第26 章 父親視点から⑫ 疑惑の真相
そのメイドはジワジワとリリアンの心のヒダに入り込み、ピアットからようやく手紙が届いた時も、こっそりとこう囁いたようだ。
「せっかくフォルティナ様がピアット様を見切りを付けようとなさっているのに、気まぐれに送ってきた封書を目にしたら、きっとまたお心を乱されて、辛い思いをなさいますよ。
おそらくピアット様は
『このまま婚約者を蔑ろにしていたら、その父親から支援を打ち切られてしまう。だから、たまにはご機嫌をとっておいた方がいいよ』
とでも誰かに忠告でもされたのでしょう。
ですからその手紙の中身は、美辞麗句ばかりの偽りの言葉だけが綴られているはずですよ。そのようなものをお姉様にお見せしてよいのですか?」
リリアンはこの言葉に見事に乗せられてしまったようだ。
この屋敷では、届けられた手紙や書類や荷物はまず一階フロアー担当のメイド達が受け取る。そしてそこで仕分けされて、当主である私宛のものは執事に、それ以外のものは侍女長のところへと運ばれる。
そしてその後、差出人を確認されて問題なしとなったら、宛名の元へ担当侍女が運ぶという手順になっていた。
リリアンはフロアー担当のメイド三人に、ピアットから姉宛に届いた手紙は全て、直接自分のところに持ってくるように指示をした。
そしてそのことを他の人間には絶対に話してはいけないと。
その三人のうちあのメイド以外の二人は、姉娘のフォルティナを尊敬している者達で、以前からピアットを快く思っていなかったこともあり、リリアンの
『お姉様のお心を乱す原因になるピアット様からのお手紙は、お姉様の目に触れさせたくはないのです』
という言葉に同調してしまった。
「ピアット様からの重要な書類などはお父様宛になっているの。だから何も問題ないわ」
と言われて。
その結果、せっかく改心したというのに、ピアットが送った手紙や贈り物がフォルティナの元に届くことはなかったのだ。
ただし、その頃にはすっかり諦めてしまったのか、娘の様子にあまり変化はなかった。
そしていつしか、フォルティナは妹のリリアンと共に毎週のように劇場に通うのが習慣になっていた。
こうしてさらに一年が経ち、十五歳になったフォルティナは王都の王立学院に入るためにタウンハウスへ向かった。
彼女に付き従ったのは、アンジェともう一人、例のリリアンからの指示を受けていた者だった。そのため、タウンハウスでも引き続きピアットからの手紙は抜き取られて、メイドの部屋にしまわれていた。
元凶のメイド以外の二人は、次期当主への手紙を隠すことがフォルティナの為になることだと信じて疑わなかったのだ。
実際ピアットは若き天才ピアニストとして脚光を浴びて、週末や長期休みは演奏活動に忙しくて、同じ王都に居ながらヴァード伯爵家のタウンハウスを訪れたことはなかったからだ。
もしピアット自身がフォルティナ分のチケットをタウンハウスに送っていたら、チケットが届かないことでこの企みはもっと早くに露見していたことだろう。
ところが、ピアットはチケットを興行師を通してそれぞれに郵送していたので、フォルティナの分のチケットだけは皮肉にも娘の手元にしっかり届いていたのだ。
それもまたあのメイドにとっては好都合だったようだ。
たしかに毎週のようにフォルティナはピアットの公演には出かけて行ったが、そこで彼と会話をすることはないと知っていたからだ。
控室に手作りの菓子などを差し入れするのは侍女だということも。
そして毎回多くの女性ファンに囲まれて微笑むピアットを姿を見せられ、色々な噂話を耳にしているだろう。
そのせいでフォルティナは散々惨めで嫌な思いをさせられて、きっと自ら身を引くに違いない、とそう思ったと発言した。
(ピアット様は学生の内から天才ピアニスト、天才音楽家と呼ばれるようになり、その名声はあっという間に大陸中に広まったわ。
もはやヴァード伯爵の資金援助がなくなっても問題はないわよね。
フォルティナ様もピアット様への思いは冷めてしまった様子だし、上手くいったわ。みんな私のおかげよ)
とメイドは有頂天になったようだ。
ところが彼女にとっては予想外のことが起こった。
