・七夕特別話 「織姫と彦星」※挿絵有
「先に言っておくけどここは夢の世界」
聞きなれた女性の声がする。
その声に目を覚ます黒髪の少年、淘汰。
彼は静かに立ち上がり辺りを見回す。
ここは夜空の見える草原であった。
視線を下げると背の低い女がいた。
鮮やかな浴衣にさらりとした長い黒髪。
見た目は少女のように見えるが年齢は定かではない。
彼女の名はこの七夕に因んだ織姫。
夏の夜風がゆっくりと流れる。
程よい涼しさだ。
静かな雰囲気の中織姫は何かを俺に渡した。
「今年も私はそれなりにお世話になったわ。
ここでしか叶わない願いだけどこれを」
渡されたものは短冊のようだ。
これに何かを書けと言うのだろうか?
去年も同じくこれを書いた記憶がある。
またあの時と同じようにやはりここは夢の中なのかもしれない。
織姫は渡した紙を指さした。
「現実世界では叶わないわよ?
なろう系主人公になりたいとかね。
それにあんたは向いてないだろうから」
相変わらず人を煽る口調だ。
まぁ確かにマイナスの概念が無いのならステータス0の俺は最弱な存在とも言えるだろう。
それはともあれ叶えたい夢か。
もし夢の世界でのみ叶う夢なら少し大きいものでもいいだろうか?
俺はある事を心に決め彼女に声をかけた。
「なぁ、織姫」
「何よ?」
「七夕は織姫と彦星が会うことを許された日だろ?」
「ええ。
まさかと思うけど彼を呼ぶ気?
元の世界では何も結果は変わらないかもだけど」
どこからともなく現れた筆を手に持つとそれを書いた。
去年書いたのは俺の望む願いだ。
だから今度の願いは……。
突然目の前が光り出し現れたのはエメラルドのように光る緑色の髪を持つ青年。
王子のような服装で王冠を付けている。
「物好きな願いだね淘汰。
僕を呼ぶとは。
そしてそこにいるのは織姫かい?」
穏やかな声で俺達の前に現れた彼。
現実世界では人類を支配し【電脳王 彦星】と呼ばれていた。
しかし俺の知る彼の姿とは違かった。
とても朗らかな印象だ。
「私の願いを知ってたの?」
織姫の問いかけに静かに俺は頷いた。
現実では互いに別の道を歩み、敵対し分かり合う事が出来なかった二人だ。
結局殆ど会話をする事が出来なかった。
だからこそ今度は彼女の夢の一つ。
彦星と話してみたいという願いを叶えたかった。
「まぁいいわ。
彦星あんたに言いたいことがあるのよ」
「いや言わなくてもいい」
ふと投げかけられた言葉を断つ彦星。
織姫は不機嫌そうな顔をした。
「多分時間軸の関係で君の言う言葉は変わってきてしまうだろう。
だからそれらを総じて返したい」
彦星の言うその時間軸の意味はよく掴めなかった。
だがあくまで彼は真剣な面持ちだ。
「織姫と彦星。
悲しくもどちらかが片方を滅ぼす時
現実においてもどんな夢や願いを実現できる存在。
神とも呼べる者が生まれる。
それは変えようのない宿命だ」
俺はその神にあたる存在に対して言及をしようとしたが彦星に制止された。
「答えはいいよ。
僕と君達のその他に。
別の世界から僕らを見る者達がいる。
さて僕らがどうなるか?
その答えをすでに知る者。
その答えをまだ知らない者。
両者それぞれも含め答えたい。
"僕は後悔する気はない"と」
そこまで話すと彼の姿は光の中で薄れ始めた。
その姿を見て織姫は静かにこう言った。
「あんたの言葉。
本当だったら現実で聞きたかったわ」
「なら今度は僕か君が神と呼べる存在となった時短冊にでも書いてみればいいさ。
僕はしないけどね」
「嫌な奴」
織姫の軽口に彦星はニコリと笑うと静かに消えていってしまった。
俺は少し気まずくなってしまい織姫に声をかけるのを戸惑った。
目が合う。
彼女は目をジトっとさせこう言った。
「まぁ短冊に人の願いを書くあんた程じゃないけど。
ただ悪くはなかったわ」
「表情が少し明るくなったな」
「結局私もあんたもあの男も。
この事は忘れちゃうのだろうけどね」
彦星と別れたばかりの織姫は星を見上げ静かに座った。
俺も何も言わずその傍に座る。
そして空に光る夏の大三角。
ベガとアルタイルを見つめた。




