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第30章 ピアット視点⑪ 再会編

 

 僕だけでなく、フォルティナとレードルがこっちを見て瞠目した。

 二人はすぐに離れたが、暫く三人で言葉を発することなくその場に立ち尽くしていた。

 そしてその沈黙を破ったのは、そこにやって来た劇場の関係者だった。

 

「レードル様、そろそろ準備よろしくお願いします」

 

「はい。わかりました」

 

 レードルはスタッフにそう返事をしてから、僕を見てニコッと微笑んでこう言った。

 

「超多忙の君がわざわざ来てくれるとは思っていなかった。

 だけど、この舞台は僕とフォルティナ嬢にとっては一生の記念になると思う。もちろん君にとってもね。だから来てもらえて良かったよ。

 ……これを見て少しは反省するといいよ」

 

「え?」

 

 親友の挑発的な言葉に、ようやく僕は我に返った。君は僕とフォルティナとの仲を取り持つために、忙しい中わざわざヴァード伯爵家まで訪問してくれたのだよね?

 そんな君が何故今フォルティナと抱き合っていたんだい? 僕の気持ちを一番知っているはずなのに? 

 そもそも彼女はまだ僕の婚約者なんだよ。それなのに抱き合うだなんて、いくらなんでも人の道を外れているのではないか!

 

 そんな怒りを感じたが、彼はさっさと部屋を出て行ってしまった。

 き、気まずい。フォルティナにずっとずっと逢いたかったはずなのに。

 浮気したのか? なんて間違っても責められない。これまで彼女をずっと放置してきたのは自分の方なのだから。

 とにかく彼女にこれまでのことを心から謝罪しなければならない。そして誤解を解かないと始まらない。

 もし、レードルに思いが移ってしまっていたとしても、簡単に諦めたりしない。

 

 僕はフォルティナの方に顔を向けてこう言った。

 

「フォルティナ、ずっと君に逢いたかった。逢って君に謝罪したかった。そして誤解を解きたかった。今日ここで逢えて本当に良かった」

 

 しかし、彼女は眉間にシワを寄せながらこう言った。

 

「私は会いたくなかったわ。特に今日は私にとってとても大切な日で、貴方と話している余裕がないから」

 

 会いたくなかった。面と向かってそうはっきりと言われて、胸が締め付けられるように苦しくなった。

 しかも余裕がないって、そんなに僕と話す時間さえ鬱陶しく思うのか?

 怒っているのかと思っていたのだが、そうではなくて僕を嫌っているのか。今さらながらそう思った。

 そうだよな。怒っていたのなら、あの時怒鳴り散らしていたはずよな。それなのに冷静に婚約破棄を告げて、彼女は自分から姿を消したのだ。

 僕との関わりを持ちたくないから母国を出たんだものな。顔を見るのも嫌なくらいに。

 やはりやり直しは無理なのか? 

 

「貴方はチケットを持っているのでしょう? 早く席に着いた方がいいわ。間もなく開演の時間になるから。私も急がないとみんなに迷惑をかけてしまうわ」

 

 みんなって? 友人達と一緒に来たのか?

 

「この舞台が終われば少しだけ時間が取れるから、終演時にまたここに来て。このオペラの感想が聞きたいから」

 

 フォルティナはそう言うと、僕を部屋から追い出した。

 オペラの感想が聞きたいだって? 私達の今後のことを話すのではなくて? 

 彼女の言葉に再びショックを受けながらも、私は自分の席に向かった。

 とてもじゃないが優雅にオペラなんて観る気分ではなかったけれど、彼女のお願いを無下にすることはできなかった。

 だから、一応席に着いたが、開演してもじっと目を瞑ってただ聴いていた。

 もう舞台を楽しむつもりなんてなくなっていたので、台詞も歌も聞き流していたのだ。ところが、すぐにそうしてはいられなくなった。 

 なぜなら、そのオペラに使われている曲のほとんどが、自分の作った曲のアレンジだったからだ。

 しかも、徐々にそのストーリーに既視感を覚え始めたのだ。


 あれ? この人間関係は自分とフォルティナに微妙に似ていないか? 

