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第15章 ピアット視点①

 この章からピアットの視点になります。

 イケメンで天才だと人々からの評価は高いけれど、その実、ヒロインの前ではヘタレでダメダメ人間。

 でも本当の姿は……


 王城で起きたハプニングの結末は、のちにピアット視点で語られることになります。


 僕の名前はピアット。ムューラント侯爵家の次男だ。

 貴族の嗜みとして五歳からピアノを弾き始めたが、母が褒め上手だったので、僕はすぐにピアノが好きになった。

 どうやら二つ年上の兄の時は厳しくし過ぎて、音楽嫌いにさせてしまったので、その反省から優しくなったみたいだ。

 兄の場合は厳しくされたからというより、元々音楽に興味がなかったのだと思うが。

 何せ兄は元気に外を駆け回るのが大好きで、家の中でじっとしているのが大嫌いだったから。

 

 ピアノがきっかけで僕は大の音楽好きになり、十歳の頃から勉強やピアノの練習の合間に作詞作曲も始めていた。

 それは全て幼なじみのフォルティナと彼女の父親であるヴァード伯爵のおかげだった。

 そして、十三歳で王立音楽学院に入学すると、まだ学生だというのに週末毎、ピアニストとして徐々にあちらこちらの音楽イベントに呼んでもらえるようになっていた。


 僕の家は侯爵家だが、それは名ばかりの借金だらけの斜陽貴族だった。仕事をもらえるだけで有り難いことだったので、どんな小さな仕事でも誠心誠意こなしていった。

 するといつしか僕にファンクラブなるものができていた。そして一年も経たないうちにどの演奏会場も僕目当ての客で毎回満場となり、チケットがなかなか入手できないという状態になっていた。


 主催側はそれに大層気を良くして、私に対する扱いがあっという間に良くなった。

 しかし、僕が彼らに要求したのは、まだ学生なので、学業に差し支えがないようにしてほしい、ということと、自分が出るイベントのチケットは必ず六枚確保して欲しいということだった。

 それはもちろん自分の家族と、婚約者の家族の分だ。それを用意できないというのなら、その仕事は受けないとはっきりと告げ、契約内容にもきちんと記しておいた。

 

 ところがチケットが高額で売れるようになると、ギャラを上げるからチケットは諦めてくれという主催者が出てきたので、そういうところとは二度と出演契約を結ばなかった。

 すると今度は、若造のくせに生意気だ、妨害してやると脅してくる興行主もいた。

 しかしその話をどこかで耳にしたファンクラブのご婦人方が、ホールや興行主の元へ集団で抗議に行ってくれた。

 その中には高位貴族の夫人も何人もいた。そのため彼女達から


「簡単に契約を反古にした挙げ句、脅しをかけるような破落戸が運営しているホールには二度と協賛しませんわ」

 

 そう告げられた興行主やホール支配人は真っ青になった。

 しかも、音楽家だけではなく多くの芸術家からも作品の展示を断られたため、運営は瞬く間にたち行かなくなった。

 彼らは必死になって僕に許しを求めてきた。

 しかし信用をなくしてしまった後では、今さら僕が許したからといってどうにかなる状態ではなくなっていた。

 そのため、ホールの支配人は解雇となり、興行主はこの国の王都を含めた大都市では仕事ができなくなった。

 

 そもそも僕のパトロンであるヴァード伯爵は、この国で一番有名な芸術家の支援者だった。

 そんな彼が一目置いていた僕との契約を破り、あまつさえ脅したのだから、彼の恩恵を受けている他の芸術家達が黙っているわけがないではないか! 

 知っていて当然の常識さえ持っていなかった連中では、どのみち芸術に関する仕事をするのは無理だったのだ。

 

 僕はフォルティナと婚約する時にある契約をしていた。

 それは、いつか自分が演奏活動をするようになったら、ヴァード伯爵家のために必ずチケット三枚を用意すると。

 演奏場所がたとえどんなに小さくても、どんなに遠い場所であろうとも。


 そしてフォルティナは必ず僕の出演する催しには足を運んでくれていた。お客が二、三十人しかいなくて、出演者の方が多いような仲間内のコンサートにさえも。

 いつもニコニコしながら、まるでご令嬢とは思えないくらいの大きな声援と盛大な拍手を送ってくれた。

 

「僕の婚約者は少々元気過ぎて、恥ずかしいよ。彼女はコンサートとスポーツ大会の区別がつかないんだよ」

 

 僕はわざと困ったような顔をして仲間に愚痴っていたが、ただ照れていただけで、本当は嬉しくたまらなかった。

 それにいつも楽屋に差し入れてくれる彼女の手作りのクッキーもとにかく美味しくて、演奏前の緊張を和らげてくれていた。

 市販されている甘いクッキーではなく、甘さを控えたものや、塩クッキーは絶品だった。

 しかも僕に気を使って本人は顔を出さずに、メイドのアンジェに持たせるところにも好感を持っていた。

 僕達の婚約は卒業するまで秘密にしておいた方がいいと、ヴァード伯爵から言われていたからだ。

 もちろん、他のご令嬢に言い寄られるは嫌だったので、婚約者がいることは進んで口にしていたが。


 しかし、いつも照れて心にもないことを言っていたのが悪かったのだろう。

 音楽仲間内では僕の婚約者が、裕福な伯爵家の令嬢なのにお金をけちって、砂糖を少なめ……いや、嫌がらせに塩入のクッキーを差し入れする性悪令嬢だなんて、そんな馬鹿馬鹿しい噂話がいつの間にか流れ出していた。

 それなのに、僕はそのことに全く気が付かなかったのだ。

 そして、そんな些細な話が幾つも重なって、やがてそれが貴族社会にまで広まり、大切な婚約者を苦しめ、辛い思いをさせることになるなんて、当時考えてもいなかった。

 思春期特有の屈折した捻くれた僕の態度と言葉が、愛するフォルティナを深く傷付けていたなんて、全く知らずいたのだ。

 婚約破棄を告げられた後でようやくそのことに気付くだなんて、なんて愚かだったのだろう。


 許して欲しいなんて言える立場じゃないことはわかっている。それでも、僕は絶対に君との婚約を解消なんてしない。

 許してもらえるまで、今度こそ君に僕の素直な思いを伝え続けるよ。音楽や手紙だけじゃなくて自身の言葉でも。

 やり方は間違えてしまったのかもしれないけれど、僕は君が好きだからこれまで頑張ってきたし、これたのだから。

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