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第7章 父親の視点から①


 ムューラント侯爵家の次男のピアットは、まだ学生の身であった頃から作曲家兼ピアニストとしてその名を馳せていた。しかも作詞もすれば、歌も上手い。

 その上金髪碧眼の美貌の持ち主で、若いご令嬢だけでなく、年輩のご婦人達からの人気も高かった。

 しかし、どんなにもてようが女性に靡くことはなかった。なぜなら彼には婚約者がいたからだ。

 その婚約者というのが、我が娘フォルティナだった。彼は我がヴァード伯爵家には一応恩があると思っていたのか、婚約者を裏切る真似はしなかった。

 

 私に代わってパトロンになってあげる、と言寄る高位夫人も多かったようだが、彼はそれを華麗に躱していた。

 ところが、そんな彼にある時恋の噂が立った。そのお相手は隣国から留学してきた、彼の従姉のオコール侯爵令嬢のメディーアだった。

 彼が彼の母によく似た儚げな美人と二人で寄り添っている姿は、悔しいが一枚の絵のように様になったいた。


 我が娘のフォルティナも親の欲目無しに見てもかなりの美人なのだが、残念なことに父親である私に似て、少しきつい印象を与える顔つきをしていた。

 性格は亡くなった母親似で、素直過ぎるほど素直で優しい子なのだが。

 むしろ優しげな顔をしている下の娘の方が、私に似たかなりきつい性格をしている。人間見た目と中身は違うのに、どうしても人は容姿だけで判断しやすいのだ。

 

 そしてその後、ピアットが学生時代に作って大ヒットした切ないバラード曲は、メディーア嬢を想って作ったものだったという噂が、(まこと)しやかに流れた。

 その結果、彼の婚約者である我が娘が、金の力で真に思い合う恋人同士を引き裂いた悪女だ!と噂をされて、次第に回りから後ろ指をさされるようになったのだ。

 真実の恋人同士だと? 

 それって単なる浮気だろう。意味がわからん。幼い頃から彼と婚約していたのは娘の方なのだから、奪うとか引き裂くとかありえないのに。

 蔑ろにされながらも、これまであんなに彼に尽くしてきた娘の方が悪役令嬢だなんて、どうしてそんなことになるのか私には全くもって理解できなかった。

 

 それにしても、恩を仇で返すとは正にこういうことなんだなと、怒りで腸が煮えくり返る思いだった。散々面倒を見させられた挙げ句に、娘と私を悪役にするとは。

 愛する妻が残してくれた大切な娘に対して、これまでやってきた彼の仕打ちを思い返し、憎しみが爆発しそうになった。

 あの男と彼の恋人をこのまま見逃すわけにはいかない。たとえ、あいつの熱狂的なファンを敵に回そうとも。

 


 ムューラント侯爵家には王城の夜会(国王夫妻の結婚記念日)の前日、しかも日が落ちる寸前に、婚約破棄と慰謝料、そして借金の返済を求める書状を送っておいた。

 その一時間後に、ムューラント侯爵とその嫡男であるロジアンが慌てて我が家にやって来たが、執事長や侍女長を始めとした達使用人が怒りの表情で追い返した。  

 彼らは皆、自分達の大切なお嬢様を長らく蔑ろにしてきたピアットを快く思っていなかったからだ。

 まあ、侯爵や上の息子に対してはそれほど悪感情は持っていなかったとは思うが、彼らが何の対策を取らなかったのもまた事実だった。

 それに『親が憎けりゃ子まで憎い』のその逆もまた然りだ。

 

「当主からの伝言でございます。我がヴァード伯爵家はムューラント侯爵家とは今後一切お付き合いはいたしません。ピアット卿にもその旨お伝えくださるようにお願い致します」

 

 執事が門の前に立つムューラント侯爵とその令息に向かってそう宣言してくれたようだ。

 

 ムューラント侯爵と嫡男はかなり狼狽していたらしい。それはそうだろう。

 ようやく家が立ち直りかけてきたところに、私が共同事業から手を引き、その上これまでの資金援助金を返済しろと言ってきたのだから。しかも息子の婚約破棄の慰謝料まで。

 しかし、こうなることは大分前から予測できたことなのだから、今さら慌てふためくなんて危機管理能力がなさ過ぎる。

 というより、そもそもそれほど慌てることもないだろう。以前とは違い、彼らもそれほど金には困っていないだろう。何せ次男のピアットは金の卵なのだから。

 ふん。それだって、みんなフォルティナのおかげだというのに。

 

 

 ピアットに恋人ができて、フォルティナが二人の仲を引き裂く悪女だという噂が流れようになってから、あの子は自分の部屋に閉じこもるようになっていた。

 そこに追い打ちをかけるように、デビュタントとして参加する予定だった建国記念のパーティーに参加できなくなった、というピアットの手紙が、あの子の心に大打撃を与えたのだ。

 フォルティナは呆然として、声を出して泣くこともできずに、ただずっと涙を流していた。その姿があまりにも痛々しくて、正視することが出来なかったほどだ。

 半年も前から妹のリリアンやメイドのアンジェ、そして乳母や侍女達とそれはそれは楽しそうに、当日のドレスやアクセサリーについて語っていたのに。

 

 我が家は高々伯爵家に過ぎないが、領地経営と貿易の仕事が順調なためにかなり裕福な部類に入る。

 しかし、フォルティナは贅沢を好まなかったし、あまり流行を追うこともしなかった。本当に良い物だけを厳選して、それをとても大切にするような娘だった。

 そんな娘でもやはりデビュタントの衣装には特別な思いがあるように感じた。だからお金には糸目をつけずに、好きな物を選ぶように侍女長に指示しておいた。

 そうして出来上がったドレスと装飾品を身に着けたフォルティナは、それはもう気高く美しくて、我が娘ながら見惚れてしまうほどだった。

 リリアンも姉の姿に感激して、絵本の中のお姫様みたい。素敵だとはしゃいでいた。それなのに……

 

 

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