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第9章 父の視点から③王城編

 

 春先のこの時期の黄金月と呼ばれている。

 聖女マリタンの生誕祭、建国記念日、王太子殿下の誕生日、そして国王夫妻の結婚記念日と、立て続けに大きな記念日や祝い事があり、祭りや祝賀パーティーが続くからだ。

 そしてあの日の夜会は、黄金月最後の祝い事である国王夫妻の結婚記念日を祝う夜会だった。

 例年だとこの最後の夜会に参加している招待客達は、お疲れ気味になっていることが多い。毎週末毎にパーティーが開かれているからだ。

 ところが、今年の参加者は皆生き生きキラキラとしていた。特にご婦人方が。

 

 その理由は、あの新進気鋭のピアニストが、国王夫妻のためにピアノを演奏を捧げることになっていたからだ。

 みんなはそれを待ち望んでいたのだ。彼のチケットはプレミアムが付いていて、貴族でもなかなか入手できない。それをこの夜会で聴けるのだから、そりゃあ興奮もするだろう。

 時々高貴な身分の方から彼のチケットを融通して欲しいと頼まれることがある。

 しかし、いくらパトロンだからといってそんなことができるわけがない。

 中には私達家族の分を譲ってくれという厚かましい奴らもいる。

 そういう連中に私はこう言ってやる。

 

「私にそんな法外な金を使うくらいなら、貴方自身が誰か有望な若い芸術家を見つけて、これから支援した方が有意義ですよ」

 

 と。

 もっとも、そんな私利私欲塗れのパトロンに支援してとらっても、若者達は大成しないだろう。

 支援者の顔色を伺ってばかりいたら、芸術家の才能なんて伸びやしないのだから。

 まあ、そんな一般人とは感覚や常識が偉う芸術家達との付き合いに耐えられなくなり、パトロンを辞する決意をした自分に、そんな偉そうなことを言う資格はないのだが。

 

 下位貴族から順番に名前を呼ばれて、参加者達は次々とホールに入って行く。

 名前が呼ばれたので私が姪の手を取って入場すると、みんなの視線が集中したのがわかった。そして驚きの表情をしていることにも。罵ろうとしていた相手ではない令嬢を連れていたからだろう。底意地の悪い女どもだ。

 玉座近くにピアノが置かれているのが目に入った。あんな舞台の上で演奏するのかと、目を見張った。しかも王族の真ん前で。

 

「叔父様、私、ピアット=ムューラント様の演奏を聴くのが楽しみです。ラジオやレコードではいつも聴いているのですが、生演奏は一度も聴いたことがないんですもの。

 歌も歌って頂けると嬉しいのですが、無理でしょうか。

 ああ、フォルティナが羨ましいわ」

 

「・・・・・」

 

(今日はたまたま仕事で他国へ行っているために欠席しているが、君の婚約者はいつも君に寄り添い、君のわがままにも笑顔で応えてくれているよね?

 この三年、フォルティナは演奏している彼としか逢えていなかったんだよ? 婚約者だというのに。それでも君は娘のことを羨ましいと言うのかい?)

 

 私ははしゃぎ気味の姪に冷え冷えとした目を向けた。しかし浮かれている彼女はそれに気が付かない。

 従姉でさえこの調子なのだから、これまでフォルティナは他のご令嬢達から妬まれ、心無い言葉を吐かれ、虐められていたんだろうな。

 今さらながら娘の悲しみや辛さに思い知って胸が痛んだ。そして、今日あの男と決別したことは間違いではなかったのだと改めて確信したのだった。

 

 やがてムューラント侯爵一家を名を告げるアナウンスが流れると、ホール内がざわついた。本日の主役?の家族が登場したからだ。

 ムューラント侯爵とその嫡男であるロジアン、彼の婚約者である伯爵令嬢、そして、夫人の姪である隣国ガリグルット帝国の貴族、ディーア=オコール侯爵令嬢。

 しかし私はそちらへは視線を向けなかった。もう関係のない家になったからだ。

 

 そして最後に本日の本来の主役二人が登壇し、国王夫妻の結婚記念を祝う言の葉がホール中に飛び交った。

 国王と王妃はにこやかにそれらに応じた。

 その後ラッパが鳴り響くと、みんな一斉に静まり返った。

 

「本日は私達の為にわざわざこの場に足を運んでくれたことに感謝する。

 私達が夫婦になって早いもので四半世紀が過ぎた。これまで紆余曲折あったがそれをなんとか乗り越えられてきたのは、臣下と民のおかげである。

 しかし、一番の功労者は何をおいても妻である王妃であろう。

 今宵はその妻にサプライズを用意してある。そして諸君にもそのお裾分けをしたいと思う」

 

 陛下のこの言葉に歓声か沸き起こった。ようやく待ちに待ったピアット=ムューラント卿のピアノ演奏が聴けると皆が思ったからだろう。

 しかし、サプライズとは予期しない事象を言うのだ。ピアットがここで演奏することは数日前からわかっていたことではないか。

 何を今さら、と私を含めて多くの人間がそう思ったに違いない。

 ところがその直後、ホールに居合わせた人々は、王妃同様にその後に続いた国王の言葉に騒然となった。

 なんと、我が国が生んだ世界のトップスターであるピアット=ムューラント卿が、大陸大聖堂により音楽の聖人の一人に選出されたというのだから。

 

 いくら近年聖人に選ばれる人物が若返りしている傾向にあるとはいえ、これまで一番若くして聖人認定された人物は、四十歳台だったと思う。

 しかし、ピアットは今年学院を卒業したばかりの十九歳だ。これは信じられないくらいの快挙だ。

 しかもこの国から音楽の聖人が選ばれたのは、百年振りくらいではなかろうか。

 四年に一度選出されるとはいえ、大概再選されるので、メンバーの入れ替えは実質滅多にないことなのだ。

 今回ピアットが新たに選出されたのも、長年音楽の聖人を務めてきた聖人の一人が、高齢になって演奏活動ができなくなったためらしい。

 

 まだどよめいているホールの舞台上に一人の青年が登場した。

 燕尾服をバシッと決めたスラッと背の高い、スタイル抜群の若者だ。しかも金髪碧眼で眩いくらい眉目秀麗の(かんばせ)の持ち主だった。

 

「きゃー!」

 

 ここがとても王城だとは思えないくらい、黄色い歓声が湧き起こった。正しくスーパースターの登場だ。

 しかしその大スターはひどく青ざめていた。いくら舞台慣れしていても、さすがに国王夫妻との至近距離に緊張しているのだろう、と皆は思ったことだろう。

 しかしそうではないことを私は知っていた。あの図々しい男が今さら国王夫妻の前だからといって、緊張するわけがない。

 ほうー。娘から婚約破棄されたことがそれほどにショックだったのか? 

 娘のことを自分の従順な飼い犬くらいにしか思っていなかったのに、自分の方が見捨てられたことが想定外過ぎて、未だに受け入れられないのかな?

 


 彼はまず、有名な祝いの曲を一曲弾いた。気落ちしていたとしてもさすがにプロだ。素晴らしい出来栄えだった。王妃もその他の王族達も、そして招待客達も皆うっとりして聴いていた。

 そりゃあそうだろう。音楽の聖人の生演奏を聴ける機会など滅多にあるものじゃないのだから。

 


 次章、国王夫妻の結婚を祝う夜会で、王族まで関係する信じられない騒動が起こります。

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