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第34章


「君に聞きたいことがあるんだが」


「何でしょう?」


「この前、オペラ『偽りの愛を謳った夫に殺された私は、悪霊となって蘇る』の脚本は、絶対に上演させたいから執念で書いたと言ってたよね? 

 大学の課題とか、夢を叶えるためとかいう感じには聞こえなかった。あれはどういう意味だったのかな」


 ピアットったらずいぶんと細かなところに関心を持ったのね。

 私の脚本の元となった戯曲が純粋にオペラが好きだからという理由で書いたのではないことを見抜くなんて。

 教授だって、学生の書いた作品とは思えない。素晴らしいと評価してくれただけだったのに。

 実際に舞台化され、そのロングランが決まったことで、入学して一年も経っていないのに単位をもらってしまったのよ。


 でも、たしかに彼の言う通りよ。あの戯曲は最初はピアットへの苛立ちを発散させるために書き始めたわ。

 これが課題の作品になるのなら、これまでの私の惨めな青春も無駄にならなくて済むわ、って自分を慰めていたのよ。

 でも、父からの手紙でメディーア=オコール侯爵令嬢とアクジット商会、そして聖堂の話を聞いて怒り心頭になったわ。

 あんな人でなしの悪党連中のせいで、ムューラント侯爵家の人間が長年苦しめられてきたのかと。

 そしてそんな恥知らずな娘であるメディーアにしてやられて、敵前逃亡してしまっ自分が情け無くて、惨めで、悔しかった。


 父が動いてくれたから、オコール侯爵令嬢とその仲間達を捕まえ、色々な犯罪を暴くことができたわ。

 そのおかげで多くの人々が薬害に侵されずに済んだ。さすがは私が尊敬し、敬愛しているお父様だわ、と思った。

 それにオコール侯爵令嬢の結末を知り、少しは溜飲が下がったわ。

 けれど、諸悪の根源であるオコール侯爵家と聖堂は反省することもなく、そのまま悪事を続けている。

 多くの人々を苦しめ悲しませてきたのにそれを反省することもなく、人の仮面を被ったまま平然と暮らしているのよ。あの悪魔達は!

 そう考えたら腸が煮えくり返る思いがしたの。父のように上手くやれるとは思えないれど、それでも彼らに一矢でも報いたい。

 復讐とまでは行かなくても、せめて嫌がらせくらいはしてやりたいと思った。


 そしてふと良いことを思い付いたのだ。やはりどうせやるなら、自分の得意としたことで仕掛けた方がいいと。

 舞台の力を借りよう。申し訳ないけれど多くの名もなき人達を無意識のうちに動員させて、あの人達をぎゃふんと言わせてやろうと。

 人一人の力なんてか弱いものだけれど、大勢の人の力を借りられたら何かできるのではないかしら。

 知らない者同士がピアットの歌を大合唱していた、あの時の彼らのパワーを思い出してそう考えたわ。


 最初は受け取るつもりなんてなかったピアットの著作権も、私名義になれば使い放題だということに気付いて、それも利用することにした。

 彼の曲を使えば、オペラに興味のない人でも飛び付いてくると思った。そして結果的にその狙い通りになったわ。

 あと一押しすればもっと大きな波に乗れるはずだわ。そうすればその波はこの国だけには留まらなくなるはずよ。

 そうすれば、私の望みは叶う。

 その一押しを彼にしてもらおうかしら。


「さっきの質問だけれど、ここでは言いにくいの。だから、人に聞かれない場所へ移動しない?」


「レストランの個室にでも行くかい? それとも公園を散歩しながらの方がいいかな?  

 その〜、僕と歩くと帽子を被っても目立つと思うけど、もし君がそれでも良ければ」


 ピアットが少しモジモジしながら言った。私が嫌がならなければ散歩をしたいと言っているように聞こえた。

 それに少し驚いた。これまで私達は一緒に外出したことがなかったからだ。

 もちろん、彼が音楽学院に入学するまでは、お互いの領地内なら二人で出かけてはいたけれど。


「私と一緒にいる所を人に見られてもかまわないの?」


「かまわないというより、君が僕の婚約者なんだってみんなに見せびらかしたい。以前からずっとそう思っていたんだ。

 でも、君が周りの目を気にして嫌がるんじゃないかと思っていた。

 それに、過激な女性もいるから、君に危険があると困るという思いもあって、誘えなかった」


「そうなの? でもどちらにせよ、そもそも貴方に私とデートする暇があったとは思えなかったのだけれど」


「ごめん」


「謝らなくてもいいわよ。貴方が()()()()忙しかったのはよく分かっているわ。レードル様やカールス卿から話を聞いたから。

 カールス卿なんて、半年前にこの学生寮にやって来た時、ここで土下座して謝ったのよ。全部自分が悪いって」


「君にもあれをやったのか!」


 ピアットは大きく目を見開いた。

 ああ! やっぱり彼にもやったのね。それで味をしめたんだわ。

 私は土下座なんていうパフォーマンスくらいでは、簡単に許してあげる気はなかったけれどね。


「ピアット様との婚約解消を、どうか考え直しては頂けないでしょうか。全て私が悪いのです。ピアット様のせいではないのです。

 許して頂けるのでしたら、私はどんなことでもいたしますから」

 

 そうカールス卿は言った。

 全てが彼のせいだなんて思っていたわけじゃないけれど、どんなこともすると向こうから言ってきたので、彼に二つばかりお願いをしてみたのだ。

 その一つは、今後はたとえ依頼があっても、ピアットにガリグルット帝国では絶対に演奏会をさせないこと。

 そしてあと一つは、これから『ダブルソードスタイル(二刀流)』という名の劇団を作りたいのでのそれに協力して欲しいということだった。

 まだ学生で素人の私にとって、その道の専門家である彼の協力が得れられればはとても心強いと思ったからだ。


 カールス卿は二つ返事でそれを受けてくれた。

 まあ、彼は父の作ったロワズィール音楽事務所に所属したところだったので、そのオーナーの娘の願いは無下にはできなかったからだとは思うけれど。

 実際に彼がいなかったらこんなに早くオペラの上演なんてできなかったと思うから、その事に対しては感謝しているわ。

 それに未だに気付いてはいないけれど、彼も無意識に私の復讐劇に加担させられているのよ。

 まあ、その事にたとえ気付かれたとしても、彼だってあの人達のことを快く思ってはいないだろうから文句はないと思うけれど。

 ただし、一応このことはピアットには内緒にして欲しいと言っておいたわ。復讐できる目安がある程度立ってきてから、彼に話すつもりだったから。


 そして、そろそろいい頃合いだと思っていたところへピアットがやって来た。

 私の復讐のためのシナリオ。それを彼に伝えよう、そう私は決心した。彼の協力が得られたら、今よりもっと大きな波を起こせると思うからだ。

 でも、その話を絶対に人には聞かれてはいけないので、場所を移さないかと提案したのだ。

 私の面会人があの有名なピアット=ムューラントだと分かって、聞き耳を立てている方々がたくさんいるみたいだったしね。


「貴方はここへどうやって来たのかしら? 馬車?」


「ああ。今、通りで待機している」


「そう。それでは私の馬車と二台で行きましょう。貴方にも護衛がいるでしょうから、一台では無理でしょう?」

 

「君のところ何人だい? アンジェと護衛を含めて三人か。それなら僕の馬車だけで大丈夫だよ。僕の護衛は御者の隣に座ればいいから」


 そうピアットが言ったので、結局彼の馬車一台で行く事になった。

 目的地は下町のあるレストランだった。

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