種子島フランシスコのトラウマ
矢面くんは無事だろうか。
この空間には久々に戻った。
通路の角から、
黒装束を身にまとった人間が現れる。
「あなたは神を信じますか?」
「神などいない、死ね」
引き金を引く。
どうしてこうなった…。
「よ、よろしくね」
「あ、はい」
克己の空間について話しすぎたせいで、
ペアを外されてしまった。
種子島と二人きりも気まずいが、
種子島の空間も二度とは来たくなかった。
またあの騒音に耳を塞がなくてはならないのか。
「ごめんね、なんか…」
「あ、いえ全然大丈夫です〜…」
猫を被るのもバカバカしくなってくる。
以前に入った時から、
電話ボックスから種子島と
すれ違った時間以上の猶予はあるはず。
何も話さないのも不自然か。
「気になっていたんですが、ハーフ…なんですか?」
問わずとも顔が物語っているし
散々されてきた質問だろうが、
考えるのも面倒なのでセオリーを踏ませてもらう。
「あ、うん、そうだよ…」
会話終了。
もう怪異でも何でもいいから
この沈黙を破ってくれ。
「gujfsrhgvjkpj
gwadhjcxbkrdy!」
来た。
「garoplgxwqsg
jvfrijgdqagjikh!?」
苛烈な夫婦喧嘩のように、男と女が発狂し合う。
相変わらず何を話しているのか分からない。
「うぅ…」
種子島がまた蹲りだす。
これがトラウマということで
色々察するものがあるが、本当に頼りなく思う。
年下を庇うような行動を微塵でも見せろ。
私だって克己を庇っていたんだから。
「higrsdhvxfhkp
oigtewwrfgyjvxgu!!」
「kdetfguijvftyf
guikfssdrggjop!!?」
前回と同様、続々と他家にも怒号が溢れる。
この騒音をいつ来るかも分からない
タイムリミットまで耐えるのは、一種の拷問だ。
ただ人間というのは不思議なもので、
こんな状態でもある程度の慣れを獲得し、
初回よりも体感時間が短く感じてしまう。
もう家から夫婦達が出てきた。
彼らが近づいてきて、
指をさしながら意味のわからない罵倒と
発狂を浴びせられる。
これ以上耳に指を突っ込んだら
鼓膜に到達しそうだ。
以前はこの辺りで縁さんが
助太刀に入ってきてくれたので、
ここから変化するなら未知の領域となる。
変化が先か鼓膜が破れるのが先か。
縮こまりすぎた種子島の背骨が折れるのが先か。
脳内でおちゃらけるのも無理が生じてきた。
頼む…早く…。
「ハァ…ハァ…」
騒音が止む。
息切れの声。
目を開けると、
夫婦たちが顔を真っ赤にして肩で息をしていた。
タイムリミット…?。
いや、こちらはまだやられてはいない。
ここからまた変化があるはず。
夫婦たちは各々の家に戻っていった。
本当に、終わった…?。
耳が徐々に日常を取り戻し、
初めて種子島が蹲りながら
何かを呟いていたことを知る。
「ごめんなさいごめんなさい
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
無数に連呼し続ける謝罪に、
いささかの恐怖を覚える。
「も、もう大丈夫ですよ…?」
肩を叩こうとした、その時だった。
『バン!』
前方から銃声。
男が拳銃を空に向けていた。
銃口から煙が漂っている。
いつの間にか男だけが家から出てきて、
全員が銃を持っていた。
「ffhgsetbcjop
kjgrdgjygjuhh!!!」
『バンバンバン!』
「ッ!」
怒号と騒音のダブルパンチで、
反射的に耳を塞いでしまった。
それも脳が揺れて視界がぼやけてしまうほど速く。
まともに聞けば命に直結する音だった。
おそらくこれがタイムリミットだろう。
どれだけ深く指を突っ込んでも、
音によって深刻な頭痛が起こる。
目を閉じようとしても瞼が震えて
半開きになってしまう。
この音から開放されるんだったら、
仲間の居場所も喜んで吐くし
上層部の情報も洗いざらい吐いてしまう。
もちろんそんな情報知らないし
求められてもいないので、
何したって止まりはしない。
意識が遠くなっていく。
銃声で脅すんじゃなく、
いっそ直接撃ってくれたら楽だったろうに。
種子島のトラウマは騒音。
そう結論付けようとした時だった。
「gdkquehdkfoebe
hdiggrvdmdutydkd!!!」
今まで音だけ出していた男が拳を振りかぶった。
「ひっ」
自分の顔面と鼓膜を天秤にかけ、鼓膜を選んだ。
が、そのどちらも破壊されることは無かった。
その代わりに、先程まで蹲っていた
種子島が地面に倒れ伏していた。
やがて滴り落ちる血を見る。
「Please…stop…」
そんな声が聞こえた気がした。
その振り絞ったような声に構わず、
男たちは種子島を蹴り始める。
「ちょ、ちょっと!」
「hfdruhkk!!」
「ッ!!」
裏拳で殴り飛ばされる。
腰の入っていないついでのような殴り方で、
もう戦意の八割は削がれた。
また殴られると思うと、種子島のことなど
どうでもよくなるわけないじゃないか。
一度庇われた恩を忘れるほど無慈悲な女じゃない。
という勝気な感情よりも、
今まで心の中で見下していた種子島を
見下し続けたいという利己が働いた。
だが感情だけでどうこうできる状況じゃない。
考えろ、何か方法はないか。
今、奴らは蹴るのに夢中になっている。
なら…!。
「gjh!?」
一番近くの男の銃を奪う。
初めて持つ銃は、両手でも覆いきれず
人差し指がやっと引き金にかかる程度だった。
「ふんッ!」
空に掲げて、思い切り引き金を引く。
それでもゆっくりと、撃鉄は起こされた。
『バン!』
反動で後ろに仰け反る。
男たちは全員こちらを向いた。
逃げるなら逃げるがいい。
タイムリミットまで迎えられないのは
約束を反故にしてしまっているが、
これ以上の蛮行を見過ごすことはできなかった。
そう考えた直後には、
振り上げられた拳によって後悔した。
さらにその直後、
轟音によって思考は吹き飛ばされた。
爆風もあっただろうか。
ともかく目をこじ開けて様子を確認すると、
男たちは全員消え去っていた。
振り返って確認してみようともしたが、
目の前の何かに釘付けになってしまう。
いや違う、目を離したら死ぬ。
おそらく目を離さなくても死ぬ。
銃のような筒状の金属を
中四方八方に向け身体中にくっつけた、何か。
爆音の正体であるだろうし、
爆風の原因でもあるだろう。
視界の端には、種子島が蠢いている。
もう安心してくれ、タイムリミットだ。
そう思わずにはいられない。
直後、意識が無くなる。




