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第12章 父の視点から⑥王城編


「な、何を言っているのですか? あんな悪女を思い浮かべて、あれほど素敵な歌を作ったというのですか? そんなはずがないじゃないですか!

 貴方が本当に愛しているのはこの私でしょ?

 だから毎回あんなにプレミアムなチケットを私に送ってきてくださったのでしょう?」

 

 オコール侯爵令嬢の心臓には、毛どころか毒針が生えているな。

 しかし、たしかにあのチケットはどうやって手に入れていたのだろうか?

 そもそも、彼自身だって決まった数のチケットしか手に入れられないのだから、彼女の分を用意できるとは思えなかった。

 興行主との契約では我が家とムューラント侯爵家の分の六枚しか入手できないはずだが。まさか……

 私は頭に浮かんだ疑問に自ら答えを出してゾッとした。その時、ピアットが口を開く前に一人の若者が壇上に近寄り、見上げながらこう言った。

 

「彼女のことは貴方のコンサートでよく見かけていましたよ。貴方が招待していたのではないのですか?

 しかも、演奏会終了後に貴方が彼女とは親しくしている姿だって何度も目にしましたし。私以外にも目撃した者はたくさんいると思いますよ」


 その人物はピアットとよく共演しているバイオリニストの青年だった。

 

「彼女がどこに居るのかも知らないのに、チケットを贈れるはずがありません」

 

 ピアットはすぐさまそう否定した。彼は嘘を言ってはいないだろう。

 それでもそのバイオリニストは疑わしそうな目をして、さらにこう続けた。

 

「でも君は三か前の王都の王立芸術ホールで行われた音楽祭にも、彼女と一緒にいたでしょう? 間違いなく見かけましたよ」

 

 すると、ピアットは眉間にしわを寄せたまま彼を見下ろしながらこう言った。

 

「僕の側にはいつも多くのファンの方々がいらっしゃいますよ。ですから、もしかしたらその中に彼女もいたのかもしれないが、ファンを全員覚えているわけではありません。君は全て覚えているのですか?」

 

 ピアットにそう訊ねられて、その青年はハッとした顔をして呟いた。

 

「そう言われれば、たしかに覚えていないですね。よほど奇抜な装いをしているとか、長年のファンでもない限りは。

 そうだ。彼女はいつも自慢げに話をしていたのです。入手困難なチケットをいつもピアット卿が私のために手に入れてくれるのだと。

 彼女の話だけを聞いて、一方的にそう思い込んでしまっていたのか」

 

 なるほど。オコール侯爵令嬢自身が毎回ピアットの知らないところで、勝手に恋人だとアピールしていたということか!

 二人は真の恋人同士なのだと噂を流していた人々が、ようやくそのことに気付いたようだった。

 つまり、自分達はオコール侯爵令嬢の一人芝居にまんまと騙され、利用されていたということに。

 

 ピアットはオコール侯爵令嬢に、悍ましいもの見るような目を向けてこう言い放った。

 

「さっきも言ったが、君の母親はこの国を見下していた。そしてそんな国へ嫁いだ妹である僕の母親を馬鹿にしていた。

 母が流行り病で倒れた時も、母を見舞いに来たと言っていながら、その実、自分の夫の商会で扱っている薬を売り込みに来ただけだった。

 母の症状の悪化を防ぐ薬は、君のところの商会が独占販売していたからな。

 我が家は母のためにその法外な値段の薬(・・・・・・・)を買っていた。いや、買わせられていた。

 オコール侯爵家の人間は、身内である我が家がどんなに困窮してもお構いなしだった。そして君もその中の一人だった。

 そんな無慈悲で冷酷な家のクソ女と、なぜ私が恋人同士になどになるんだい?

 そもそも十年以上前から、我が家はオコール侯爵とは一切交流を持ってこなかったというのに」

 

 聖人に相応しい、上品で少し翳りがある清廉な美青年の口から飛び出したクソ女発言に、周りが一瞬で凍りついた。

 

 そこへムューラント侯爵と嫡男のロジアンが慌てた様子で人波を掻き分けて登場した。

 そして侯爵が、オコール侯爵令嬢がこの国にやって来た経緯を説明し始めた。

 

 

 先ほどピアットが言った通り、ムューラント侯爵家はオコール侯爵とは長らく没交渉だったという。

 夫人の薬の相談をしたくても完全に無視をされ、彼らが経営しているアクジット商会からは、ただの一介の客として扱われた。

 そして割引どころか、人の足下を見て法外だと思えるような値段で売り付けてくるような家と、親戚付き合いなどするわけがない。

 

