第44章
私の二作目の脚本が完成し、題名は「聖なる剣で切り裂かれた恋人達」と決まった。
芝居で使われる曲も歌曲も早々に出来上がっていた。
前作はピアットの既存の曲を使用したために、レードルが全ての楽曲をアレンジしなければならなかった。
しかし今度はピアットが自らその場面に合わせた曲が歌を作ってくれていたので、アレンジを頼むのは五曲くらいで済み、レードル卿の負担をかなり軽減できた。
何せ彼は芝居をし、歌も歌わなければならないのだから。しかも新婚さんだし、無理はさせたくなかった。
まあ彼に言わせれば、もっとピアットの曲に関わっていたかったらしいが、彼にはまた難しい役をやってもらわなくてはならない。
前回とは正反対の悲劇のヒーローで、しかも少々情けない役で、またもやアンチファンに悩まされることになることだろう。
出番は少ないが、今回もまた、陰でヒロインの復讐の手伝いをするホテル従業員役をする、クリントの方が遥かに旨味があるので申し訳ないとは思う。
けれど、配役を決めたのは演出家のロックスで私のせいではないから許して欲しいわ。
彼は職業斡旋所の仕事をしているから、本当に人を見る目が鋭いのよ。
前回も今回もぴったり嵌っていると思うわ。
本来ならレードル卿はかっこいい王子様やモテモテの貴公子の役が似合うけれど、そればかりでは結局お客様に飽きられてしまう。
でも演技派と呼ばれれば、ずっとトップでいられる人だと思うのよね。
舞台装置の方は、親友のドロセナ=ユーダン子爵令嬢が前回同様、留学生仲間に声をかけて進めてくれてほぼ完成している。
皆まだ学生だし、多国籍の集まりだから、従来の舞台では見たことのないような新鮮な仕上がりになっている。年配の人には不評かもしれないけれど、若い人をターゲットにしているから文句はない。
彼らをまとめてくれているドロセナには感謝の気持ちしかないわ。しかし彼女は
「ティナが元気になってくれたならそれで十分よ。そもそも貴女のおかげで好きなことができるんだし、こうやって色々な新しいことにも挑戦出来て、楽しくて仕方ないんだから」
と言ってくれている。
彼女は学院時代からの友人だったが、家庭があまり裕福ではないので、結婚するための支度金も準備できず、家庭教師になるつもりでいたのだ。
しかし、彼女には素晴らしい絵の才能があったので、このまま埋もらせてはもったいないと思い、父に相談した。
それで父が彼女の才能を認めてパトロンになってくれたので、彼女はこの国の芸術大学へ留学できたというわけだ。
そんな彼女も今では、父の作ったロワズィール音楽事務所にも所属しているのだ。
まあ、彼女の専門は人物画なので、劇団には入っていないけれど、舞台の小物や、背景も手伝ってくれるのでとても助かっているのだ。
しかも衣装デザインも彼女が紹介してくれた、新進気鋭の女性デザイナと、お針子さん達が前回に引き続き請け負ってくれた。今回もこれが最高の出来だった。
前回の衣装も斬新で、貴族のご令嬢に大人気きになっていたから、今回もおそらく流行ると思うわ。
そんな忙しい中でもドロセナは恩があるからと言って協力してくれたのだ。
私は、これらのオペラ公演の本当の目的を彼女には話してはいない。
いくら親友だといっても、いざという時、知っていたか、そうでなかったか、与えてしまう迷惑の大きさが違うものね。
それでもドロセナはおおよその見当は付いているみたいだけれど。
こちらの目的を察して、各国から集まっている友人達に、公演の宣伝や例の二か国の噂、商会や大聖堂の様々な真実の情報をそれとなく流してくれているのだから。
今大きくなっている世論の波は、彼女の力も相当大きいと私は思っている。
舞台稽古を見つめながら、そろそろ第二弾の発表をしても良さそうだと思った。次はどんな波が起きるのか少々怖いけれど、ここまで来たからにはやるしかないわ。
法の専門家にも確認したから、とりあえず逮捕されたり訴えられることはないと思いたい。
あくまでも創作であり、特定の国及び宗教とは関係ありませんと断り書きをして、実際の個人名など一切使ってはいないし。
それでも苦情を入れてくるようならば、そちらの方が何か疚しいことでもしているのではないですか?と切り返してやるつもり。
睨まれることは間違いないわね。けれど、そんなことは些細なことだわ。
元々ピアットやレードルには常にお父様が護衛を付けてくれているけれど、これからは主な役者にも護衛を付ける予定。
他の劇団員は全員、本業に差し支えがないように最初から本名を伏せている。
舞台に上がっているときの厚化粧の顔と素顔はかなり違うから、おそらく狙われることはないと思うわ。
みんなの危機管理能力って驚くほど高いから。野生の勘みたいなものかしらん?
