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第28章 ピアット視点⑨ フォルティナの真実

 

「君の浮気疑惑は晴れたよ。君が娘のことをずっと思っていたと、わざわざ証言しに来てくれた人物が二人もいたからね」

 

「二人?」

 

 ヴァード伯爵の言葉にカールス卿を目をやった後で、再び視線を正面に戻して、頭を捻った。

 

「レードル卿もいらしていたんだよ。夕方からの公演があるからと、午前中にここを立たれたがね。

 忙しい中、わざわざ君のためにこんな田舎まで足を運んでくれたんだよ。良い友人を持ったね」

 

 レードルが? それを聞いて僕は驚いた。僕が勝手に親友だと思っている五年間同部屋で同級生だった男は、今絶賛公演中のオペラの准主役でかなりハードな生活を送っているはずだ。

 それなのにわざわざこの地を訪れてくれていたとは! 

 そう。彼なら一番よく知っているはずだ。僕が学院時代にフォルティナをずっと思っていたことを。そして女性との浮いた話など何一つないってことを。

 ありがたい、と心の中で両手を合わせた。

 

「僕はずっとフォルティナ嬢を愛してきました。他の女性など目に入れたこともありません。そのことを信じてくださったのですね」

 

「ああ。他に確固たる証拠も出てきたしな。我が屋敷の数名のメイドが君からの手紙や贈り物を全部隠していたんだ。昨夜ようやくそれが判明した。

 本当に申し訳ない」

 

 ヴァード伯爵が僕に向かって深々と頭を下げた。やっぱりそうか、と思った。そしてそれにリリアンも加担していたのだろう。

 しかし、それを他人のいる前で表沙汰にするわけにはいかないのだろう。もちろん僕だって最初からそんなことをするつもりはないが。

 良かった。どうやって信じてもらおうかと正直悩んでいたのだ。

 

「いいのです。学院に入学前の僕の態度はかなり酷いものでしたから、この屋敷の皆さんに良く思われていなかったことはわかっていますから。

 これからは皆さんにも信頼してもらえる人間になるように努力します。

 あの、フォルティナ嬢へ送った手紙類を一旦引き取らせてもらえないでしょうか?

 僕が直接彼女の元に行って、それらを手渡して謝罪したいのですが」

 

 早く、フォルティナに逢って謝罪し、誤解を解きたいとの気持ちが高まり、焦ってこう言った。 

 しかし、伯爵の答えは意外なものだった。

 

「いや、手紙は私の方から渡すつもりだよ。頃を見計らってね」

 

「頃を見計らってとはどういう意味ですか?そんな悠長なことでは困るのです。誤解されたままでは、余計に嫌われてしまうではないですか?」

 

 伯爵は何を言っているのだろう。意味がわからなかった。今すくにでもフォルティナの下へ駆けつけたいのに。

 

「フォルティナは今、異国地で慣れない生活に四苦八苦していると思うのだよ。精神的にも肉体的にも余裕がないと思うのだ。だから、落ち着くまでそっとしておきたいんだよ」

 

「慣れない生活に四苦八苦しているとはどういうことですか? それではとても療養になりませんよね? 

 それならばなおさら、フォルティナを早く迎えに行った方が良いですよね?

 国内にもよい療養地があると思うので私が探します。その方が落ち着くのではないですか? 私もその近くに滞在します」

 

 何故慣れない他国で苦労しながらわざわざ療養するんだ? 僕がそう言うと、伯爵は何とも言えない複雑な顔をした。

 そして少しの間考え込んだ後で彼は信じられないことを言ったのだ。

 なんと、フォルティナは療養に行ったわけではなく、実際は留学したのだという。

 

 真実の愛で結ばれた恋人同士をが引き裂く悪女とされた挙げ句、衆人環視の下で婚約破棄されて断罪されたのでは堪らない。

 そうなる前に、婚約者の裏切りに遭って傷心のあまり体調を崩してしまった。そして療養するために隣国へ向かったという設定にした方が、少しでも印象が良いのではないかと伯爵が提案したのだという。

 学びたい事があるから留学したのだと正直に話しても、どうせ逃げ出したと言われるに違いない。

 そう誤解されるのだけはどうして我慢できない、とフォルティナが泣いたからだという。

 

 あの、フォルティナが泣いた?

 母親が失くなった時でさえ、妹を守るために強くあらねばならないと、必死に涙を堪えて泣かなかった彼女が?

 僕が散々悪口や嫌味を投げつけても、いつも薄笑いを浮かべて平気な顔をしていた彼女が?

