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第8章 父親の視点から②

 

 フォルティナはデビュタントを祝うパーティーに、予備で作っておいたもう一着の、高級だが至ってシンプルなオーソドックスな白いドレスで参加した。

 思いのこもったドレス。それを身に着ける気には到底なれなかったのだろう。

 その娘の姿を目にした時、私は人生最大ともいえる後悔をした。

 ピアットから建国記念のパーティーには参加できないと手紙が届いた時に、二人の婚約を解消すべきだったと。彼は婚約時の契約を破ったのだから。

 

 元々二人の婚約は仮のようなものだった。

 私は娘に頼まれたからピアットにピアノのレッスンを受けさせてやった、それだけのことだった。


 ムューラント侯爵家とは領地が隣同士だったので、昔から人並みの付き合いだけはしていた。

 しかし、向こうの当主とは学院時代も重ならかったので、特に親しいというわけでもなかった。

 ところが両家の妻同士が同級生でとても仲が良かったために、結婚後は家族ぐるみで付き合うようになったのだ。

 

 ところが妻達が社会奉仕活動先で流行り病に罹ってしまい、妻は快復せずにそのまま天に召されてしまった。

 そしてムューラント侯爵夫人の方は一命を取り留めたものの重い後遺症が残った。

 そのせいで高額な薬が必須になった侯爵家が、かなり貧窮しているのことは知っていた。

 それ故に同情はしていたが、かと言って格下の我が家から援助を申し出るもの烏滸がましいと思っていた。

 だからピアットを支援することにしたのも、侯爵家のためというよりも、あくまでも妻と娘の思いを大切にするためだった。

 

 ところが、なんとピアットは音楽の天才だった。

 彼が十三歳の時、ピアノ教師から彼に王立の音楽学院の受験を勧めて欲しいと懇願された。ついでに彼のパトロン(経済的支援者)になってはもらえないかとも。

『ノブレス・オブリージュ』という言葉がある。社会的地位を持つ者にはそれなりの社会的義務を負うという心理的な規範がある。そう、義務ではないが。

 亡くなった妻はそれを実践していた。それを思い出し、私はピアットが王立学院よりも競争率の高いという、王立の音楽学院に合格者できるように援助することにした。もちろん彼と侯爵家がそれを望めばの話だったが。

 

 すると普段プライドの高いピアットが、一も二もなくこの話に飛びついてきた。

 絶対に期待に添えるように頑張ります。いつか必ず恩返しをさせてもらいます。だから援助をお願いしますと深々と頭を下げてきた。

 そこまでしても音楽の道の進みたいのだな。その熱意に打たれて、私は彼のパトロンになる決意をした。

 

 しかし、しきりに恐縮するムューラント侯爵夫妻の様子を見た私は、一方的に援助をされたのでは侯爵家の面子が立たないだろう、と気を使った。

 だからフォルティナとピアットの婚約を提案したのだ。将来婿入りする予定にすればピアットを支援してもおかしくないのだから。

 しかしこれは名目上の婚約だ。だから、どちらかに他に良い相手が見つかれば、いつでも解消できるように一筆入れておきましょうと私は告げたのだ。

 

 そしてピアットはその後、王立の音楽学院にトップで合格して特待生になり、卒業するまで首位の座を守り抜いた。

 しかも入学した年に自作自演の楽曲でレコードデビューを果たし、それを大ヒットさせていた。

 そしてその後もヒット曲を連発し、週末毎にピアノ演奏者だけでなく歌手としてもステージに立つようになった。

 

 彼は学院在学中に既に成功を収めていたのだ。だから、卒業と同時に婚約を解消してやればよかったのだ。彼には両思いの相手がいたというのだからなおさら。

 

 それなのに、音楽界の若きスターのパトロンという名誉を失くしたくなくて、娘が辛い思いをしていたのに、ずるずるとその関係を続けさせてしまった。その結果がこれだ。

 婚約者のいるデビュタントが、婚約者にエスコートしてもらえなかったら、周りから一体どんな目で見られることか。

 そんなことさえわからないような男との関係を、これまで断ち切らずにいたことが悔やまれてしかたがなかった。私は自分が情けなくて歯ぎしりをした。

 元々領地経営もできない男なんて、この伯爵家の婿になる資格などなかったというのに。

 

 取り急ぎ、身内の中で将来娘の結婚相手に相応しそうな男を見繕ってエスコートさせなければ。私はそう頭を切り替えたのだった。

 

 

 そして結局フォルティナのエスコートを引き受けてくれたのは遠縁の伯爵家の三男で、王城の騎士をしているドナルドだった。

 男らしく精悍な顔をした美丈夫で、あの元婚約者とは全く対称的な男だった。

 彼には婚約者が急用で参加できなくなったからと説明して依頼した。しかし本音では、彼ならば本当に婿に迎え入れても問題ないと考えていた。

 

 元々あのピアットでは領主の仕事はできないと考えていた。だからこそフォルティナを女伯爵にするつもりで、王立学院の領地経営科へ進ませたのだ。将来補佐してもらうために執事の息子のマーカスと共に。

 だから、娘の婿が今さら音楽家から騎士に変更になっても、別段問題はないのだ。もちろんその考えは執事にしか話してはいなかったのだが。

 娘の夫になってくれる相手に求めるものは人間性。娘を大切にしてくれるかどうかだ。

 

 

 半月前、デビュタントを迎えたパーティーで、フォルティナはピアットのエスコートを受けられずにみんなの笑い者になった。やはり代役を立てただけでは娘を守れなかった。

 ところがだ。それ以来、却って憑き物が落ちたように、娘はスッキリした顔をするようになった。

 そして嬉々として留学の準備を始めた。


 下の娘のリリアンは姉が居なくなるのを最初は嫌がっていたが、姉が元気になっていく様を見て次第に応援するようになっていた。

 ずっと涙を堪えて辛そうにしていた姉を見ていて、リリアンも心を痛めていた。だから、姉のために我慢をすることにしたのだろう。

 物心が付く前に母親を流行り病で亡くしたリリアンにとって、五つ年上の姉であるフォルティナは、母親同然の大切な存在だった。それゆえに、何より姉の幸せを優先したのだろう。健気過ぎて涙が出た。

 

 愛する娘達がこんな辛い思いをするのも、みんなあの冷徹な男のせいだ。

 これまではたとえ婚約者としての役目を果たしていなくても、溢れんばかりの音楽の才能を持つ彼を、パトロンとして誇らしく感じ、自慢にしてきた。そして実の息子のように思ってきた。

 しかし今回の事で、私も娘同様に彼のことを今度こそ完全に見切りをつけたのだ。

 


 国王夫妻の結婚記念を祝う夜会の当日、フォルティナは昼過ぎに王城へと向かった。

 帰国したピアットが夜会でピアノ演奏をすることは知っていた。社交界で大きな話題になっていたからだ。

 フォルティナは演奏をするために城内で準備をしていたピアットを中庭に呼び出し、その場で婚約破棄を突きつけた。

 そしてその後すぐに屋敷に戻ってきて、荷物を積み終えていた別の馬車に乗り換えて、テッサード王国へ向かった。

 娘が一番信頼している、乳母の娘でもあるメイドのアンジェと、腕の立つ護衛騎士のゴルジュとボージュ二人と共に。

 

 

 そして私はというと、姉の娘である姪をエスコートして王城の夜会に参加した。

 しかしそこで、思いがけない騒動に巻き込まれたのだった。

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