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「若手天才作曲家、ピアット=ムューラント卿書き下ろし曲によるオペラ『聖なる剣で切り裂かれた恋人達』上演決定!」
と各国で代々的に前宣伝をした。ええ、もちろん公演をするつもりのない、あの二つの国にも漏れなく広まるように手配したわ。
ピアットの新曲を聴けるのはこのオペラだけで、彼のコンサートでは聴けないということもね。
世界中にはピアットのファンがいて、自分のことを「ピアット通」だと称する者達が多いことを知っている。
そういう人達は、彼の音楽を聴くためならどんなに手間暇お金をかけてもチケットを手に入れて、彼の作った音楽について仲間と語り合う事を至高の楽しみにしているらしい。
そんな人達はどんなことをしてでもこのオペラを観たいと思うはずよ。
でも、二か国の人々は自国にいたらそう簡単にチケットは手にできないわ。純粋なファンの方々には非常に申し訳ないけれど。一体彼らはどうするかしらね?
私達の希望する方向へ動いてもらえるとありがたいのだけれど。
間違ってもダフ屋からは購入しないでね。この芝居に全く関わっていない人間にぼろ儲けさせるわけにはいかないし、高額な値段になったらお客様にも申し訳ないから。
もちろん対策もしているわ。
それこそ手間暇がかかるけれど、チケットにはシリアルナンバーをつけて、それを買った人の名前と住所をしっかりノートに記帳してもらって販売し、入場する際はそのノートにサインしてもらい、買った人本人かどうか確認することにしたわ。
だから観劇したい人は本人がチケット売り場に足を運ぶしかないの。一人に一枚しか売らないから。
つまり、申し訳ないけれど、奥様や恋人に内緒でプレゼントするわけにはいかないのよね。
だから、二人で観たいなら二人で購入するしかないの。ごめんなさいね。
でも仕方ないのよ。一作目の時、人気が出た後にダフ屋がたくさん現れて、本当に迷惑したので。
人手が必要になったためにスタッフを大勢雇った。そのこともあり、市長からも感謝されてしまった。どうやら意図せずに少しは社会貢献ができているようだった。
そして、私がこのテッサード王国の第二都市に来て一年経ったちょうどその日に、オペラ「聖なる剣で切り裂かれた恋人達」の初演の幕が上がった。
そしてその結果はというと、予想通り、公演のチケットは半年先まで売り切りれた。舞台のチケットの半券を持った人達はそれがステータスになったほどだ。
値段の安い立ち見席を用意して庶民にも観劇できるようにしたので、貴族社会だけでなく、市井の人々の間でも舞台の話題でかなり盛り上がっていた。
役者の熱の籠もった素晴らしい演技と歌声は観客を魅了したし、言わずもがなだが、ピアットの作った音楽は最高だったから。
近隣諸国でもツアーを敢行し、大成功を納めた。
今回ピアットが舞台に上がることはなかった。
しかし、レードル以外の役者が毎回変更するので、それを楽しむ人々も多く、リピーターが続出し、それぞれの役者を推すファンも現れ、その一人一人にファンクラブが結成されて盛り上がった。
もっとも、劇団員達のピアット熱も相変わらずだったので、自分達の人気にのぼせたり、調子に乗って問題を起こす者はいなかった。
さすがピアット!様々だと私は感嘆した。
そしてその偉大なるピアット本人が、相変わらず私一筋で、絶えず愛を囁いている。
いつしか私達は、お互いを「ピアット」「ティナ」と呼び合うようになっていた。
もうそろそろ、仮婚約の仮をなくしてもいいかしら、次第にそう思うようになった私だった。
次はいよいよ最終章となります。
最後までお付き合い頂けると嬉しいです。