 

 本当は優し過ぎるからその分傷付きやすいってことはわかっていたんだ。だからこそ強い男になって彼女を守ってやりたいとずっと思っていたのだ。

 ところが男らしい兄とは違って、少女と間違えられる女顔の上に華奢や体付きだった僕は、むしろ変質者から何度も彼女に守ってもらっていた。

 助けてもらってもちろん感謝はしていたのだ。しかし、自分に対する不甲斐なさが情けなくて、つい彼女に冷たくあたっていた。

 

 今思い返しても、僕は本当にろくでもないやつだった。

 そのくせ、養子に出されるかもしれないと知った時、フォルティナの側を離れたくなくて酷く焦った。

 だから、ピアノのレッスンを一緒にさせて欲しいなんて図々しいお願いをしたのだ。母親のことをダシにして。

 まさか自分にピアノや音楽に対する才能があるなんて思ってもみなかったし。

 そして思いがけずヴァード伯爵にパトロンになってもらえて、養子に出されることもなくなったこのだ。

 全てフォルティナのおかげだった。

 

 しかしそのうち音楽が本当に楽しくなってしまった。フォルティナの側にいたくて音楽を続けたはずなのに、その音楽のせいで彼女と過ごす大切な時間を無くしてしまった。本末転倒もいいところじゃないか。

 しかも守るべき大切な彼女を寂しがらせ、苦しませ、泣かせるなんて最低過ぎる。

 

 

「音楽学院は噂で聞くよりもかなり過酷らしいね。レードル卿に話を聞くまで知らなかったよ。

 そこで入学から卒業まで首席を取り続けるのはかなり大変だったろう。長期休暇に帰省しなかったり、連絡が来なかったこともやむを得なかったのだと今では理解しているよ。

 いやむしろ、報告書などを義務付けたことを後悔しているよ。そんな下らないことに時間を費やさせてしまって申し訳なかった」

 

「伯爵が謝まれることではありません。パトロンになっていただいているのに報告書を書かないなんて、それはあり得ないことなのですから。

 忙しかったのは事実ですが、一年目に手紙を出さなかったのは、なんて書いていいのか本当にわからなかったからです。

 でもそのことを同室のレードルに相談したら、無理に文章を書かなくても詩でもいいんじゃないかと言われたのてます。それでフォルティナを思って作った詩を送るようにしたんですが……」

 

 結局その詩は未だに彼女の手元には届いていないのだが……

 

 

「本当にすまなかった。

 だけどね、フォルティナも君同様に毎日大変だったんだよ。

 十五で学院に入る前から一般教養に淑女教育、領地経営の勉強、ダンスにピアノの練習、そして妹の世話とね。

 まあ君と離れ離れになった寂しさを紛らわせるためには、それくらいでちょうど良かったかもしれないがね。

 だが、君が王都へ行った後、フォルティナの元気がなくなったのは傍目からも一目瞭然だったよ。仕方なかったのだろうが、やはり君からの連絡がこなかったからだろうね。

 そんな姉を可哀想に思ったリリアンが、ある日フォルティナをオペラに誘ったんだよ。気晴らしになればいいと思ったのだろう。

 それにいつも人のことばかり心配し尽くしている姉に、趣味を見つけてやりたかったのだと言っていた。

 まあ、それがリリアン自身の好きなオペラだったのだが、意外にフォルティナも夢中になってね、月に一度は劇場に通うようになったんだよ。

 あの子に好きなことができたことをリリアンや私は心から喜んでいたんだよ。

 でも、まさかそのオペラ好きが、ただ観ることだけで留まらなくなるとは思わなかったがね」

 

「それはどういう意味ですか? まさかフォルティナ嬢自身がオペラ歌手になりたいと思っているということですか? 子供の頃から彼女は歌がとても上手でしたが……」

 

「えっ? あの子は歌が上手いのかい? 私は一度も聴いたことがないんたが。

 デビュタントで君にエスコートしてもらえないことがわかった後、しばらく落ち込んでいたフォルティナがある日、リリアンとオペラを観に行ったんだ。

 そしてその翌日、芝居の戯曲を書くために勉強したいと突然言い出したんだ。二年間だけでいい。戻ったら領地経営に励むからと。

 最初は酷く驚いたんだが、これまであの子は頑張り過ぎたからね。それくらい自由に好きなことをして過ごすのもいいんじゃないかと思ったんだよ」

 

 オペラ歌手ではなく戯曲作家?

 伯爵だけではなく僕も意外過ぎて瞠目したのだった。

  

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