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第24章 父親視点から⑩ 疑惑の真相

 

 レードル卿はこう言った。

 

「彼は日記代わりに詩のようなものを毎日のようにノートに書いていました。

 婚約者のフォルティナ嬢への思いも詩にして書いていましたよ。時々得意気にそれを朗読していました。

 そして上手い詩ができると、それを便箋に綴って婚約者へ送っていました。

 何故文ではなくて詩だったのかというと、僕がそうアドバイスしたからなのです。

 彼は文才があるのに何故か婚約者への手紙を書くのが苦手で、よく便箋を前に唸っていたのです。だから僕がアドバイスをしたのです。

 手紙とは自分の気持ちを相手に伝えるための手段に過ぎないのだから、文章が苦手なら詩を送るだけでも十分じゃないのかって。

 君の詩には君の熱く切ない思いが十分込められているから、それだけで婚約者には思いが伝わると思うよって。

 その僕のアドバイスに従って、彼は月に二回ほど手紙を送っていました。

 そして最初に送った詩というのがあの『君に伝えられない素直な気持ち……』という詩だったのです。その時はまだタイトルは無かったと思いますが。

 

 まさか、あの詩を読んで彼の気持ちを察することができないようなご令嬢がいるとは思わなかったです。

 全ては僕か余計なことを言ったせいです。本当に申し訳ありませんでした」

 

 レードル卿は謝罪の言葉を告げながも、その目は私を睨んでいるように見えた。

 

(あんなに愛を綴った詩を受け取っても愛されていると気付かないなんて、なんて鈍感で感受性の乏しい女なんだよ。

 彼のあの切ない歌声を聴いてもなんとも思わないのか? 男の自分だって惚れるぞ!)

 

 そう言っているように私には思えた。

 

 たしかにあの歌の歌詞となった詩をレコードになる前に受け取っていたら、フォルティナは泣いて喜び、自分はピアットに愛されていると確信できたに違いない。

 そしてさらにレコードから彼の甘く少しハスキーな魅惑の声で愛の歌を聞いていたら、感激して気を失っていたかもしれない。

 

 しかしフォルティナとすれば、自分だけがピアットに一方的に手紙や贈り物を送っていただけだと思っていた。 

 詩やレコードなどの彼からの贈り物どころか、自分が贈った物に対する礼状さえ手にしていなかったのだから。

 そんな状況下では、娘が彼の気持ちを知る由もななかった。

 だからこそずっと辛かったはずだ。どこへ行っても流れてくるその歌声を聴きながら、フォルティナはいつも切なそうな顔をしていたから。

 人前でなかったら、おそらく耳を塞ぎたかったに違いないのだ。

 そしてそれは今もずっと。

 

 それなのに一体これはどういうことなんだ? 

 私が見聞きしていたことと、レードル卿が語る世界はまるで違う。この大きな齟齬はどうして生まれたのだろうか。

 私はレードル卿の隣にすわっていたカールス卿を見たが、彼は頭を横に振った。

 

「私がピアット様のマネジメントをするようになったのは、あのレコードが大ヒットした後ですので、そのへんの事情はわかりません。

 それでも、彼がフォルティナ様を一筋に思っていたのは事実だと思います。他のご令嬢には一切見向きもしませんでしたし。

 ただそれに私がようやく気付いたのは、今から一年ほど前なのです。


 卒業まであと半年になって、その後の計画を立てようと改めて相談しようとしたのです。

 すると、卒業したらヴァード伯爵家の仕事を覚えたいから、もう音楽活動はしないと言われた時でした。

 それは私からすれば思いも寄らないことでした。既に卒業後のスケジュールを入れてしまっていたので、あの時は本当にパニックに陥りました。

 私は、ピアット様とフォルティナ様の婚約は形だけのもので、卒業後は解消するものだと思い込んでいましたから。


 けれど、こちらへ来る途中でレードル様とお話ししていてふと気が付いたのです。

 なぜ私はお二人の婚約を仮のものだと思い込んだのだろうと。

 当然お二人から聞いたわけではありませんし、お二人の仲が冷めているという噂は色々と流れていましたが、仮初めの仲だなんていう噂はなかったというのに」

 

 ガシャン!