 それなのに半年ほど前に、ディーア=オコール侯爵令嬢が突然ガリグルット帝国からやって来たのだという。どうやらピアットの評判を知ったらしい。

 そして居丈高にこう命令したというのだ。

 

「この屋敷に私を滞在させなさい。そしてこれからは私にもピアット様のチケットを寄越しなさい。私の言うことをきかないと、叔母様の薬は売ってあげないわよ」

 

 つまり夫人の薬を盾に侯爵達を脅し、この一年近くムューラント侯爵邸に居座っているのだという。

 

「ピアット、この女のことを黙っていて悪かった。忙しいお前に余計な心配をかけたくなくて黙っていたんだ。

 当然チケットは渡さなかったんだが、まさか使用人に金を渡して母上の分のチケットを盗み出していたとは思ってもいなかったんだ。

 今朝、ようやくそのことがわかったんだ。

 これまで、お前の演奏を聴きに行っても迷惑をかけたくなくて、演奏後はすぐに帰宅していたんだ。

 だから、彼女がお前の恋人役を演じていたなんて知らなかった。

 

 世事に疎いせいで、フォルティナ嬢に辛い思いをさせていたことにも全く気付けなかった。

 我が家は彼女に散々助けてもらっていたというのに、本当に申し訳ないことをしてしまった。

 しかもヴァード伯爵にはピアットだけでなく、我がムューラント侯爵家もずっと支援をして頂いていた。

 それなのに、恩を仇で返すような真似を身内の者がしていたなんて。誠に申し訳ありませんでした」

 

 こう兄ロジアンに謝られて、ピアットは綺麗な眉毛を思い切り釣り上げて、オコール侯爵令嬢の向かって叫んだ。

 

「私にはフォルティナ嬢という素晴らしい婚約者がいたのに、厚顔無恥にも私の恋人だと言いふらしていただけでなく、母上に贈っていたチケットを盗んで勝手に使っていただと? 

 貴様のような悪魔が私の婚約者の振りをするなんて悍ましい。そして、思い上がりも甚だしい。泥棒クソ女め!」

 

 

 二度目のクソ女発言に、さすがのオコール侯爵令嬢も涙目になり、助けを求めるように儚げな表情を浮かべたまま周りを見渡した。

 そしてその時、彼女はようやく自分が周りからどんな目で見られているのかを気が付いたようだった。

 怒りの表情を浮かべた人々から、激しい憎しみと軽蔑の視線を向けられて、さすがに慄いていた。


 アクジット商会といえば、別名『死の商人』として世界中から嫌われていた。武器商人と同じく、人の生死を操って暴利を貪る悪魔だと。

 

 この商会は、発症が稀な奇病や難病の医薬品ばかり取り扱う商会を営んでいるのだ。

 他では取り扱っていない特殊な薬を独占販売していてライバルがいないため、勝手気ままに値段を設定していた。

 しかも、どうしてもその薬が必要だという客からは、法外な値段を要求して、暴利を稼いでいるのだ。 

 もちろん、自国でそんなことをやれば、いくら侯爵家とはいえ、王家や他の貴族に睨まれる。それを避けるため、主に他国相手に高値で輸出していたのだ。

 

 このホールの中にも、アクジット商会から薬が高値過ぎて購入できず、家族や知人を亡くしたも者達も大勢いたはずだ。

 ムューラント侯爵家同様に、財産を大幅に減らして困窮しているという家の噂もちらほら耳にしていたから。

 

 まさかピアットの恋人だと噂されていた女が、あのアクジット商会の娘だったとは。

 なるほど。そんな家の娘なら、王家や高位貴族まで利用して情報操作するなんて造作も無かっただろう。

 しかも大国の侯爵令嬢なのだから、社交術も長けていたに違いない。

 そんな悪女相手では、あの人のいいムューラント侯爵と令息では手に負えなかったかもしれないな。

 それならこちらに相談してくれればよかったのに。



 

 この女に騙され、利用されたせいだとはいえ、自分達は愛し合う婚約者同士の仲を引き割いてしまった。

 私のエスコートしている令嬢が娘のフォルティナでないことに気付いた者達が、困惑の表情を浮かべ、どうすれば良いのかわからなくなってオドオドしているのが目に入った。

 ふん。今さらだ。何もかもみんな遅い。

 

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