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第22章 ピアット視点⑧

 

「あれほど自分の気持ちを素直に伝えなさいと言ったでしょう?」

 

 ようやく王城から出られて領地の屋敷に帰ってこれたのは、国王夫妻の結婚記念パーティーの三日後の正午過ぎだった。

 久し振りに見た母は、思ったり元気そうだったが、寝不足なのか真っ赤な目をして、目の下にくまができていた。

 そりゃあそうだろう。一昨日から家宅捜索をされていて、騎士団は今朝ようやく王都へ戻ったというのだから。

 彼らはメディーアの連れてきた使用人と我が家のメイド、そして数箱分の薬やお茶などを城へ持ち帰ったという。

 

 城を出る時に王妃からは、母の薬は必ず正規の値段で買えるように取り計らうから何も心配はいらない、と家族に伝えるようにと言付かった。

 最低な気分でいたが、朗報をも一つらえたことに少しだけ安堵し、素直に感謝の言葉を述べた。

 

 

 まず安心させようと思って一番最初にその話をしたのだが、母はそんなことには全く関心を示さず、先程の言葉を口にした。

 

 母の声は思いのほか力強かった。以前は蚊の鳴くようなか細い声しか出なかったのに。

 そういえば、フォルティナが世界各地から滋養の高い食べ物を取り寄せて届けてくれるから、以前より体調が良さそうだと、兄からの手紙には書いてあったことを思い出した。

 本当にフォルティナには感謝しかない。改めてそう思った。

 

「貴方の気持ちは私達家族は皆知っているわ。幼い頃からずっとフォルティナちゃんだけを見つめていたのだもの。

 だからそれとなく私もあの子にそれを伝えてきたわ。でも、貴方自身が伝えないからあの子は信じていなかったの。

 貴方が私達のためにとても忙しい思いをしていて、あの子になかなか会えなかったことはわかっているわ。

 でも、せめて手紙や贈り物くらい送れなかったの? 

 メディーアとのことがなくても、それでは婚約破棄されてもこちらは文句は言えないのよ?」

 

 母は切ない顔をしてこう言った。母は僕とフォルティナの結婚式をずっと待ち望んでいたからだ。

 

「わかってる。みんな僕が悪いってことは。

 でも、以前兄上に叱られてからは、半月に一回は彼女に手紙を送っていたんだよ。

 誕生日や祝い事にもささやかだけれど、贈り物に、カードを添えて届けていたし」

 

 僕がそう言うと家族はみんな「えっ?」と声を漏らした。

 そして顔を見合わせて

 

「まさかリリアンちゃん?」

 

 とまた同時に呟いたので

 

「多分……」

 

 と頷くと、三人は脱力するようにため息を洩らした。暗黙の了解というやつだ。あの子が僕を毛嫌いしていたことはみんなも知っていたから。

 

「それでお前はこれからどうするんだ」

 

「先触れを出して明日にでも隣へ謝罪をしに行きます」

 

「行っても門前払いされるだけだぞ。私達も何度も足を運んだが、執事と侍女長どころか門番にまで拒否される。

 お前、よほどヴァード伯爵家の人間に疎まれているんだな。世界的スーパースターになったというのに」

 

 兄から皮肉交じりにこう言われた。

 

「何度門前払いされても会ってもらえるまで通うよ。演奏会のキャンセル料をいくら請求されたって構いやしない。

 僕は絶対にフォルティナと婚約解消なんてしない。どんなに罵られようが足蹴にされようが絶対に……

 どんなに時間がかかっても許してもらえるまでお願いするよ」

 

 僕の貴族としては非常識な発言を聞いても、家族は批判したり嗜めることもなく頷いてくれた。責は家族で受ける覚悟があるよと。

 

 

 

 ヴァード伯爵との話し合いを持つには、相当時間がかかると僕は覚悟をしていた。

 しかし、領地に戻った翌日には伯爵から訪問を許可された。

 予想外の展開に驚いたが、通されたヴァード伯爵邸の応接間にカールス卿の姿を見つけて、ああそういうことかと納得した。

 僕の演奏会のスケジュールは五か月先まで決まっているのだ。 

 それをキャンセルすることになったら、マネージメントの責任者である彼の信用はガタ落ちだ。

 ただでさえ半年前、すでに引退予定だった僕に承諾もなく予定を入れて、彼はヴァード伯爵の顰蹙を買っていたのだから。

 芸術界のドンと呼ばれている伯爵からこいつは使えないと思われたら、もうこの業界ではやっていけない。だから必死になっているのだろうと思った。

 

「この度は我が家の身内がヴァード伯爵家の皆様に大変ご迷惑をおかけしました。誠に申し訳ありませんでした。

 伯爵やフォルティナ嬢に不快な思いをさせてしまい、どう償ったらよいのかわかりません」

 

「君の家の事情はわかったから、もう責める気はないよ。

 しかし、アクジット商会がムューラント侯爵家の親戚だとわかっていたら、私ももっと協力できたのにと思って残念には思いはしたけれどね。

 そもそもあんな極悪人を野放しにしていては、被害者が増える一方だし、今回排除するきっかけができたのは喜ばしいことだ」

 

「これまで散々ご援助を頂いていたので、これ以上ご迷惑はかけられないと思っていたのです。

 しかし、相手の言いなりになっていたということは、悪人達を増長させる手助けをしていたことにもなるのですね。情けないです」

 

 伯爵の言葉に、泣き寝入りをしていた自分達を振り返ってそう思った。しかし、それは違うと伯爵は言った。

 

「君達は夫人を人質にされていたのだからそれは仕方ないよ。

 ただ教えてもらえなかったことを残念に思っただけさ。

 フォルティナも今回の顛末を知ったら悔しく思ったことだろう。

 あの子は君や夫人がどうやったら幸せになるのか、常にそんなことばり考えていたからね。

 アクジット商会の話を聞いていたら、きっと何か対策をしようと考えたと思うからね」

 

 僕がフォルティナにアクジット商会のことを相談をしていたら、彼女の頼みを聞いて伯爵があの悪徳商会を何とかしてくれたとでもいうのだろうか?

 たしかに、ヴァード伯爵は大陸中に支店を持つほどの大商会を運営している貿易商だ。

 アクジット商会に顔が効いて、隣国の国内と同じ価格であの薬を購入できたとでもいうのだろか?

 あそこは横流しされないように、病人をきちんと確認してから販売しているから無理のような気はするが、もしかして裏ルートでもあるだろうか?


 まあいずれにせよ、伯爵は娘フォルティナの願い事なら大抵のことは叶えてあげている。

 でもそれは彼女を甘やかしていたからではない。彼女がほとんどわがままや甘えを言わない子だったから尚さら稀なお願いを聞いてあげていたのだと思う。

 そしてそんな彼女のお願い事のほとんどが僕の事だった。

 ピアノやダンスのレッスンの件、私達の婚約、我が家への補助、音楽学院への受験対策、パトロンになってくれた事……

 全て彼女が僕のためにしてくたことだった。

 そんな彼女が僕との婚約破棄を望んだのだ。当然伯爵はそれを叶えようとするだろう。伯爵だってそれを望んでいたのだから。

 僕はフォルティナの夫には相応しくない。そしてヴァード伯爵家の婿にも。

 

 わかっている。そんなことは誰よりも自分が。

 けれど、これから死ぬ気で、フォルティナや伯爵に認められる男になれるように努力する。絶対に諦めない。

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