 

 ローテーブルに淹れたてのお茶の入ったティーカップを置こうとしたメイドの手が震えて、小さな音がした。

 ヴァード伯爵家の使用人は皆優秀であり、こんな粗相は滅多にしない。彼女を凝視すると、真っ青な顔をして、手だけでなく唇まで少し震えていた。

 音を出してしまった焦りなのか、それとも他に理由があるのか。

 おそらく後者だろう。いくら行儀作法に厳しくしているとはいえ、これまであんな音を立てたくらいで叱責した覚えはないのだから。

 

「不躾なことをして申し訳ありません」

 

 そう言って頭を下げたのは、普段は下の娘の世話をしているメイドのアンナだった。

 私は客人二人に、少し席を外すからと言って、メイドの後に続いて廊下へ出た。

 するとそこには、案の定リリアンが真っ青になってガタガタと震えていた。

 

「盗み聞きをしていたのか? いつそんな下品な真似を覚えたのだ?」

 

「あっ、あっ……」

 

 思いの外低くて冷たい言葉が出て自分でも驚いたが、リリアンはなおさらだろう。それまで堪えていた涙が瓦解してまともに返事ができなかった。

 アンナがティーセットの載ったワゴンから手を離して娘の側に近寄ると、勢いよく抱き締めながら私に向かってこう謝罪した。

 

「旦那様、申し訳ございません。私が悪いのです。リリアン様の憧れているオペラ界の若手スターであるレードル様がお見えになったので、私が舞い上がってお嬢様にお知らせをしてしまったのです。

 それでお嬢様はご挨拶がしたいと思われたのだと思います」

 

 ああ。たしかにリリアンは姉の影響でオペラが好きだったな。いや、リリアンの方が先に好きだったか。

 先月も近くの第二都市で催されたオペラを観に行って、新進気鋭の若手歌手に熱を上げたとフォルティナが話していたな。

 それがレードル卿か。ピアットとはタイプがかなり違うがかなりの美丈夫だな。まさかピアットの親友だったとは。

 

「ピアットからの手紙や贈り物を隠していたのはお前なんだな? リリアン?」

 

「違います。わ、私がやったことです。私が自分の意思で勝手にやったことでこざいます。

 幼少の頃からフォルティナ様を蔑ろにされていたピアット様が憎かったからです。少し懲らしめてやりたかったのです。

 まさかあの方がお嬢様を本気で思っていらしたとは思いもしませんでした。

 ただ利用しているのだと勝手に思い込んで、とんでもない過ちを犯しました。どんな罰でもお受けします」

 

 アンナが必死の形相で言った。

 ああ。彼女にはリリアンと同じ年頃の妹を幼い時に亡くしていたな。

 これまでずっと可愛がってくれていた。それはありがたく思うが、甘やかし過ぎるのはまずい。

 悪さをしたら叱ってやらないと善悪の判断ができなくなる。

 どんな理由があろうと、そのせいであの二人は最悪の学生時代を送る羽目になり、今現在、婚約を破棄する、しないの揉め事になっているのだからな。

 

「ああ。当然だ。このヴァード伯爵家の次期伯爵になる者の書簡を勝手に処分するなど、絶対に許されぬ行為だ。

 鞭打ちをした上に警邏隊に通報しなければならない。おそらく懲罰刑をくらうだろう。年数まではわからないがな」

 

 ヒュッ!

 

 二人が息を呑む音が聞こえた。

 しかしアンナは何も言わずに頭を下げた。

 さあ、お前はどうする? リリアン?

 

「お、お父様、ち、違います。アンナは関係ありません。

 彼女はお姉様が突然留学してしまった後でピアット様のお手紙のことを知ったのです。だから、なんの罪もありません。

 私が、私が他のメイド達に命じたのです。

 お姉様宛に届いたピアット様のお手紙や贈り物は、全てお姉様に内緒で隠してしまうようにと」

 

「お嬢様!」

 

 アンナが悲痛な声を上げたので、侍女長が何事かとやって来た。そこで私は彼女に、この二人と他のメイドを全員、執務室へ連れて行くように命じた。

 それと、メイドの代わりに侍女達に、二人分の客室の準備をさせておくようと命じた。

 

 そして私は、リリアンの顔も見ずに、再び客室に戻った。重い気持ちを抱えたままで。

 

 

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