卒業の半年前になって、突然ピアットがマネージメントをしているルーカス卿と共に領地の屋敷にやってきたことだった。
しかもその目的が彼女の想像していたこととは全く違っていた。
ピアットが私に頭を下げて必死な形相で懇願したことは、婚約解消などではなく、結婚式の予定を遅らせて欲しいということだった。
しかもその理由は、卒業後は音楽活動を止めるつもりだったのに、ルーカス卿が勝手に卒業の一年後までスケジュールを入れてしまったせいだった。
早く結婚したかったのにと、本当に悔しそうに呟くのを聞いて、正直私は驚いた。
四年以上娘に不義理を続けてきたのは、娘に関心が無いからだとずっと思っていたからだった。
あのメイドは、その話を私より早くこの真実に辿り着いていた同僚のアンナから聞かされていたはずなのに、それを信じていなかったようだった。
そこで今回私は、リリアンから隠し持っていた手紙を持ってこさせ、その中から一通の手紙を開封してその中身を見せてやった。
それは偶然にもあの『君に伝えられない素直な気持ち……』の詩だった。もちろん日付はレコード化される半年も前のものだった。
あのメイドは顔面蒼白になって床にへたり込んだ。
私は彼女を捕縛して地下室に閉じ込めておくよう護衛に指示したのだった。
そしてそのメイド同様に真っ青になった娘も泣きながら謝り続けたのだった。
建国記念のパーティーに参加できないというピアットの手紙が、私だけに届いた時点で、私はそのことに疑問を抱いて調べるべきだった。
そしてただちに彼を呼び出して、娘に長年疑問や不満に思っていたことを全て吐き出して、彼と話し合わせるべきだったのだ。
そうすれば、今回のメイド達の不正行為にも早く気付き、想い合っていた二人の仲を修復させることができたかもしれない。
悔やんでも悔やみきれない。
しかし、言い訳になってしまうが、彼は超多忙でどこにいるのさえ把握できなかったのだ。まあ、その時彼はガリグルット帝国の大聖堂で軟禁されていたのだから、連絡を取りようがなかったのだが。
それにしても、と私は一年前のことを振り返った。
ピアットは結婚式を延期する詫びとして、彼の持つ著作権を全てフォルティナ名義に書き換えたという書類を私に差し出したのだ。
あの時はさすがに私も軽いパニック状態に陥ってしまった。
すでに世界的著名なカリスマ音楽家になっていたピアットの著作権料……天文学的数字になることは確かであろう。
それをフォルティナに譲るだと?
いずれ夫婦になるのだから問題はないということなのか? つまり本気で娘と結婚する気だということなんだな。というより、娘を真剣に愛しているということか。
昔ならいざ知らず、今の彼なら私の援助など全く必要ないのだから。
これまでの彼の行動との矛盾を感じながらも、彼の決意表明に度肝を抜かれていた私は、直前まで抱いていた違和感を飲み込んで、彼の願いを受けれてしまったのだ。
その時、私とピアットのやり取りを扉越しに聞いていたリリアン付きメイドのアンナが、私と同じように違和感を覚え、一人でそれを探り始めていたのだ。
しかし、ピアットの手紙がフォルティナの手元に届かないように隠されていた、と彼女が気付いたのはそれからかなり経ってからだったらしい。
そう。フォルティナがデビュタントとして参加する予定だった建国記念のパーティーに、参加できなくなったという、ピアットの手紙が我が屋敷に届いた時だったという。
そしてアンナはすぐに私に報告しようとしたのだが、そんな彼女にあのメイドはリリアンをダシにして脅したのだという。
「リリアンお嬢様が愛する婚約者様と自分の間を引き裂いた張本人だとわかったら、フォルティナ様はどう思われるでしょうか?
たった一人の可愛がってきた妹に裏切られたと知ったら、相当ショックを受けられるでしょうね。
それから旦那様も。きっとがっかりされるでしょう。
あなたは自分の主人であるリリアンお嬢様が、ご家族の皆様に白い目で見られるようになっても平気だというのですか?」
と。
次章は微ざまぁ第二弾になります。
微ざまぁは後々第三弾まである予定です。対象は誰で、誰がその微ざまぁをするか、楽しみにして頂けると嬉しいです。




