4までは減らしたんだがな」
こいつら……。
「長生き出来ないタイプだ……」
「お、照れてんな」
「えへへ~」
「うるさい! さっと、爺の家に確認に行くぞ!」
これ以上その場に留まってられなくなった俺は、足早にその場を後にした。
「おい、待てよ!」
「ジェイルさん、私達も行きますよ!」
全く……こいつ(翔)はリアルの知り合いだから兎も角、ミリンダもか……仲間ね……悪くないな。
移動しながら確認した所だと……俺とユニークモンスター、ボアスタンピートのどちらが先だったかはわからかったらしい。
仇討ちで挑むも、殆ど無傷のボアスタンピートに、再ポップし始めているモンスター達。
レベルも上だし多勢に無勢。流石になすすべなくやられた、との事だ。
「ここですか? この家来たことありますが、私は入れませんでしたよ?」
「話が畑に関してだったから、解放条件がジョブ農民を取得してる事か、それに類するスキルを持ってること、とかじゃないのかな?」
「俺も入れなかったし、今まで何か起こった、みたいな話も出なかったからそれが濃厚だろうな」
俺は何事もなくドアを開けてこんなに苦労させられた元凶の爺……ファット爺の前に立つ。
出来たかはわからないが、一応出来た体で話しかけてみる。
「じじい。貴様の言う通り、畑に植えて来たぞ」
「わからんと思ったか! 出直しこい、若造が!」
駄目か駄目かと思ってたが、やっぱり駄目か。
「……残念です」
「よし、作戦会議だ」
「ええ!? ここでか?」
ミリンダの方が適正あるのか、元気よく返事して体育座りで俺を見上げている。
「ええ!? ミリンダさん?」
「どうしたんですか、ロマノフさん? 早く座って下さい。さ、ジェイルさん、お願いします」
やっぱりNPCなんだな。全く以て嫌な顔一つしないなんて。
表れるモンスターもユニークも条件もわかっている。
簡単な話し合いをして、弱体が解けた後に再度挑む俺達。
キチンとした作戦を立てれば、俺は戦闘不能になるが問題なくクリアは出来た。
そして再度ファット爺の所へ。
「ふん! 若造の癖に少しは農業のイロハがわかってるようじゃな。いいじゃろう。ワシの畑~Aー1~を使用するがいい」
なんか場所の名称だけ、機械音になったな。
運営も面倒くさがってないでその辺も気を使ってやれよ。
「おめでとう、ジェイルさん」
「やったな。俺も知らないクエストが見れて良かった。早速アップしないと……」
「おう。二人とも、サンクス。多分一人だったらクリア出来なかったと思う。礼を言う。後、ロマノフ、アップはいいがそれで場所と俺が持ち主なことが特定されるような事があったら……わかってるな?」
ガクガクと震えながら冷や汗を流す翔。
「トウゼン、ジャナイカ。ボクタチ、トモダチ」
「私たちって、案外凄くないですか? 相性抜群ですよね?」
「で、それが出来たらワシの所に来るがいい……」
お? 二人ともうるさい。爺の話が続いてる……。
「すまん、もう一回言ってくれ」
「なんじゃ、聞いとらんかったのか? 全く最近の若いのは年寄りを何じゃと思っとるんじゃ? ワシ等の若い頃は、目上の人は敬いなさいと教わって……」
そういうのいらない。うるさいだけだから。
「だから、収穫した物はワシが鑑定してやるっていっとるんじゃ」
「つまり、収穫すぐは未鑑定でとれるって事か?」
「当たり前じゃろ。経験の足りん若造が物のイロハをすぐに理解できるか。ワシが直々に教えてやるわい。貴様が未熟でわからんだろうから、仕方なくじゃ! 勘違いするんじゃないぞ!」
ツンデレだ。
老人系ツンデレがいる。
「有難う……ファット爺」
「ふん。気が進まんが用があったら些細なことでもかまわん。いつでもこの場所に来るがいいわ。後、これはおまけじゃ! 好きに活用するがいい!」
隣を見ると、二人とも笑いを堪えている。
きっと、NPCのファット爺にはわからないだろうが、一応の礼儀として我慢しながら俺達はファット爺の家を出ようとする。
「そうそう。農耕の邪魔じゃろうから、周囲のモンスター達は捌けておくからの」
ん? はけておく?
「ジェイル……」
「ん? どういう事ですか?」
ファット爺の言葉から導き出されるのは……。
「じじいぃぃぃぃ! 貴様の差し金だったのかぁぁぁぁぁ!!」
ニヤリと笑うファット爺の隣には、何処かで見た事のある猪の姿があった。
俺達の冒険は始まったばかりだ。
こうして、パーティー全員(一部除く)で怒りを共有しながら、俺は畑とスキル、投擲をゲットした。




