第6章 父から届いた手紙
この章の話の中に出てくる最初の手紙が届いたのは、第1章の話の時間の前。そして二度目の荷物が届いたのは、その少し後の時系列になります。
テッサード王国で暮らすようになってから半月ほど経った頃、父から手紙が届いた。
その手紙によって、ピアットの作ったこれまでの楽曲の著作権が慰謝料の代わりとして、私に譲渡された事実を知らされた。
私は絶句した。彼のこれまでの作曲の著作権の価値って、一体いくらになるの? 計り知れないでしょ!
たしかに慰謝料は請求したけれど、一般的な相場だったはずよ。お父様もどうしてそんなものを受け取ったの?
まさかこれまでの彼に対して支援した分を取り返そうとしたわけじゃないわよね?
そんなことをしたら、篤志家として尊敬されていたお父様の評判が悪くなるわ。パトロンじゃなくて単に才能ある子に目を付けて先行投資していただけの金の亡者だと。
それに、彼の著作権が私のものになったと世間に知られたら、それこそ私は噂通りの本物の悪女になってしまうじゃない!
そのうちにピアット=ムューラントの曲を奪い取った悪女、という伝説が作り上げられてしまうわよ!
(どうして拒否しなかったの? お父様!)
夜遅く寮内で大声を上げようとした私は、慌てて片手で口を押さえた。
ところが、父は私の反応を予想していたようで、手紙にはこう記されていた。
「お前の心配は杞憂だ。この件は公にはされず、著作権については、彼のマネージメントをする事務所が極秘にするから外に漏れることはない」
と。
ん? 何? このマネージメントをする事務所って?
聞いたことかないわ、とその先を読み進めると、どうやらそれは父が新たに作った事業で、音楽家や画家のマネージメントをするものらしい。
えっ? えっ? えっ?
いつの間にそんな仕事を起業したの?
しかもそんな出来立てほやほやの事務所に、何故音楽の聖人となった大物音楽家が所属したの?
ピアットはこれまでの人気に加えて、若くして音楽の聖人の一人に選ばれたってことで、今後ますます知名度が高まるはずだわ。
なんたって、数百年に一人生まれるかどうかの天才人気音楽家って評判なのよ。
そんな彼の著作権っていったら天文学的な額になるわよね。
いくらなんでも多過ぎるし、怖過ぎるし、そんなものはいらないわ。
私は最後まで手紙を読み終えることなく、精神的疲労で眠ってしまった。もしかしたら気絶だったのかもしれない。
そしてその翌朝、落ち着いてからその手紙をもう一度読み直した。けれど再び私は絶句してしまった。
だって著作権の名義変更というのは、厳密に言うと婚約破棄による慰謝料の代わりなんかじゃなかったからだ。
それはただのお詫びの品のようなものだった……らしい。それしてはあまりにも凄すぎるが。
彼は、私とは絶対に婚約解消なんてしないって言い張っているらしい。
え〜、まだ婚約解消されてなかったの?
何故? その理由が分からずに頭を傾げてしばらく考えて、ハッと気付いた。
なるほど。
このまま婚約破棄せずに結婚すれば、たとえ私の名義になったとしても、実質著作権は夫婦共有の財産のようなものよね。
それに私が先に死ねば夫である彼のものになるわけだから、彼が損することはない!
でも、何故こんなまどろっこしいことをしたの? 我が家が要求した慰謝料や借金なんて、今の貴方なら払えない金額ではないでしょう?
それに貴方には両思いで運命の恋人である、従姉のメディーア=オコール侯爵令嬢がいるのでしょう?
それなら私との婚約なんてなくした方がいいに決まっているでしょうに。
えっ? オコール侯爵令嬢との噂はデタラメだったですって?
信じられないわ。そのデタラメというのがデタラメなんじゃないの?
音楽の聖人の一人に選ばれたということで、たとえ名前だけだとしても婚約者がいる身で浮気をし、それで婚約破棄されたのでは世間的にまずい!と考えたからじゃないの?
つまり婚約破棄されたという不名誉を払拭するために、私と嫌々結婚して、子供が一人か二人生まれた後で、私を殺すつもりなのじゃないのかしら?
そして彼は残された子供の後見人になって、改めて思い人と再婚するという計画なのでは? これって罠?
そんなの絶対に嫌! 絶対に婚約破棄するわ。それが無理なら彼から永遠に逃げ回るわ。
お母様を早くに亡くして悲しい思いをしたお父様やリリアンのためにも、私は早死にはできない。その上自分の幼い子供(空想上)を残して死ぬなんて絶対に避けなければならない。
ああ、我が子が自分の母親を殺した父親とその愛人だった義母に虐げられるなんて、そんなことは許せないわ。
絶対にピアットとは婚約破棄をし、無関係な人間にならないといけないわ!
私はこんな妄想をしてしまった。
私はこれまで趣味で芝居の脚本を書いてきた。
時折、創作意欲が湧くきっかけとなるあるイメージが、私の頭の中に突然湧いてくるのだ。
そしてそれが、あれよあれよという感じでイメージが広がって行き、大雑把だけれどちゃんとしたオチのある大まかな一つのストーリーが出来上がって行く。
そしてその後で話が起承転結になるようにまとめる。
最後は細かな人物像の設定や時間の流れ、テーマの統一性、山場や結末を考えて行くのだ。
父からの、それこそお芝居の脚本のようにショッキングな手紙を読んだ後、上記のような手順でサスペンス調の一つのストーリーが、即座に私の頭の中に出来上がっていた。
もちろん今回はただの空想の世界ではなく、リアルな話に基づく私小説のようなものだった。
それゆえに細かな人物像の設定や時間の流れや、テーマの統一性、山場や結末を考える必要はなかったので、いつもよりずっと早くまとまった。
まあ、あえて新しく考えなければならなかった事があるとすれば、それは登場人物が現実の特定の人物だと断定されないようにすることくらいだった。
名前や地位や職業を変えて。
一年以上落ち込んでいたというのに、突如として私の気分は高揚していった。
やっぱり生きて行くためには、心を元気にしてくれる趣味が必要よね、と思った私だった。
夏期休暇前に出された課題で一番大変だとは思っていたのは、脚本を一つ仕上げることだった。ちょうどいいからこの話にしようと私は考えた。
今浮かんだストーリー展開を忘れないようにしないといけないわ。
すぐ様学生寮の自分の部屋のライティングチェスト向かうと、私は椅子に腰を下ろしてノートを広げたのだった。
脚本を書き始めた時、この話の中のヒールな主人公のモデルは当然ピアットだった。しかし、完成する前に彼をモデルにすることは止めざるを得なくなってしまった。
というのも、最初の手紙から半月後に、父から大きな荷物が届けられたからだ。その中身はすべてピアットに関するものだった。
そしてそれを見て、私は彼を悪役に仕立てることができなくなったのだった。
ヒロインが大学の宿題で作った脚本。その話は、この小説の下書きを書いている時に実際に書き上げて、先に投稿しています。一年とちょっと前に。
よろしければこちらも読んでくださると嬉しいです。よろしくお願いします。
タイトルは
『偽りの愛を謳った夫に殺された私は、悪霊となって蘇る』
です。