 男の子に交じって外遊びが好きな、この活発なヒロインはフォルティナにそっくりだぞ。

 学生時代から詩集を出して印税暮らしって、この主人公は作曲してその印税をもらっていた自分と同じじゃないか。職種は違うけれど。


 しかも自分を追いかけ回す女の子がよく失神しするせいで、その手当てに慣れているなんて、僕みたいな人がまだ他にもいるのだなとホッとした。

 いいや、ホッとなんてできない。

 後輩と恋人関係になって婚約者を蔑ろにするだと? 最低な男だな。

 僕も忙し過ぎてフォルティナを放置して悲しませてしまったけれど、浮気はしていない。僕は彼女一筋なんだから。

 従姉とのことだって、全部あいつの一人芝居で、僕は彼女と二人きりで会ったことさえなかったのだから。

 

 それにこの男は得意の詩で嘘っぱちの愛を婚約者に囁いているが、私は全身全霊本気で歌や曲で思いを伝えてきたんだ。

 この詐欺師とは違う。婚約者に信じてもらえていない点は同じだけれど。

 そもそもこの男は妻を殺して伯爵家を乗っ取ろうとしている。信じられないくらい悪党だ。あんなのと僕が似ているわけがない。

  

 ただし、自分の著作権を婚約者に譲って信用を勝ち取ろうとした点は似ている気がする。

 私は相手を騙すつもりではなく本当に詫びのつもりだったが。

 まあもし、僕の愛を信じていないフォルティナがこの脚本を作ったのだとしたら、こんな残虐非道な設定の話にしていたかもしれないが。

 ん? 設定? 話? もしかしてこれって……

 そういえば、たしかフォルティナはこの国に戯曲の勉強をしに来ているはずだ。しかしまさか……

 

 僕はようやく舞台の上へと神経を集中させた。

 あの真面目で優しいレードルが嬉々として悪役主人公に成り切っている。

 ナルシストで傲慢で、何でも自分の思い通りにならないと気が済まず、平気で女性を手籠めにし、妻や使用人を殺す極悪人を。

 そして長年の愛人との華やかな結婚式で朗々と愛の詩を謳い上げ、クライマックスを迎える。

 美しい新郎新婦が拍手と声援の中、満面の笑みを浮かべて式場から出てくる。そして花嫁がブーケを空高く放る。

 しかし……それを受け取る者は誰もおらず、豪華なブーケは地面に落下して、無残にも花びらを散らした。

 二人が呆気に取られていると、人々が左右に分かれて一本の道が出来た。

 そしてその道の向こうに、血の色のような真っ赤なドレスを着たかつての妻と息子、そして侍従が手を繋いで立っていた。

 

 崖下に馬車を落とし、殺したつもりだった妻と侍従は生きていたのだ。


 妻達が無事に生還したことで、主人公は死罪だけは免れた。が、殺人未遂とお家乗っ取り、そして婦女暴行の罪で起訴され、一生鉱山で働く労働刑を言い渡された。

 それは死ぬより辛いと言われる生き地獄の刑罰だ。

 しかし、彼が何よりも悔しかったのは、自分が騙し操っていたと思っていた妻にまんまと騙されていたことが分かったことだった。

 妻似だから自分には似ていないのだろうと思っていた一人息子。

 その顔立ちが侍従にそっくりだったことに今頃気付いたからだ。

 それを皆の前で暴露してやりたかった。

 しかし、自分が托卵されていた惨めで情けない男だとは思われたくなくて、誰にも話すことはできなかった。

 それが愛の伝道師としての矜持だった……

 

フォルティナが作ったと思われるこの芝居のストーリーは

『偽りの愛を謳った夫に殺された私は、悪霊となって蘇る』

という小説にして、すでに「なろう」に投稿してあります。本編より一年も前に。

もしよろしかったら、こちらものぞいてみてください。二度目の宣伝です。


読んでくださってありがとうごさいました!

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