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第40章


「私の戯曲はね、元々課題提出後は脚本に直して、うちの劇団の練習用にするつもりだったのよ。だから一章ずつ出来上がるごとに団員の皆さんが稽古をしていたの。

 すると日が経つにつれてみんなの熱が高まって、芝居の内容が段々ブラッシュアップしていったわ。

 その様子を目の当たりにしているうちに、このオペラは本当に素晴らしい舞台になるに違いないと、周りの者達が確信を持ち始めたのよ。


 でもそれは私の脚本の出来が良かったというよりも、劇団員のみんなが個々に素晴らしい才能を持っていたからなのだけれど。

 そして極めつけは、父が勧誘したプロのオペラ歌手であるレードル様の指導が、それはもう最高だったからだと思うわ。

 そしてそうこうしているうちに戯曲が完成したので、大学に提出したの。

 そうしたら教授から絶賛されて、実際に舞台化されても問題なのではないか、と言って頂けたのよ。

 その時、ふとこんな妄想が頭に浮かんだの。


『このお芝居が大人気になって、ついにロングラン公演されることに決定するのよ。そして国内に限らず、他国からも公演依頼が殺到。

 しかし、私を散々馬鹿にし嘲笑した母国や、ピアットやアンジェ、を苦しめた()()()にだけは絶対に行かない。

 他国の劇場でこのオペラを観た者達から、どんどんと良い評判がもたらされて、二国の国民達の中でも観てみたいという欲求が高まってくる。


 そのうちに大陸中で評判の舞台を観られないのは、その二国だけだということに人々は気付く。

 そして、なぜ母国では公演が行われないのか、それを疑問に思って色々と探ろうとする者達が現れる。

 そうしたら噂、いや真実を流してやればいい。

 ガリグルット帝国のアクジット商会と大聖堂が手を組み、いかに卑劣な真似をしてきたか。

 そして帝国がそれを見て見ぬふりをしてきた真実を。

 そしてそんな彼らによって、いかに多くの人々が辛く苦しい思いをしてきたか。


ダブルソードスタイル(二刀流)』劇団は、彼らの被害者の代弁者としてこのオペラを上演している。

 それ故に加害者の住む国では公演をしないらしい……ということにやがて多くの人々が気付く。

 母国で公演しないのは、私の個人的な恨みのせいだから、一般の人々には悪いと思うけれど、大方の貴族達が私に嫌がらせをしていたのだから、いいわよね?』


 なんてことを妄想したのよ」


 ここまで私の話を聞いたピアットとクリントは、唖然とした表情をして私を見た。呆れているわよね。

 ど素人の学生が書いた脚本に、レードル様以外はド素人の劇団の旗揚げ公演が成功する確率なんて、常識的に考えればほぼゼロに近いだろう。

 それなのに大陸中に旋風を巻き起こすほどの人気を博するなんて、そもそも想像するだけでも烏滸がましい夢物語だったんだもの。

 でもね……

 

「妄想しているうちに、ふと気付いたのよ。これって、ただの夢物語にしない方法があるってことに。

 私達の劇団は無名だけれど、レードル様は人気上昇中の実力派のプロのオペラ歌手でしょ。

 彼に仲間に入ってもらって、そこにさらに超有名な人気音楽家の曲を使ったら、それこそいい宣伝になるんじゃないかって。

 素人集団の我が劇団でも二大看板があれば、それが評判になってロングランも夢じゃないかも……と思い始めたのよ。

 その頃からね、復讐や嫌がらせをしてやろうと本気で考え始めたのはね。

 そしてピアット様のチケットを届けに来たルーカス様にその話をしたら、彼もすっかり乗り気になって協力してくれたの。

 もちろん彼は私の復讐だなんて気付いていないけれど。

 その彼のおかげで、あの初日を迎えられたというわけなのよ」


「たしかに脚本家先生の言うとおり、このオペラは今巷では話題沸騰ですよ。うちのレストランでもよくその話題が出ています。

 ピアット様の曲が最高だとか、レードル様の歌声と悪役っぷりが素敵だとか、しりゃあもう大盛り上がりでね。

 しかも女性客だけでなく男性客の中にも、何度も劇場に足を運んだって話しているのを聞いて、本当に嬉しく思っているんです」


 クリントが少し興奮気味にこう話したので、 私はくすりと笑った。


「アルト役の貴方も人気でしょ? 貴方の役の方が正統派ヒーローだものね」



 ここの客達も、まさか自分達に料理を運んでいるコック兼ギャルソンが、あの准主役を演じている役者だとは思わないわよね。いくらあのアルトより華があったとしても。


「ええ、まあ」


 照れている彼に向かって、今度はアンジェが真顔でこう訊ねた。


「本職に影響はありませんか? 無理はなさっていませんか? 困ったことがありましたら、私に気軽に言って下さい。他の方と調整しますからね」


 アンジェは今、劇団のマネージャー役も務めてくれていた。その優秀さにルーカス様は本気で彼女をマネージャーとしてスカウトしていたが、彼女ははっきりと断っている。

 それにしても、彼はアンジェに気があるのが丸見えだわ。近頃、クリントと彼女を巡ってバチバチと火花を散らしているもの。

 アンジェには幸せになって欲しいから、もし素敵な男性がいたら結婚してもらいたいとは思っている。けれど、彼女はこの二人をどう思っているのかしら?

 今のところ単にビジネスライクの関係として見ていないと感じるけれど。まあどちらにせよ、彼女の意思に任せるつもりだから口を挟むつもりはないけれど。

 だって、自分の頭の上の蝿も追えないのに、余計なことを考えないで下さいと言われのがオチだもの。


「大丈夫です。ありがとうごさいます。いつも色々配慮してもらって感謝しています」


 いつになく丁寧なクリントの物言いに、アンジェが少し驚いた顔をした。

 だから彼女の耳元でこう囁いた。


「たった一歳だけれどアンジェの方が年上だとわかったから、敬意を表そうと思っているんじゃないの?

 見かけによらず礼儀を重んじるから」


「でも、貴族令息のルーカス様にはいつもタメ口ですよ?」


「三男だからどうせいずれは平民だし、自分と同じ年だから、同等だと思っているんじゃないの?」


(それに恋のライバルだし……)


 私とアンジェがヒソヒソ話をしていると、疎外感を感じていたらしいピアットが口を開いた。


「劇団の立ち上げに参加できなかったのは忸怩たる思いだが、僕の曲が少しでも役に立ったのなら嬉しいよ」


「役に立ったどころの話じゃありませんよ。仮にも役者である俺がこう言うのもなんですが、あのオペラの一番の感動ポイントは音楽家先生の曲ですからね。

 あっ、脚本家先生、すみません」


 クリントはおちゃらけた外見とは違い正直者だ。悪気は一切ない。

 彼が貴族なら大問題だが、平民だから問題はない。いや、むしろ腹を探らなくていいから、彼とのやり取りは慣れると却って楽だし心地良い。


「本当のことだから謝らなくていいわよ。

 ピアット様、つまり貴方は知らないうちに私達劇団の仲間に強制参加させられていたようなものなんです。本当に申し訳ありませんでした。

 そしてありがとうございます」


 私が深々と頭を下げると、ピアット破顔した。そしこう言った。


「僕が君の役に立っていたのなら嬉しいよ。これからもどんなことでもするつもりだから、何でも言って欲しい」


 と。

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