第13章 父の視点から⑦王城編
「王妃様、申し訳ありません。誤った情報をお教えしてしまって。きちんと噂の裏を取るべきでした」
王太子妃が真っ青な顔をしたまま王妃に謝罪した。せっかくの結婚記念のパーティーで国王夫妻の顔に泥を塗るような事態を引き起こしてしまったのだから、そりゃあ生きた心地がしないだろう。
「謝罪する相手を間違っていますよ。私ではなくまずピアット卿とフォルティナ嬢、そしてヴァード伯爵に対して謝るべきでしょう。
しかし王太子妃の言葉の裏を取らなかった私も同罪です。
そもそも音楽の聖人に選ばれるような方が、婚約者以外の女性を運命の相手だとか、真実の愛とか言うわけがなかったのです。自ら浮気行為を認めるようなものだもの。
何故そんな当たり前のことに疑問を抱かなかったのか、自分でも不思議だわ。
本当に申しわけなかったわ、ピアット卿、そして……あら、フォルティナ嬢の姿が見えないけれど、どうしたのかしら、ヴァード伯爵?」
王妃がようやくフォルティナがいないことに気付いたようだ。そんなに我が娘は存在感がないのか?
まあ、高々伯爵家の娘のことなど覚えていなくても一向に構わないのだが、我が家は高額納税者だと自負していたのだが違っていたようだ。
次代の高額納税者と分かっているフォルティナに対し、多くのご令嬢方に色々な仕打ちをしていたことを王家はスルーしてきたようだからね。
いくら情報通の我が家でも、さすがに王太子妃のお茶会にその道の者を潜入させるわけにはいかなかった。
しかし、まさかあの子が回りからそれほど酷い仕打ちをされていたとは。
侍女は付いていたが、王宮のお茶会の会話を口外するのはご法度だ。
うちの侍女は生真面目過ぎてそれを忠実に守ったのだろう。よその侍女達とは違って。
あまり真面目過ぎるというのも融通が利かなくて困ったものだね。もっと早くアンジェを側付きにしておけば良かった。
それに娘が我慢強過ぎるのも問題だ。こうなったのは自分のせいだからと、フォルティナは侍女に口止めをしていたのだろうし、私にも話さなかったのだろう。
それにそんな目に遭ってもピアットへの思いを捨てられなかった。だから、愚痴を言ったら私に婚約解消をするようにと言われてしまうと考えたのだろう。
二人の婚約は仮であり、何が何でもその関係を維持しなくても構わないものだったのだから。
おそらく、ピアットや周りから何を言われ、冷遇されようと、デビュタントで共にダンスを踊れてさえいたら、娘は婚約解消を自ら告げることはなかったのだろう。
「娘のフォルティナは、学院在学中から婚約者から見向きもされない残念令嬢だと揶揄され、散々虐められておりました。
それは娘が婚約者の名前を口にしなかったからです。
何故公表しなかったのかといえば、そもそも二人の婚約は政略的なものではなく、いつ解消してもよいものだったからです。
ピアット卿は音楽学院に在学中から、既に天才音楽家として既に名を成していました。
そんな彼のために、娘とのことは伏せていた方が良いと思ったのです。
しかし卒業後も彼から婚約解消の話が出ることはなかったので、彼は本気で娘と添い遂げる意思があるのだと判断したので公表したのです。
するとどうでしょう。今度は真実の愛で結ばれた恋人同士を引き裂く悪女だとして、社交場で陰口を言われ、集団で嫌がらせをされてきました。
まさかその噂や陰口の出処が王太子妃殿下のお茶会だったとは思いもしませんでした。
でもそのことは王太子妃殿下はよくご存知だったということなのですよね?
娘が婚約者であるピアット卿から蔑ろにされてきたのは事実ですが、彼の恋の邪魔をしたというのは全くのでたらめです。
まあそれは先程のやり取りでご理解していただけたとは思いますが。
王妃殿下、娘はこの国の心無い方々の悪意ですっかり気を病みまして、今日、療養をするためにこの国を出て他国へと向かいました。
国王陛下と王妃殿下の結婚記念を祝う夜会に参加できないことを大変申し訳なさそうにしておりました。
しかし、無理に参加させて粗忽をしては皆様にご迷惑をおかけしてしまうと思い、私が思い留まらせた次第です」
私のこの言葉にホールの中はシーンと静まり返った。
身に覚えがあったのだろう。多くの者達が下を向いた。
王太子妃の顔は真っ青を通り越して色をなくして青白くなっていた。
そりゃあそうだろう。王太子妃主催のお茶会でもフォルティナは散々嫌がらせをされていたのに、王太子妃はそれを見て見ぬふりをしていたというのだから。
直接関わってはいなくても、招待客を仕切れなかったのだから、それは実行犯と変わりはない。
王妃も厳しい目で王太子妃を見ていた。
そして、肝心のピアットは喫驚して私を凝視しながらピアノの前で固まっていた。
午前中に娘から婚約破棄を告げられた時もかなりのショックを受けたのだろうが、その時はまだどうにかやり直せると思っていたに違いない。
夜会が終わったら、デビュタントのエスコートができなかった理由を説明する。だからそれまで待ってくれ!と訴えていたというから。
彼は本当に知らなかったのだろう。自分に婚約者ではない別の真実の愛で結ばれた恋人がいる、という噂が出回っていたことに。
ムューラント侯爵と嫡男が彼にその噂を教えることが出来ていたならば、もっと早くに対処できたのだろうが、残念なことに彼らは社交が苦手で世間に疎かった。
おそらく、そういう噂が出回っていたことを本当に気付かなかったのだろう。
しかし、それさえも今さらだよ。そもそもピアットがもっと早くからフォルティナと交流を持ち、娘の信頼を得られてさえいれば、二人で力を合わせ、こんな騒動は未然に防げていたかもしれないのだから。
「フォルティナ……嬢の療養先はどこなのですか?」
震える声でピアットが私に訊いてきた。
「知ってどうする? 見舞いにでも行くつもりか?
いや、スケジュールが詰まっている君にはそんなことは到底無理な話だろう? それなら教える意味が無い。
えっ? 手紙を書く?
君って手紙が書けるのかい? 知らなかったよ。娘は一度ももらったことがないと言っていたから。
まあ、私宛の報告書くらいは書けたのだろうが。
けれどね、今さら手紙も見舞いも必要ないよ。娘は君に婚約破棄を告げたのだからね」
私は皮肉をこめてピアットへそう告げた。
フォルティナはこれまで散々悲しみ、苦しみ、悩み抜いてきたのだ。
そしてようやく決断したのだから、今さらそれを変えさせることはできない。邪魔はさせない。
彼の恋の噂がでたらめで、デビュタントのエスコートができなかった理由が、たとえ大聖堂のせいだったとしても、そんなことはもう関係ないのだ。
たしかにそれらのことは、踏ん切りを付けるきっかけにはなったかも知れない。
しかし、そもそも心のどこかではすでにある程度の覚悟はしていたのだろう。
時既に遅しだ。あの子はもう一人で前に進み始めたのだから。




