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苦渋の後



さざ波の音、渚。

意識が戻るとすぐに五体を確かめた。

全部ある。

ほんの一瞬だけ、

体がバラバラになる感覚があった。

二度と味わいたくないものだ。

それはさておき、扉がある岩礁へ向かう。

なんの脈絡もなくポツンとあるガラス戸。

岩礁に何か思い入れがあったか

思い出そうとするが、何も思い浮かばない。

きっと無意識的な記憶なのだろう。

ガラス戸を開ける。


「おっ」


空が暗い。

ナース服を来た怪物達が、

一方向を向いて走っている。

まだタイムリミットではなかったか。

扉を閉める。

グロいものを見た。

あの状態になることで

タイムリミットとなるのだろうか。

恐怖する存在の変化が、

よりトラウマを物語っているとしたら…。

今考えても仕方がない。

早いところ縁さんと合流して

情報を共有しなくては。

もう一度ガラス戸を開け、空間を覗く。


「お」


空が白み、周辺のナース達も人の姿に戻っている。

リセットが来たか。

空間に入り早速駅構内へと向かう。


「こんにちはー」

「…」


まだ声が届かない距離だろうか。

階段を下る。


「矢面くーん」

「…ーい」


返事が聞こえてきた。

そしてちょうど

階段を降りきったところで再会する。


「大丈夫だった?」

「お姉ちゃんが…お姉ちゃんが…」

「うんうん、私はここにいるよ」

「違うの、縁お姉ちゃんが…」


違うんかい。


「あの人なら大丈夫だよ、

矢面くんにも怪我、ないでしょ?」

「あ、ほんとだ…」


種子島も怪我が治っているといいが。


「すぐ行ける?」

「うん」


克己は寄りかかることなく、

しっかりとした足取りで歩く。

成長を感じるようで、どこか寂しい気もする。

駅から出ると、既にナース達に囲まれていた。


「ひぅ」


克己に寄りかかられ服の裾を掴まれる。

まだまだ私が必要なようだ。

真っ直ぐファミレスへ向かい、

ナースに一瞥もせず中へ入る。

種子島の空間はまた閑静な住宅街に戻っている。

あの銃の怪物もおらず、弾痕もない。

あの存在がいた空間に今いるとなると、

自然と足早になる。

確か橙色の屋根の家。あわよくば目印が…あった。

先にいることが確定しているので、

意気揚々と中に入る。


「来たか」


扉の目の前に縁さん。そしてその隣に種子島。

暗い顔をしているが、一応怪我は無さそうだ。


「全員揃った?」

「はい」

「うん」

「揃いました」

「では、戻ろう」


幾分かこの空間に待機していたのか、

嬌声が既に高まりつつある。

克己は既に俯いているので、耳を塞ぐ。

半分走っているような速度で歩き、

逃げるようにして保健室の空間から出る。

お化け屋敷の方が落ち着くというのは、

些か不思議なものだ。

皆そう思っていたのか、歩調が戻る。

今こそ切り出す時。


「あの、種子島さん」

「ん?」

「先程はその、失礼な態度を

とってしまってどうもすいませんでした」


最初に会った時から、

滲み出ていた嘲りがあったことは自覚している。

今それを精算したい。


「え、あそうだったの?全然気が付かなかった、

別に謝らなくても」

「いえそれでも…キャッ!」


頭を下げようとした勢いのまま、

何故かコケてしまった。


「だ、大丈夫!?」

「お姉ちゃん!?」


左脚に思い出したくない感触。

地面から生えた手が足に巻きついていて、

力が出ない。

そういう影響を受けているのか、

はたまた私が勝手に萎縮してしまっているのか。


「待ってて、今…硬ッ!」


種子島が指を解こうとしたが、中々離れない。

克己も加勢したが、それでも離れない。


「少し離れて」

『バン!バン!』


縁さんが銃を接射し、

手首を無理矢理引きちぎった。

手だけとなった怪異は力無く指を離した。


「今回は運が悪かったね」


縁さんから手が差し出される。


「ええ、本当に…」


それを掴んで立ち上がる。


「少し急ごう、着いてこれる?」

「大丈夫です」


地面に生えている手に、足を掴まれる。

私の空間でも同じ目にあった。

あまり自分のトラウマを反芻したくはないが、

やはり思い出して話さなくてはならないだろう。


「着いた」


お化け屋敷の出口が開き、ぞろぞろと外へ出る。

そして刑務所の空間。少し懐かしさすら感じる。

寄り道せず休憩室に入り、

また同じような配置で座る。


「さて…まずは情報共有だ」


縁さんが克己の方を向き、

それに伴ってこちらも向く。


「まず矢面くんの空間だったが、

最初は昼で時間に伴って夜へと変化し、

それと同時刻で怪異も強くなっていく空間だった。

怪異は最初はただのナースの姿だったが、

夜になると顔が真っ二つに割れて

髪を振り乱しながら襲ってきた」


私が見たあれか。


「空間のタイムリミットは、

怪物が溢れることによる圧死だと思う」


縁さんは一呼吸入れた。


「種子島くんの空間はどうだった?」


空間の当人は、喉から言葉が出なさそうだ。


「最初は家の中から

夫婦喧嘩のような罵りあいが聞こえてきて、

周りの家もそうなった後、

続々と家の中から

罵りあいをしている本人たちが出てきて、

私達を罵倒し始めました」

「私が来たのはそのあたりだったな」

「はい、その後夫婦たちは家に戻ったんですが、

今度は男たちだけがやって来て、

発砲し始めたんです」

「それがタイムリミット?」

「いえ、奴ら脅すために空に撃ってまして、

その後罵倒しながら殴ってきて、

特に種子島さんが集中的に攻撃されたので

見ていられず、銃を奪って同じく空に発砲したら、

銃の塊みたいなやつが出現して、

男達ごとそいつにやられました」

「それがタイムリミットね」

「はい」

「じゃあ、情報が出揃ったところで相談タイムだ」


遂に来たか、というような気が重い雰囲気になる。

やはり皆話したくないものは

話したくないのだろう。


「強要はしないが、

脱出の糸口になることは確かだ。賢明な判断を」


口を開く気配は無い。

というよりも、前回の言い出しっぺの法則を

引き継いでいると考えて、

私に期待しているように思う。

仕方がない。


「では、私から」

「ありがたい、どうぞ」

「語り口調とかよく分からないのでまあ、

勝手にやらせてもらいます。

そう、あれは多分私が小学生の、

ちょうど矢面くんくらいの頃の話です…



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